第14話



 劇も終わり、何もなければこのまま帰宅。の予定だったんだけどもね。



「私、町を歩きたいです」



 という私のわがままで、なぜかみんなで街をお散歩することになってしまった。



 いや、あれだよ。一国の皇帝が、まさか街中を歩くのに賛成するとは思わないじゃん? だから、護衛を一人だけ連れ出して、私は姉さまとゼイデン陛下から離れて帰ろうとした結果がこれですよ。



 見事、姉さまと陛下の両方が釣れちゃって、結局、大所帯で街中を歩く羽目に……人はそれを自業自得という。



「姉さまと陛下は先にお帰りになってよかったのに……」



 姉さまと離れて護衛の一人と手をつなぎながら歩く私は、不満をそのまま口にして少し後ろの方を歩く陛下と姉さまに顔を向ける。



「まさか、あなただけを置いて帰るわけにはいかないでしょう?」



 まあ、姉さまの言い分も分かるけど。



「それこそ、男子が女性を放っておいて一人で馬車で帰るわけにもいくまい? まして世話になっている城へだぞ?」



 アッハイ。そうですね。



「でも目立ってますよ? 私たち」



 まあ、護衛を引き連れた金持ちそうな人間が三人固まっていればそりゃ目立つに決まっている。もちろん悪い意味で。



「大通りの入り口付近で馬車を停めて待っているということですから、そこまでは歩かないといけませんよ?」



 目立ってもしょうがないだろう。と、姉さまの含みある言い方に、私は若干申し訳ない気持ちが湧いた。が、そもそも姉さまがデートに子供を連れてくるのがいけないのだ。いやまあ、誘ったのはゼイデン陛下だったけど。



 歩き始めてわかったのは、劇が始まっているからなのか、人通りがかなりある。本当に護衛と手をつないでないと、姉さまたちとすぐにはぐれてしまえるほどには人がたくさんいて、劇だけのせいでってことはないように思えた。昼間の大通り付近では様々な店が立ち並び、さほど遠くない場所に露店が並んでいるのも良く見えた。すぐに人波に視界を遮られてしまったが。



 劇場のある場所も大通りにほど近い場所にあるために客入りも上々のはずで、この辺りは市場も近いから、人が多くて当たり前ではある。だけど今日はちょっと多すぎる。



 私は手をつないでいた護衛の腕を少しだけ自分の方に引くと、彼女はそれに気が付いて私のほうに顔を向け、微笑みを浮かべて見せる。



「どうなさいましたか、姫」



「ソルシャン、今日は何かお祭りでもあるの? すごい人がいっぱい」



 私がそう聞けば、護衛のソルシャンが驚いたように両目を見開いた。



「えっ。ユリシエル様は、今日が『大売出し祭り(ファンタジスタ・カーニバル)』だって知ってたから町に来たいって言ったんじゃないんですか?」



 そう驚かれて、私は自分の指を折って慌てて日にちを数えた。



「あ」



 ああ! 忘れてたーー!!!!



 どうりで姉さまも護衛の人たちも、私が町に行きたいといったのを渋々ではあったものの、許してくれたわけだっ! 外に出たついでと言わんばかりに、私なら絶対に行きたいというに決まってる。



 ファンタジスタ・カーニバルとは、2年に一回行われるわりと大規模なイベントだ。この祭りに名前が付けられたのは30年ほど前で、各国の行商人などが大きな都市に集まり一大大売り出しと称した大きな市を開くのだ。今年はうちで開かれるというのをすっかり忘れていた。



 この大きな市は、町の活性化や商業の幅を広げるもので、経済効果も期待できるが、観光収入も大きく、商業組合と各国の役所が手を組んで今ではかなり大規模になっているとか。



 いつもなら手に入らないような珍しいものもこの市では手に入るので、町の人たちにもかなり好評のお祭りである。



 まあ、気づかなかったのは、あれとしても。これは使える!



