第75話 入国と、行き倒れと、敵認定
隣国に無事、入国する事が出来た。
盗賊はこっちの手の者だから、当たり前だが。
空飛ぶ馬車が急に停まった。
盗賊か。
窓から外を覗くと、何もいない。
「旦那、後ろですぜ」
後ろを見ると女性が一人倒れていた。
ああ、空飛ぶ馬車の前に出てきたが、下をくぐってしまったのか。
俺は馬車を出て、女性の怪我を確かめた。
外傷はないな。
馬車に当たったわけではないのか。
女性のお腹から音が聞こえた。
空腹で倒れたのか。
行き倒れとは珍しい。
「スープを温めてくれ」
俺は奴隷に声を掛けた。
「へい、すこしお待ちくだせぇ」
「それなら私が」
「ラメルは身重だから、じっとしてろよ。ほら、馬車は高いから危ないって」
「急に過保護になりましたね」
女性のそばまでスープを持っていくと、女性は何とか体を起こして、スープを飲んだ。
奴隷達が馬車に女性を運び込む。
薄汚れてはいるが、身なりは良い。
裕福な商人の娘だろうか。
「助けて下さりありがとうございます」
「いいよ、見返りを期待してだから」
「期待に添える物が私にあるでしょうか」
「スープ1杯分と馬車の乗車代ぐらいの事は出来るはずだ。そうだ道案内を頼む。この国へは来たばかりで、ほとんど何も知らない。俺はラッカーだ」
「申し遅れました、ラウニーと申します。道案内の役目は果たしてご覧に入れましょう」
「まあ、気軽に頼むよ。こっちは妻のラメル」
「ラメルよ。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
「妻は身重でな。配慮してくれると嬉しい」
「それは、おめでとうございます。優しそうな旦那様で奥さんが羨ましいですね」
「ありがとう」
「ありがとうございます。羨ましいだなんて」
「ラウニー、敬語は禁止な」
「はい、じゃなくて、ええ。そう致します、じゃなくて。そうするわ」
不思議な女性だ。
どういう経歴だろう。
学はありそうだし、美人だから、食っていくのは難しくなさそうだ。
「なんで道に倒れていたんだ」
「盗賊に襲われて、家族はみんな殺されたの。私だけが生き残ったわ」
「それは大変だったな」
逃亡中か、盗賊の追っ手は近くにはいないようだ。
ラメルに脇腹をつんつんされた。
むっ、何だ。
ラメル耳を寄せると。
「彼女は貴族です。間違いありません」
小声でそう言われた。
ええと、陰謀か。
敵の手の者かな。
それにしては殺気というか隙を伺う姿勢がないな。
ぶしつけにジロジロと観察したりもしてない。
値踏みする姿勢がないので商人ではないと判断したのか。
空飛ぶ馬車についての言及もないし。
たしかに商人ではないな。
「ラッカーは魔法使い?」
「魔法は使うけど、それが職業というわけじゃない」
「でも凄腕に見える」
「まあ、強い方かな」
何が言いたいんだ。
ああ敵討ちがしたいのか。
「お願いが」
「敵討ちしたいと言うんだろ。対価は何だ。ギブアンドテイクだよ」
「見て分かるでしょ。そんな物は出せないわ」
「人間の価値なんてのは、生きてきた経験などが加味されるものだ。人脈を提供しろ。あるだろ人脈が」
「没落した私にあるの」
「あるだろ。手紙を書いて読んでもらえるぐらいの人脈があれば十分だ」
「分かったわ。契約成立ね」
「おう」
「宿に着いたら、契約書を書きます」
ラメルがそう申し出た。
「そうだな。口約束は敵討ちとしては軽すぎる」
「書いて頂けるのなら、ありがたいわ」
「じゃあ、詳しく話せ」
「私は貴族の娘だったのだけれど、家族を殺し屋に殺されたわ。良くある政争というやつね。何とか逃げ出せたけどお金を持ってなくて」
「敵の名前は?」
「ヘーゼル・フレジェ侯爵」
「どんな人物だ?」
「魔道具の利権を握っているわ」
「そりゃ都合が良過ぎだな。ラウニーには金貨を千枚ぐらい払わないといけないかも知れない」
ヘーゼルをどうするかは決まったな。
奴隷にしてこき使って要らなくなったら、ラウニーに任せよう。
ヘーゼルと俺が敵対する関係を作り出す事と、奴隷化する為の陰謀だな。
殺し屋を使う奴だから、叩けば埃が出るに違いない。
隙もあるはずだ。
なんとなく計画が出来上がっていく。
「くふふふ」
「悪い顔してますよ。ラウニーさんが怯えてます」
「心配する事はない。計画が出来上がっただけだ」
「心配はしてない。律義に敵討ちの契約書を書いてくれる人だから、信用しているわ」
「大船に乗ったつもりでいろよ。きっと上手くいく」
まずは商売だ。
忙しくなるぞ。
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