第24話
あっという間に時間は過ぎる。あれから一年が経ち、私はと言うと……。
「もう少しこの辺りを詳しくお願いします」
ラベス帝国の真ん中に位置する王都ヴァーラ。その町にデカデカと聳えるヴェーラ王城、その城の中の最上階の一室にゼイデン陛下の執務室がある。
上質な木材を使ったデスクとすわり心地の良い椅子に腰を下ろし、今日も今日とて仕事にいそしむ陛下の横で、モーリス様にダメ出しを食らいつつ、私は原稿用紙とにらめっこ中だ。
「うぅ。詳しくって言っても、私、本当にその辺なんとなくしか理解できてないんですってばぁ」
「魔光虫の光の原理をなんとなくにしろ、理解したのはこの世界広しといえどもユリシエル殿下のみです。そこは理論的かつ科学的な根拠と立証をお願いしたく思っているのですが、どうでしょうか? そこさえ乗り越えてしまえば、連中に一泡吹かせることのできる最終兵器となりえるのですっ。さぁ! がんばって書いてください!」
「無茶ぶりすっごいんだけどっ⁉ って、連中って誰?」
と首をかしげる私に、最後の書類に判を押した陛下が顔を上げ。
「魔法生物科学研究所の学者連中だ」
そう言って椅子から立ち上がると、私の隣に座りなおす。
「偉い学者さんは、実績とお勉強をしてるから学者さんなのであって、夏休みの自由研究に毛が生えた程度の私の実験記録なんて、絶対に使えないと思うんですけどっ⁉」
そう反論する私に、モーリス様はとんでもないと言いたげに眼鏡をくいっと持ち上げる。
「そういう連中こそ自由で柔軟な発想というものが乏しいものなのですよ殿下。事あるごとに、魔工兵に魔法を使わせるのは無理だと言って、有効なアプローチ方法を探そうともしないあの連中には、殴り飛ばすよりも有効な手段が、まさに殿下のその論文にほかなりません!」
(この人、私にマジで論文書かせる気なのか……てか、どんだけその学者先生たちが嫌いなんだろう)
モーリス様のよく分からない恨みやストレスは、わりとシャレにならないくらいには溜まってきているのだけはなんとなくわかった。
でも学者さんたちを納得させるような論文を書けなんて言うのは、無茶以外の何ものでもない。私は原稿用紙に向かい合いながらも、誰か助けて―と、心で叫び声をあげていれば、ノックの音が室内に響いた。
ゼイデン陛下の「入れ」という言葉を聞き終わると同時に、扉が開かれたと思えば、そこにはお茶の支度をしたエリエスが入ってきて、私や陛下の前にテキパキとお茶の準備をしていく。
「時に、キャラハン様」
お茶の準備が終わり、すっと立ち上がってその場から3歩身を引いたエリエスは、モーリス様へと顔をむけると。
「先ほど、こちらに向かう途中の廊下で魔法生物科学研究所のノイズ博士が魔工兵のことでお話があると、キャラハン様をお探しのようでした」
ついでとばかりにそう報告した。
「それでは陛下、そして殿下、御用の際はいつでもお呼びください」
エリエスはそう言うと、ピシっと頭を下げて、礼儀正しく部屋をさっさと出ていってしまう。
そんなエリエスを見送りつつ、はっと気が付いたように慌ててモーリス様も部屋を後にしていた。
「すぐに戻りますので、どうぞゆっくりとご休憩を……って、エリエス女史っ! 待ってくださいっ! ノイズ博士が何ですって――……」
とか何とか言いながら。
「忙しないな、あいつ。と言って、最近学者連中と毎日のように揉めていたらしいからな。仕方ないか」
「まあ、それもこれも『魔工兵に魔法を使わせたい』と言う、陛下の我儘から始まっているんじゃなかったでしたっけ?」
「オホン。ああ、今日の茶菓子はうまそうなケーキだぞ?」
「ごまかし方が雑じゃないですかねぇ? まあいいんですけど」
午後のお茶の時間をのんびり過ごしながら、私とゼイデン陛下は他愛ない話をしていた。最近やっと一人で馬にも乗れるようになったこと。ヒマワリを本格的に販売しようと計画していること。最近モーリス様とエリエスが結構仲良くて驚いていることなど、様々に。
「モーリスは自分を振り回す系の奔放な女性か、賢い女性が好み何だそうだが、エリエスは文句なしで賢くはあってもあいつの好みとはちょっと違うからなぁ」
なんて、どことなくあきれたような顔で、ゼイデン陛下がモーリス様の好みについてそう呟いた。
「エリエスは素敵な女性なんですけど、どこが不満だというんでしょうか?」
二人の仲がいいといっても、それは他人目線の勝手な思い込みでしかないという証拠なのだろうけど、私の大好きなエリエスが気に入らないとか聞くと、ちょっとした反発心が生まれるもので、不満をそのまま顔に張り付けて、ゼイデン陛下を見上げれば。
「真面目なところとか?」