「お、覚えてたからっ! ソルシャン行こう!」



「ああ、姫様っ。祭りは逃げませんよぉっ」



 ここで護衛と一緒に人ごみに消えてしまえば、姉さまと陛下が二人きりになれるチャンス――護衛も一緒に居ることは仕方ない――だろ。私が一人でどこかに消える訳でもないから、他の護衛もそこまで心配はしないだろうし、ソルシャンが一緒なら、最終的には私がソルシャンと馬車に戻ることもできる。



 私はぎゅっとソルシャンの手を握ると、彼女の手を引っ張って走りだそうと――。



 いつもなら、この方法でわりとうまくいくものだけど、今日はそうならなかった。



 なぜなら、ふわっと体が浮いたと思えば、私はゼイデン陛下に抱きかかえられていたからだ。



(は?)



「お転婆なのはいいが、ゲストを置いていくのは感心せんな」



 器用に私を自分の腕に座らせるようにして抱きかかえ、甘い微笑みを見せるゼイデン陛下が私を見上げて言った。



(な、なっ!)



 私が子供だからって陛下の行動が許されるとでも思っているのだろうかっ。いくら小さくてまだ子供だって言っても、私も立派なレディなんだぞこいつっ!



 悔しいんだか恥ずかしいんだか分からないが、居た堪れなくてじたばたする私だが。



「暴れると落ちるぞ」



 というゼイデン陛下の言葉同様、本当に落ちそうになって慌てて陛下にしがみつき、陛下や姉さまに笑われるし、護衛たちはなんか微笑ましそうに見ているだけだし、なにこれ。何この状況。



 なんか今日の私はやることが裏目に出てる気がするなぁ。





 それでも楽しいカーニバル。



 一応の抗議の末、ゼイデン陛下は私を下ろしてはくれたけど。



「また突然、走り出さないようにな」



 そう言って、私の手を掴んで離そうとはしてくれなかった。



 抱っこされるよりかはマシだけどさあ。でも手をつなぐって……完璧に子ども扱いじゃん。いいんだけどさぁ。



 護衛どころか、姉さままでもがゼイデン陛下に何も言わずにただニコニコとしてるし。きっとあれだ。相手が護衛や姉さまじゃないから、私が無理矢理引っ張ったり、手を振りほどいて駆け出したりできないだろうと思ってるからに違いない。



 確かに出来ないけどもっ!



「陛下は私と歩いていて楽しいのでしょうか?」



 そんな嫌味とも取れない恨み言を吐くくらいしか、私には文句の言いようがない。



 こんな子供の相手をするよりも、姉さまとの友好をさらに深めた方が絶対に有意義だと思うんですけどねぇ。



 少しだけうんざりした気持ちでゼイデン陛下を見上げれば、陛下は「ふふっ」と口元を緩め。



「そうだな。楽しいと思う――」



 すぐにそう返して私に視線を下ろすけど。



「――が、それ以上に、姫はまるで魔光虫のようでな。目を離すと遥か高くに飛び去ってしまいそうで心配になる」



 顔は笑っているのに、その瞳が言葉通りに不安そうに揺れた気がして、私は居た堪れない気持ちになる。



 違うと分かっていても、アイツと重ねてしまっている自分がいる。本当に私ってやつが心底嫌になる瞬間だ。少しでも、アイツが私を想っていてくれたかもしれないなんて、期待のような妄想を抱く自分が、本当に嫌い。



 だから――。



「どうせなら、私は魔光虫の羽より、エルディスト族のように色鮮やかな翼のほうが欲しいです」



 なんて、無邪気に笑って愚かな自分の考えをねじ伏せた。



 目の前に居る人は別人だ。分かってる。よく分かってる。



「ああ、小鳥族か。確かに、彼らの翼はまるで虹で染めたように美しいものな」



 なんて、陛下は色とりどりの小鳥たちの翼を思い出したのか、何やら一人で納得していた。



 ちなみに、エルディスト族というのは、名前の通り『小鳥』のような種族だ。見た目は人間に近いが、くちばしとカラフルな翼があり、小人よりやや体が大きいくらいという特徴を持つ。



