第15話



 陛下に手を引かれるまま人の波を縫って行くと、目的地であろう露店の前に到着した。



 その店は異国の布を取り扱っているようで、この国ではなかなかお目に掛かれないような繊細かつ華美な刺しゅうの織物がたくさん並び、ターバンやらショール、マフラーや腰布など、様々な飾り物なども置かれていた。派手なものからシンプルなものまでと、本当に様々である。



「いらっしゃいませ~! どうぞ手に取って素材の素晴らしさをご堪能くださいニャ!」



(にゃ?)



 高く積まれた織物のせいでよく見えなかったが、織物の間にちょうど隙間があったので、そこから露店商の顔をのぞいてみれば。



「にゃにゃっ! これはかわいらしいお姫様もいらっしゃったのニャ! どうぞ、どうぞ! お嬢さん、こちらには綺麗な髪飾りなどもありますニャ!」



 と、がっつり私は露店商と目を合わせ、めちゃくちゃ笑顔で奥のほうに飾られているアクセサリーなどを勧められた。



(うぅ。ふわふわ……モフりたい……)



 目の前の露店商は外海から来たのだろうと一目でわかった。てか、二足歩行の猫ちゃんなんだからそりゃ一目でわかるわよね。



 極寒の地、クリスタル・エデンと呼ばれる大陸に暮らす、ハーシェンズと呼ばれる種族だ。普通の猫科獣人と違って、体毛が長く、薄い毛色をしていて、ほとんどの場合オッドアイなのが特徴だ。



 この目の前の露店商も薄いグレーのペルシャ猫を思わせる毛足の長い猫ちゃんで、モフモフの尻尾がかなり私の心をくすぐってくる。



 金色に光る右目と、宝石のように輝く赤い左目が、楽しそうに光っていた。



 いやいや、モフモフに心を奪われてる場合じゃない。目的の物を探さないと。



「お探しの物がありましたらにゃんにゃりと!」



 それにしても、獣人が語尾に『にゃ』とか『ワン』とか付けてしゃべると、絶対狙ってんだろコイツ。と、思わずにはいられないのだが、可愛いからもう何でも許せてしまう。可愛いは正義って、ものすごいパワーワードな気がするわ。



 さて置き。



 デボア姉さまへのお返しにはどんな物を贈るのがいいだろうか? と悩んでみる。シェリア姉さまと違って、デボア姉さまは少しだけお目めが釣り目がちで、若干気が強そうにも見える。まあ事実とてもハキハキとものを言う人ではあるけども。とても頼れるしっかり者のお姉さまだ。



 好きな色は赤、ちなみにシェリア姉さまは青で、ハリス兄さまはオレンジだ。長男は、まあいいか。今はデボア姉さまのことなんだし。



 やっぱり贈るなら赤いショールがいいかな? でも、たまには違う色の物を贈るのも悪くないと思うのだ。ちなみに、私は薄い桃色が好きだ。いわゆる桜色とかトキ色と呼ばれる薄いピンクなのだが、いやぁ色は好きなんだけど、姉さまが選んでくださったあのドレスのデザインが可愛すぎる……いや、うん。せっかく私のために選んでくださったんだから、これからも着ます。うん。たぶんエリエスに着せられると思うし。



 そう言う訳で、私が好きな色の物を手にとって見てみるのだが……。



「ユリシー、あなたには似合いそうなのだけど……」



 と、シェリア姉さまが私の横に立って少し困ったように笑った。



「うーん。ですよねぇ」



 私も手にとって思ったんだけど、この色合いはどうにもデボア姉さま向きじゃないよなぁ。



 逆に、群青色に銀の糸で白い花の刺しゅうがされたショールを手に取ってみる。



「これはシェリア姉さまにとてもよくお似合いですね」



 涼やかな色と銀の糸がとても爽やかさや落ち着きを感じさせる。だからと言って地味ではなく、光沢のある生地と細かな刺しゅうがとても豪華であり、だけど決して下品にならない調和のとれた美しいショールだ。



「ふふっ。そう? とても綺麗ね。せっかくだから、私も買おうかしら」



 シェリア姉さまはそう言うと、私が手に取ったショールを持ち、商人に話しかけていた。って、即決ですかお姉さまっ!? いいのっ!? いや、姉さまが気に入ってくださったならそれでいいんだけどさ。私も姉さまに似合うだろうなって思ったし。



 でだ。問題はデボア姉さまへの贈り物ですよ。



 色々手に取ってみるのだが、どうにもしっくりこない。色はいいけどデザインが地味とか、デザインはいいんだけど気に入った色がないとか。あーでもないこーでもないと悩む私に、ついに商人がぬっと私に顔を近づけて来て。



「お嬢さんっ! どういったものがよろしいのですかニャ? 言って下されば出しますともっ!」



 今にも顔をぺろりと舐められそうなほど近くで、にやりと猫の露店商が笑う。



「え、えっと――」



 少々押され気味になりながらも、私は露店商の猫に私のイメージを説明した。すると猫は。



「お任せください!」



 といいながら、何やらしゃがみ込み足元でごそごそしていたと思えば。



「こちらをご覧あれ!」



 と、白いショールを出して、私の前にばさりと広げる。



「お? おおっ!」



 出されたショールは白い生地ではあったものの、その細やかで豪華な刺しゅうに目が釘付けになった。白い生地だからこそ映える赤い大きなバラと、そのバラを引き立てる細かな花の刺しゅうが、職人技を感じさせる素晴らしい逸品だ。