とか言ってくれちゃった。真面目のどこが悪いのか。
「彼女の長所の一つですが? って、別に無理やりくっつけたいわけじゃないんですけど」
さらに反論してやろうと思ったのだが、はたっとそういえば、別にエリエスだってモーリス様に恋愛感情を持っているわけでもないのにと、私は首を横に振る。
「私はエリエスは十分に素晴らしい女性であると思っているし、私たちのことが落ち着けば、良い縁談を探してやりたいとも思っているぞ?」
そう言って紅茶の残りを飲み干すゼイデン陛下に、私が少し驚いてしまった。割りとエリエスのことも考えてくれてるんだなぁなんて。
「それは、ありがとうございます」
そこは素直に感謝するしかない。だって、12番目のお姫様には、そんな良縁な関係を紹介してあげられるだけの人脈なんてモノはありはしないのだ。
私の使える手段としては、私の兄さまや姉さま達に頼むしかなかったわけだけど、エリエスにとっては余計なことかもしれないけど、私は彼女に苦労なくくらせる家に嫁いでほしいという気持ちもあった。
もしかすれば、エリエスは恋愛結婚を望んでいたかもしれないけど。もしそうじゃないのなら、私ができること全部を使って、いい縁談を見つけてあげようと心に決めていたから。
「もう一度言うが、私たちのことが落ち着いてから。だからな?」
ゼイデン陛下はそう言うと、にゅっと私の顔に自分の顔を近づけてきた。な、なによ。そんなに念を押さなくてもわかってるわよっ。私たちのことが片付いたらでしょ?
「分かってますけど」
私たちの顔の距離は、およそ5センチ程度。
(うん。近いんだよなぁ)
私はただ綺麗な彼の顔を見つめて、その唇に自分のを重ねる。ただ触れるだけの私の誘いに、彼はただ無言で顔の角度を変えて、優しくじっくりと味わうように舌を這わせ、私をうまい具合に自分のやりやすい方向へと誘導していく。
こうして何度唇を交わしても、私の胸は最初と変わらず、自身で驚くほどに早鐘を打つのだ。
彼の優しさに胸が満たされて、彼の激しさに胸が痛いくらい叫ぶのだ。
あなたの全部が欲しいと言ったら、あなたはどこまでくれるんだろうか? そんなことを、頭の片隅でふと考えてしまう。
やっと名残惜しそうに唇が離れると、ゼイデン陛下は自分の額を、私の額にくっつけ。
「最近は、ますます誘い方が色っぽくなってるじゃないか」
そうにやりと口の両端を意地悪そうに持ちあげて笑った。
「もしそうなら、全部ゼイデン陛下のせいですけどね」
なんて、半目でにやりと笑い返せば、ゼイデン陛下は目を丸くして見せた後、くつくつと楽しそうに笑って見せた。そして、私はふと思うのだ。こういうやり取りでさえ、なんだか新鮮だな、と。
私が彼の大きな胸にしがみつくように抱き着けば、彼も逞しいその両腕で私をしっかり抱きとめてくれる。
その大きな安心感と、彼の少し早い鼓動が私を安心させてくれる。
最近では、私の記憶が突然よみがえるなんてことはめっきり減った。私の場合は全部を思い出したからかもしれないけど、本当の理由はわからない。
そして、彼の場合は。
「そういえば、最近また夢を見なくなった」
そうである。
突然、夢を見なくなったというわけじゃなくて、夢の内容が変化していって、だんだん見る頻度も減り、最終的にはこの一年の半分は過去の夢を見ていないそうだ。
その理由は分からないし、記憶が消えたわけでも、これから先も過去の記憶を夢に見ないという保証もない。だけど――。
「不思議と、お前のことをおもうと落ち着く」
なんて口説き文句を囁かれた日には、私の抵抗なんて無意味に終わる。
悔しいかな、結局のところ私は、また『彼』に恋をしたのだ。前世の彼ではなく、目の前の彼に。
2年という期限を設けた意味すら、早速、無意味になっている気もしないでもない今日この頃だけど、あと一年は彼を振り回してみたいと思うのだ。
だって、過去から今まで、私のほうが振り回されっぱなしだったんだから、少しぐらいの意趣返し的ななにかはしても許されるだろうと。
私も、そしてゼイデン陛下も、前世の記憶に振り回されてしまうことは時々ある。だけど、それも含めて、私たちはゆっくりと歩み寄っていくのだろうと思う。
許せなかった裏切りも、忘れられなかった思い出も、傷つけあった言葉の数々も、新しい記憶と思い出に塗り替わりながら、お互いのすべてと向き合いながら、お互いの心にゆっくりと時間をかけて溶かしこみながら、未来へと。
おわり
最愛の君を逃がさない方法 風犬 ごん @kazeinugon
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