第26話 限界突破

 ファストリアで正気度をモリモリ回復させた俺は、機嫌がいいからと少しだけ買い物をする余裕を見せた。

 序盤の街なだけあって人通りは少ないが、図書館に向かうだろうベルト持ちのプレイヤーと多くすれ違う。


 どっちがどっちかだなんて野暮なことはあえて言わない。

 まだ幻影を持ち歩かない成り立てほやほやのライダー達が義務感に駆られて向かっていた。


 中には自分と同じ陣営も多くいるのだろうが、ベルトの色が同じだからと先輩風を吹かすのは危険だ。

 もし余裕を見せて、実は例のイベントクリア者だったら恥ずかしいったらありゃしない。


 あのイベント、一般プレイヤーにはなんの告知もなく唐突に始まるから始まりのプレイヤー以外の情報が少ないのだ。

 幻影を連れ歩かないのも単純に隠してるだけかもしれないので、チラ見しつつ流し見していく先で気になる露店を発見した。



「村正、なんか買ってくか?」


「ふむ?」



 まるで要領を得ない彼女に、あえて理由をつけてやる。



「第一回デート記念日にさ」


「良いでござるな!」



 思いのほか食いつきが良かった。

 ハーフマリナーモードの効果時間は10時間もある。

 意外と俺の好みのドンピシャだった村正に、なんか買ってやりたいなと思ったのは初めてだった。

 今までずっと妹分だって思ってたからな。


 まさか本当にこんな美少女だとは思いもしないっつーか。

 夢なんじゃないかって思う自分もいる。


 偶然立ち寄った露店はおあつらえ向きに貴金属の販売所で、お揃いのリングを買い付けた。

 それを中指にはめると上機嫌になる村正。

 本当は左手薬指に欲しかったと言われるが、それは本番まで取っとけよと言ったら、尚更上機嫌になった。

 こんなチョロさで大丈夫かね?


 と、指輪を装着したら途端に立ちくらみに襲われる。



「モーバ殿?」


「なんでもない。正気度こそ回復したものの、少し疲れが溜まってたみたいだ」


「VRでござるのに?」


「そういやそうだな。ちっとシステムでなんの状態異常を食らったかみてみるか」



 通常ステータスの方はなんの状態異常にもかかってない。

 ならイベント関連か? と聖魔大戦のシステムを覗くと見慣れないステータスが。



 ───────────────

 マスター:モーバ

 魔導書 :ルルイエ異本

 幻影  :リリーティア【真名覚醒】


 正気度: 96/146【限界突破】

 侵食度:110/150【限界突破】

 神格 :クトゥルフ  【召喚可能】


 断片 :2/10枚

 断章 :地、水、風、炎、音

 信仰 :40


 権能 :神格召喚【クトゥルフ】

    :領域展開【リリーティア】

    :掌握領域【属性停止】

    :掌握合成【能力融合】

 固有 :精霊姫従【召喚】

    :精霊憑依【能力強化】

 ────────────────



「は?」



 思わず口をついて出る、理解できない状態。

 なんだこれは。

 たしかに思いつくことは沢山ある。

 だがさっきまではこうまで尖ってなかった。

 


「やっぱりどこか具合が? 喫茶店で休憩でもするでござるか?」


「それもいいな、行こう。リリーティアも来るか?」


「「「|◉〻◉)お供します」」」


「どれか一匹だけでって、泣きそうな顔すんなよ。取り敢えず全員来い」


「「「|⌒〻⌒)わーい」」」



 三匹の魚類を引き連れて店に入れば、そこは魚類が屯する怪しい店で。

 店の外と中ではあまりに醸し出す雰囲気が違って見える。

 なんだここ? 異界か?



「モーバ殿? やっぱり疲れてるでござるか?」


「正気度が削られてるような景色が見えてさ」


「さっきモリモリ回復したのではござらんか?」


「そうなんだが、ここを出たらまた付き合ってくれるか?」


「勿論でござる。某とモーバ殿の仲ではござらんか!」



 村正は口調を崩さずとも嬉しそうな表情で外の景色を閲覧できる窓際の席へと導いた。

 何故か窓に顔を押し付ける魚類たちがいるのに目を瞑れば、いい席だ。

 これ、そのままガラス戸を破ってくるんじゃないかって恐怖に駆られるな。

 なんだって今日に限ってこんな幻覚が見えやがるんだ?


 外の景色を視界から外してメニューを適当に決める。

 村正はスタミナ系なのでいつものドリンクだ。

 俺はまだ決める前にリリーティアが決めたのが運ばれる。

 つーかこれ、妙に磯臭いよな。


 海のように青いドリンク。

 周囲からの視線が俺に突き刺さる。

 先ほどからちらつく視線はこれか?