「生地は最高級クラウドワームの中でも、最も希少価値のあるプラチナワームの糸を使い、魔法工程を一切行わず天然染料で染めたプラチナワームの糸でもって、職人が一年かけて仕上げた逸品でございますニャ! 豪華絢爛でありながら決して嫌味ではなく、あくまで天然物が持つ美しさを再現した職人技をどうぞお手に取ってみてくださいませっ!!」



 さすが商人さん。まくし立てられるように売り込み文句を言われたと思えば、流れるように私にショールを手渡してきた。だけど、その宣伝文句に偽りなしだと納得せざるを得ない。



 柔らかく滑らかな肌触りと、信じられないほど細かな刺しゅうの美しさに見とれてしまうほどだ。



「ここに並んでいるものだってどれも美しいものですのに、これはさらに素晴らしいものですね」



 私と同じように生地に触れたシェリア姉さまも納得の逸品である。



 異国の物というだけで希少価値は高いが、貴重な糸を使っていることも、また天然染料で染めているということも含め、珍しいものであるのは間違いない。



 なにより、色もデザインも気に入った!



「買った!」



 と、ショールを掲げる私に。



「お目が高い!! お買い上げありがとうございますニャっ!!」



 満足そうに、猫の商人はにんまりと笑いプレゼント用にショールを包んでくれた。






 帰りの馬車の中で、私は満足する買い物ができてホクホクだった。あまり物を買わないシェリア姉さまが自分の物を買ってくれたのは嬉しかったし、思わぬところでデボア姉さまへのお返しが買えたことにもだ。



 劇だって面白かったし、久々に街を歩けたのも楽しかった。結果的には、とても楽しい一日だった気がする。



「嬉しそうだな」



 私の正面に座るゼイデン陛下が、ひじ掛けに寄り掛かりながらうっすらと笑っていた。そう言えば、途中からこの人の存在をうっかり忘れてたわ。



「はい。陛下のおかげてとても良い物が買えました。今日は私のわがままにお付き合いくださりありがとうございます。後はお渡しするだけですが、姉さまが喜んでくださるといいのですけど」



 忘れてたのは、まあ、うん。ごめんよ。だけど、陛下が見つけてくれた店でいい物が買えたのは事実だし、一応は感謝してます。ってことで、問題はデボア姉さまが気に入ってくれるかどうかなんだよなぁ。



「大丈夫よユリシー。あの子がユリシーからもらった物を喜ばないわけがないわ」



 そう言うと、私の隣に座っていたシェリア姉さまが、私の頭を優しくなでつけながら微笑んで見せる。



 本当に兄姉たちは私に優しい。私が末っ子だからなのかもしれないが、こんなに優しくて綺麗な姉がいる私は幸せ者だ。そして、よく見てほしい。そこの皇帝様よ。こんな優しくて綺麗な嫁がもらえるなんて幸せ者だぞ! 誰を選ぶにしろ、ちゃんと幸せにしてくれなくちゃ絶対に殴り込みに行ってやるっ。



 なんて心の中で念じていれば。



「それにしてもユリシー、また自分の物は買わなかったのね」



 シェリア姉さまがそう言って少しだけ不満そうな顔で私の顔をのぞき込んできた。



「だって、姉さまたちが色々くれるじゃないですか。だから欲しいものはあまりないのです」



 だから、私はそう笑顔で返す。



 いや、これは事実として、本当に兄さま方や姉さま方がまあ色々くれるのだ。装飾品に限らず、本とか、ドレスとか、日用品の使っていないあれやこれやとか、そうすると、あるからいいか。と、なってしまうのだ。使わずに捨てるなんてもってのほかだし、あるのに買うのは無駄でしかない。こういう所だぞ私。前世に引きずられすぎているのは十分に理解してるつもりだが、ねえ? しかたなくなーい?



 あるものは使う。壊れたら直して使うという生活が長かったのだから、ねえ?



「それならば、これをユリシエルにやろう」



 私が姉さまにへらりと笑って返していると、ゼイデン陛下がそう言って私にポイっと、何かを投げてよこした。とっさにその何かを慌ててキャッチ。



 握ったその何かを見てみれば、それは小さな花が集まっているような見た目をしている髪飾りで、その見覚えのある形や色は、まるで桜の花そのものだった。



(ああ、まただ)



 なんてこともないただの日常の思い出で。



 髪が伸びてきてうっとうしいと思っていた時に、カイが誰かから『もらった』からと、私にくれたバレッタもちょうど桜のモチーフだった。



 カイは短髪だったし、そもそもバレッタを付けるようなタイプでもなかったから、彼の『もらった』という言葉に違和感はあったが、私が好きそうだからという理由でもってきてくれたことは素直に嬉しいと思った。



 私が、桜が好きだというのを覚えていてくれたことがとても嬉しかったのだ。よく考えてみたら、前世の生まれ故郷で桜が嫌いな人の方が珍しいかもだけどね。



 私の最大の問題点は、これしかない。



 幸せだった時の記憶、嬉しかった思い出、楽しかった時間、これらすべてが私の邪魔をするのだ。忘れたいのに、怒りで叫びたくなるほど憎んでいるはずなのに、どうして思い出してしまうんだろう。



 あなたの笑顔とか、家族の顔は思い出せないのに。



 あなたの声とか、自分の名前も思い出せないのに。



 どうして『あなた』は『今』私の目の前に居るんだろう。



「ありがとう、ございます」



 今すぐ泣き出してしまいたい。でも泣けない。もう泣くべきじゃない。



 だから私は、何とか精一杯で笑って見せる。うまく、笑えていただろうか……。



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