第21話
理由もなく、ただ『気に入らない』からという理由で、大国を治める皇帝の求婚を断ることなど、12番目という後ろ盾さえないお飾りの姫に許されるわけがない。
(これって、どうオブラートに包もうと、強制っていう……ね)
昨日の今日で、寝耳に水状態の私を置いてけぼりに、翌日には、私の家族が勢ぞろいし、ゼイデン陛下がだれを選んだかを伝えるという暴挙に出てくれた。
いや、実際には今日の発表を含めてモーリス様が準備していたらしい。そう、モーリス様が。
ゼイデン陛下は、ひとまず婚約うんぬんの話は置いといて、私と話をしたがっていたらしいが、モーリス様が『変更はできない』と、ゼイデン陛下を一喝し、何一つ解決しないまま、王の間にて私の家族が全員いる中、ゼイデン陛下とその後ろに控えるモーリス様が父様と母様の前に立っていた。
(ちょっとっ! これマジでどうするのよっ⁉)
今朝がた、慌てて私の部屋に転がり込んできたエリエスから今日のことを聞き、私はどうすることも出来ずに今、ここにいる。
幸いだったのは、この場にいるのが私の家族だけってことだろうか。これでゼイデン陛下の関係者まで集まっていたらと思うと、胃が痛くなってくる。まあゼイデン陛下と共謀してるらしいモーリス様のことは、この際見ないことにするけどね!
「えー、本日はお日柄もよく――」
なんて、ちょっと動揺しているらしい父様が若干、声を裏が言えしつつ訳の分からないことを言い始めるものだから、母様を含めた私たちきょうだいも目をまくるしてしまったが、父様、これからお見合いが始まるわけじゃないんだから、落ち着いてっ!
「あなたっ」
小さな声で、母様が父様の小脇をつつく。
「コホンッ! ええ、ラベス帝国との友好を、このような形で……ああ、違うな。申し訳ない。長たらしい前置きはぬかそう」
父様はもう一度咳ばらいをすると、ゼイデン陛下を見上げる。
「伴侶を探すためにゼイデン殿を我が城へ招いたわけだが、何というか、予想外過ぎて私はかなり動揺している。そこは許してもらいたい。もう一度聞くが、ゼイデン殿のお心に変わりはないだろうか?」
父様がそう言うと、ゼイデン陛下は神妙な顔で、それでもしっかりと頷いた。
「変わりなく」
「そうであるならば、私はゼイデン殿を祝福しよう。ただの形式ではあるが、ゼイデン殿が心に決めた我が娘に『誓いの指輪』を渡してもらえるだろうか」
ゼイデン陛下は父様の言葉にしっかりと頷き返すと、モーリス様を後に控えさせ、ゆっくりとこちらに向かってくる。モーリス様の両手には、質のよい赤い小さなクッションが乗せられ、その上には、魔石の中でも強い力を宿した『誓いの石』がくっついている白銀の指輪が乗っている。
つけるものの指に合わせて大きさが変わり、これを使って誓いを立てることで、口約束ではない拘束力が備わる。魔法によって縛るのだ。その拘束力は呪いの類に近い。
結婚するという約束を果たすための道具だ。あ、ちなみに。約束を破るとどうなるかと言うと、別に死ぬわけじゃない。左の薬指が指輪によって切り落とされるだけで……って、なんでそんな怖い魔法で誓いを立てないといけないんだよーっ! って思うけど、まあ、色々と理由があるらしい。
だけど、あの指輪をつければ、本当に逃げられなくなる。
指が切れるからなんて、そんなことはどうでもいいんだけど。いや、指が切れるのは嫌だけど。
なんていろいろ考えてるうちに、ゼイデン陛下か私に前に立った。立ってしまった。
そして――。
「ユリシエル・ファムリシア・ソーデナブル王女」
ゼイデン陛下が私のフルネームをその口で紡いだ。
私は恐々と彼を見上げる。
彼の瞳が不安そうに揺れていた。そして、顔はとても難しく歪められ、とてもじゃないが、これが幸福な結婚前の儀式とは思えなかった。
ゼイデン陛下は小さく息を吐き出すと。
「私と生涯を共にする伴侶に……」
そう言って、なにかを決意したかのように真剣な顔で、私に大きな右手を差し出す。
私は自分の左手を彼の右へと……。
(本当に、これでいいの? 私は、心から、納得できてるの?)
いや、納得なんてできるもんかっ。
絶対に断れない状況に追い込まれて、納得なんてできるはずがない! そう思った瞬間、私は思い切りゼイデン陛下の右手をはたき落とした。それと同時に響く乾いた音。
そして、私は思い切り息を吸い込むと。
「絶対にいやっ! 結婚なんてしないっ‼」
そう叫んで、部屋を飛び出していた。
「ユリシエルっ‼」
そう父様が私を呼ぶが、無理なものは無理なんだよっ‼
息が切れるまで走って、気が付けはそこは中庭だった。
息を整えようと、中庭の椅子に腰を下ろして息をつく。そして――。
「ああぁ~。やらかしたぁ」
と、私は頭を抱えてしまう。
断るにしてもやり方や言い方ってものがあるでしょうに。だけど、私の感情が私の行動の背中を押してしまったのだ。
いけないとは頭のどこかで分かっていたのに、自分の感情に逆らえなかった。
「戦争とか、ならないよね?」
そして急に、自分の言動に不安を覚える。
いくら前世の記憶があろうと、今の私と彼の立場には天と地の差があるのだ。
陛下本人が気にしないと言ってくれたとしても、彼の家臣たちはどうだろう? 彼を邪険に扱った私を、そんな私をがいる国を嫌いになるかもしれない。
そうしたら、今までの友好だってなくなって、互いの国民たちにまで広がって、貿易にも防衛にも影響してしまったら? 私一人で、そんな大きなことの責任なんて取れるの?