 さらに蛇足だが、小人族は全長10センチの人間で、種類的には人というより妖精に近いらしい。



「だからこのカーニバルでは、それに負けない美しいショールを見つけたいです。前にデボア姉さまに選んでいただいたドレスのお礼をしたいので」



「なるほどな。では、何かよいものがないか探してみるか」



 陛下はそう言うと、優し気に微笑みながら、私の手をやんわりと引いてゆっくりと歩き始めた。



 そう言えば、私はいつからこの人の笑顔が『優しそう』に見えていたんだろう。






 とにかく人が多い。まあ、お祭りだし仕方ないんだけど、お店も今日一日じゃ回り切れないほど並んでいて、目が回りそうだ。



 美味しそうな香りが流れてきたと思えば、エキゾチックで不思議な香りが別方向から流れ込んできて、楽しそうな人々の声や、お客を呼び込む様々な声があちこちから聞こえる。冷やかし半分でのぞいた店にはこのあたりでは見ない小動物を扱った店まであって、見ているだけでも私をとても楽しい気持ちにさせた。



 異国の服や食べ物を扱うお店、香辛料やらお香やら、果物、野菜、何に使うかもわからない機械や、マジックアイテムの数々、本やスクロールを売る店と、本当に様々だ。



 本当に自分が異世界に居るんだなぁ。なんて、しみじみ思う。



 亜人と呼ばれるような人々が普通に街を歩き、魔獣やら妖精やら、光る虫やドラゴンまで居る世界だ。前の世界の面影なんて一切ない。ないはずなのに、ここが異世界だからなのか、時々、『帰りたい』と感じるときがある。それはノスタルジーとも言える現象というか、年々そう言う気持ちが少なくなってきていたのに……まあゼイデン陛下のせいと言ってしまうと乱暴だけど、もう思い出せない家族だった人たちの顔や、生まれ育った町、友達だって居たはずで、そう言う思い出せないことに歯がゆくも、そう言うものなんだと割り切れるようになってきていたのだ。



 どうせ会いたいと思っても会えない。もう自分の名前すら思い出せないんだから。



 だというのに、思い出してしまうきっかけはいつだって、ゼイデン陛下のせいで、正確には『カイ』のせいだけど。



 聞こえるはずのない声が聞こえてきそうで、思い出せないはずの家族の顔が思い出されそうで、忘れかけていたノスタルジー、つまり郷愁というものについ思いを寄り付かせてしまう。



 もちろん今の家族は大好きだ。父様だって母様だって、たくさんの兄や姉たちだってみんな愛しているし、きっと私は愛されてる。それでも――。



「ユリシエル」



 ふと名前を呼ばれて顔を上げれば、ゼイデン陛下と目が合った。



「なんですか?」



 と、首をかしげて見せる私に、陛下は穏やかな顔で微笑み。



「やはり抱っこしてやろうか? 姫は小さすぎて周りが良く見えないだろ?」



 とか言いやがった。



「結構ですっ!」



 こっちがちょっとノスタルジックな気持ちになっているときに、このヤロウっ。



 私はまだ成長期だからいいんだよ! これからどんどん大きくなる『予定』なんだからっ! もうっ。たまにシリアスな気持ちでちょっとセンチメンタル的な切ない雰囲気を醸し出していれば、そんな雰囲気をぶち壊すようなことを言うんだからっ。陛下に私の心が読める訳ないんだから仕方ないんだけどさっ!



(もういいや。考えるのはやめとこ)



「そんなことより。陛下は巨人のように背が高くていらっしゃるんですから、高いところから何か見えないのですか?」



 嫌味を返すようにそう言って、にっこりと笑って見せれば、陛下は辺りを見回した後。



「ああ、あの辺りによさそうな物が、見えんか……よし。行くか。こっちだ」



 そう言って私の手を引き歩き出した。



 人の嫌味はスルーだし。しかもうちの姉さままで置いていくのやめてもらえますかねぇ。



 お邪魔虫ここに極まれりって感じだよ、もう。



 そして一国の皇帝が、護衛がそばに居るからってフラフラ歩くんじゃないよまったく。



 んん? ブーメランじゃないかって? いやいや、少なくとも私の知る限りでは『ブーメラン』なんてものはこの国に存在していないのでだいじょうーぶ!



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