 俺がエルフのままだと都合が悪いかのような視線に一息で飲み込むと、周囲の視界が一変した。


 なんだ? さっきまで不快で仕方なかった景色が当たり前の日常に組み変わった。

 まるで今までの俺が異端者だったかのように。

 飲む前と後では態度がこうも違うのかと考えさせられる。

 そしてノーマルの称号欄に何故か【古きもの】が加わった。


 鏡を見ても俺のエルフフェイスにはなんの変わりもない。

 だが、さっきまでとは明らかに違う景色が見えていた。


 そこかしこに見える海のさざなみ。

 潮の音まではっきりと耳に残る。


 今なら、水の中で呼吸も普通にできそうだ。



「リリーティア、これが最後の仕上げか?」


「|◉〻◉)なんのお話ですか?」


「お前が俺をこの店に引っ張ってきたんだろうが」


「|◉〻◉)?」



 本当にわかってないかのような素振り。

 たしかに勘繰ってばかりの俺とは違い、こいつは俺に率いられてきた。

 じゃあ誰が俺をここまで導いた?



「どうかしたでござるか、モーバ殿?」



 村正?



「本当に具合が悪そうでござるよ? 膝枕でもしてあげるでござろうか?」


「いや……」



 それは本望だが、今のお前にやられると正気を保っていられなくなるから大丈夫だと心を律する。



「そうまで嫌がらなくともいいでござらんかー」



 ぷりぷりと怒っていたかと思えば、すぐ笑顔になる。

 呆れている、というよりもこっちが素の彼女なんだろうな。

 普段は毛皮で覆われてる子憎たらしいウサギ顔だが、人間状態の彼女はどこか落ち着きのあるお嬢さんて感じだ。

 やたら正義感が強いことを除けば、とつくが。



「もう本当に大丈夫だ。少し俺の中で世界観が変わってな。リリーティアも疑って悪かった」


「「「|◉〻◉)僕とマスターの仲ですからね。水に流してあげますよ」」」


「いっぺんに喋るな!」


「「|◎〻◎)あーれー」」



 水属性魔法の中を掌握領域で掴んで二匹を文字通り水で流した。



「|◉〻◉)ああん、僕の分身がー!」



 今なんの気無しに掌握領域を呼吸をするかの如く扱ったが、こんなに容易かったか?

 魔法だってそうだ。今までストック化していたので詠唱は破棄していたが、今は詠唱すらせずに扱うことができた。

 まるで日常の延長戦のように、手のひらで水を、属性を操ることができている。


 俺の中で何かがアップデートされたのだろうか?

 そこで中指に光る指輪を発見する。

 村正とお揃いの指輪。

 ついさっきそこで買ったのに、店主の顔をまるで思い出せない。値段はいくらだったか?

 あんまりにもすんなり俺の手元に転がってきた指輪。


 これを装着してから奇怪なことが起こりすぎている。

 が、同時に手放すのも惜しいと考えていた。

 まるでこれ事態に意思があるかのように。



 同時に茶店の中を水で満たしてやる。

 何故だかここにはそれが足りない気がして。


 満ちる、満たされる。

 なんとなしにやった出来事に先ほどから店内で管を巻いていた魚類達が一気に元気になっていた。

 今までの水魔法ではない。

 これは言うなれば領域か。


 俺はいつの間にか領域を意のままに操れるようになっていた。


 これが、領域展開なのか?

 名をリリーティア。

 リリーの真名であるこいつを名付けたのはあの男、クトゥルフに他ならない。

 本当にあれがクトゥルフだったのか、今はもう思い出せない。



「リリーティア」


「|⌒〻⌒)はぁい」


「俺は一つの領域を手に入れたぞ?」


「一体さっきからなんの話でござるか?」


「前よりは少し使えるようになったってやつだよ。水だってほら、この通り自在に操れる。残りの地下の配信だって余裕さ」


「おぉ! 凄いでござるな! では配信は夜にもやるでござるか?」


「あいつらの時間の都合もあるから明日でいいだろ。誰にだって準備は必要だろ?」


「そうでござった」


「それよりもまだデート中だ。お前はデートを放って配信にのめり込む仕事人間だったか?」


「そんなことはござらん!」


「ならば続きをしよう。まぁ赴くのは図書館だが、お前もヴェーダを素直な奴に躾けるにはいくつか力を持っていた方がいいだろ」


「確かに」



 村正をうまいこと言い任かした俺は、その日のうちにデートを理由に2つの断片を獲得するに至った。

 お互いに合計4枚。


 復活後のヴェーダは俺に対する嫌悪感をより露わにしたが、俺は得た力で軽くあしらう。

 そこへ三匹のリリーティアの煽りで顔を真っ赤にするヴェーダ。

 この関係はもしかしたらずっと続くのかもな。

 配信中は少し……いや、かなり賑やかになりそうだ。

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