それに、ラベス帝国と友好を持つ国にも影響しないとは言い切れない。
共通する同盟国との同盟や国交を切られたら? 私の言動でどう転ぶかなんてわからない。
途端に、私は恐怖に体が震える。自分の立場は、ただの一般人だった時のままではないのに、何で我慢できなかったんだろう。
そんな風に、頭の中で様々な悪いことばかりを、私はしばらく考えていた。
どれくらいそうしていたかは分からないけど。ふと――。
「ユリシエル」
そう呼ばれた声に、私は顔を向けた。
「父さま……」
いつものように穏やかな顔で微笑み、父様は私の隣に腰を下ろし。
「なぜそんなに泣きそうな顔をしているのだね?」
そう言うと、私の頭を何度も撫でる。
「だって、父様……私、ゼイデン陛下に、失礼なことを……」
父様に優しくなでられるたびに、私の中のガチガチに固まった色々な思いが溶かされる気がした。それと同時にまたも、私はポロポロと泣けてくる。最近の私は泣いてばかりな気がするんだよねぇ。
だけど、よく考えれば私はまだ『14歳』だ。前世の記憶があったとしても、それは結局、今の私の体験ではなくて、記憶という情報でしかない。つまりそれって、映画や本を読むのと変わらないんじゃないかなって。
そう考えたら、今さらながら、やっと自分の中で納得できるものがあった。
だってエリエスの言う通り、過去は過去でしかなくて、前世は前世でしかないんだから。
そう考えだしたらなおのこと、私は自分の情けなさに泣けてくる。
前世に縛られているのは、私自身なのだ。
全部を彼のせいにして、忘れたいといいながら彼との思い出を引きずって、私はただ、その記憶に浸っていたかっただけ。
彼を憎んでいれば、ずっと忘れないでいられる。
彼を責め続ければ、私は自分を憐れんでいられる。
彼に愛されなかったと、私は一生懸命に頑張ったのだと、自分を正当化すれば楽でいられたんだ。
べそべそと泣きじゃくる私に、父様はただ黙って、私の頭をなで続けてくれた。
「ゼイデン殿は、特に気にしてはおられなかったぞ」
優しい声でそう言葉を出す父様に私は顔を向ける。
「でも、ダメでしょ? だって、相手はラベス帝国の皇帝ですよ?」
「ふむ。そうだな。だがしかし、お前が本当に望まないのであれば、私は断ってもかまわないと思っているよ」
「え?」
父様の言葉に、私は思わず両眼を見開いた。
「王族同士の婚姻となれば、確かに色々なしがらみもあるものだ。だがな。お前はそんなことを気にしなくてもいいのだ」
「そんなわけには……」
父様の物言いに困惑する私。だけど、そんな私に父様はふふっと笑って見せる。
「何があっても、私たち『家族』がお前を守ってやるとも。政治なんてものは、私や王子達に任せておけばよい。私やサーシェ、それにきょうだい達がお前に残してやれるものは少ない。そんな私たちがお前にしてやれる事と言えば、お前に望む『自由』を与えてやるよりほかにはないだろうな」
「父様」
「お前が望むのであれば、結婚相手など小さな雑貨屋の店主でもよい。農夫でも、漁師でも、誰であってもかまわないのだ。ユリシエル、お前が心から笑顔で生きていける場所であるならばな」
私が望むのであれば……。父様のその言葉にウソはないとわかる。
「大切なのは、お前が幸せであることだ。お前が望まぬことはしなくてよい。何があろうと、私たちが守る。だからこそ、自分の心に正直でな」
父様の言葉は本当に大きくて。私の気持ちを包み込むほど大きな家族の愛情を今日ほど感じたことがあっただろうか。そう思うほど、私は自分の胸が熱くなるのを感じた。
私の幸せだけを願ってくれる家族。それは、今も昔も変わらず、私に冷静さや穏やかさを思い出させてくれる。
私は、昔も今も変わらずよい家族に恵まれ、愛情の中で大事に守られて生きてきたんだ。
そして思い出す『彼』のこと。
今、私がしなくてはいけないことを、私はやっと冷静に受け止めることができた。
「私、ゼイデン陛下ときちんとお話しします」
どうなるかも、自分がどうしたいかも、まだうまくまとまっていはいないけど。
「そうか」
私の言葉に、父様はしっかりと頷き返してくる。
「どうしたいかは、まだわかりませんが……」
「うむ。言葉を交わすことに意味があると思うぞ」
「はい」
私がしっかり頷き返せば、父様はやはり父親らいい暖かな笑みでもう一度私の頭を撫でつけた。
「あの方は、悪い方ではないと、私は思う。よく、話しをしてみなさい」
父様はそう言うと、腰を上げてゆっくりと私に背を向けると、歩いて行ってしまった。
父様が見えなくなるまで見送ると、私は椅子の背もたれに背中を預けて空に大きな溜息を逃がした。
話し合わなければいけないことはたくさんある。なぜ追いかけてきたのか。なぜ今さら結婚しようなんて思ったのか。分からないことだらけだ。だけど、もう分からないものをそのままにしておくのはやめなきゃだめだと思う。
少なくとも当時、待っていたところで事態は好転しなかったし、伝えなきゃいけない言葉を飲み込むのは悪手だった。だったら、今度はきちんと向き合うべきなんだ。
きちんと向き合って、きっちり過去、前世を終わらせなきゃ。私も彼もな前に進めない。
私はしっかりと涙を振り払うと、その場に勢い良く立ち上がる。
「よしっ」
あの時、私が事故にあったあの日。止まってしまった私たちの時間を動かそうじゃないか。
私たちが、きちんと笑えるように。
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