第12話
「そう言えば、先ほどモーリス様がおっしゃっていた『坑道』と言うのは、どういったものを採掘されている場所なのですか?」
部屋の空気も和やかになって、ゼイデン陛下もプリンを半分ほど食べお終わったあたりで、私はふと話題の一つに取り上げてみた。
そもそもラベス帝国に有名な鉱石類などがあるとは聞いたことがないので、何を掘っているのかがちょっと気になったのだ。
この世界のエネルギーは基本的に『魔道エネルギー』と言われる、つまるところ前世でいう所の『電気』を使うことが多く、石炭や薪と言ったものは滅多なことでは使われない。なので、石炭の採掘はあまり行われていないはずだから、他にあの国で採掘できるものなど何かあったかな? と。
「そうですね。掘っているのは主に粘土や魔道核の原料である魔流砂、染料の原料である硝石などですかね。残念ながら我が国にはあまり鉱石の豊富な山などがありませんので、原材料の輸出でソーデナブルとも貿易しておりますよ」
そう説明してくれるモーリス様の言葉に、そう言えばそうだったと思いだした。
「そう言えば、うちも鉱山とかはなかったわよね?」
確かめるようにエリエスに顔を向ければ、彼女は「はい」と返事をくれた後。
「我が国はそのほとんどが平たんな草原や森ばかりです。農作物を育てるのには適しておりますが、残念ながら鉱石類や原料などは、主にラベス帝国とサルニエン王国からの輸入で賄っております」
と丁寧に教えてくれる。さすがエリエス、何を聞いても答えられないことはないのではないかと思わせるくらいに、何でも知ってる人だよこの人は。
「持ちつ持たれつ、まさしく文字通りな。大体の国は穀物類や薬類をソーデナブルから輸入しているし、海産物の多くはポートレイドと漁業組合が一手に仕切っている。鉱石はサルニエンが輸出の中心にあり、我が国は多くの魔道製品やら原材料やらを外に出している。まあ、こう考えると、本当にこの大陸はバランスがいい。おまけにこのゴーズ大陸に暮らす人々のほとんどが穏やかな性格なのも幸いしているだろうな」
ゼイデン陛下はプリンを食みつつ、エリエスの言葉に続いてそう言った。
うん。確かにこの大陸に暮らす人々は本当に穏やかな性格をしていると思う。精霊や妖精が多く暮らす土地だからなのか、好戦的な人は少ないように思う。だからと言って、ソーデナブルに限らず兵士や軍がいないわけじゃない。ポートレイド王国はこの大陸に外敵を入れないための大きな海軍を保有しているし、万が一にも敵が大陸に入り込んできても、ラベス帝国が誇る陸兵団と魔工兵団が居て、カイジュラ王国には魔獣兵団やら竜騎士団とかもあったりするし、うちにも魔法師団だって……あれ?
「あの、今さら思ったのですが、このゴーズ大陸って、まるで一つの巨大国家みたいじゃありませんか? 国は違いますけど、海軍が居て陸、空と揃い、魔法と兵器もあって……」
「この大陸はそうやって外海からの侵略に古来より対抗している。外海の大陸と交流がないわけではないが、中には好戦的な輩もいる。どうしても軍備を削るわけにはいかないし、絶対的な武力がいわば抑止力になっているということだ」
ゼイデン陛下の言葉には納得せざるを得ない。
だけど、城の中でぬくぬくと育っていると分からないことはやはり多いなと感じる。
だって――。
「敵が侵入してこない今が、自国や他国の兵士や軍の皆さんのおかげだと思うと、本当に頭が上がりませんね。大きな怪我などをされている方がいないといいのですが」
ゼイデン陛下が過去形で言っていないということは、つまりはそう言うことだ。
私の知らないところで、他国の、あるいは自国の兵士たちがどこかで戦っているのだろうと思う。だから、軍備を常に保って日夜訓練に励み、定期的に遠征に行くのだって、野党や魔獣討伐だけではないだろう。
みんなは戦いの気配を徹底的に私には隠しているのだ。
つまりは、そこまで大きな戦い、戦争が起きているわけではないが、隠せる程度の小競り合いは今でも起こっているということだ。
「知らないという事はやはり恥ですね」
お飾りでも『王女』なのだから、知っていなくてはいけないだろうに。
「ユリシエル殿下……」
そう呼ばれてモーリス様に顔を向けると、彼は優しげな顔で笑っていた。
「殿下、我が国が誇る魔工兵が前線に立つことが多く、現在では大きな怪我をするものはあまり居りません。ですので、お心を痛められませんよう」
一応、フォローのつもりで言ってくれてるんだろうけど、さすがにどっかで誰かが戦ってくれているというのを聞いて、心配しない人はいないだろうと思う。
だけど、気遣って言ってくれてるモーリス様にも、変な気を使わせてしまって申し訳なく思ってしまう。
「大丈夫です。反省はしますが、落ち込んだりはしませんよ。お気遣いありがとうございます」
それにしても、魔工兵が凄すぎるんだけどね。前線に一番に投入されて人的被害を押さえてるって、そうとう丈夫で何日もフル稼働するってことじゃないか。
魔獣討伐の時に見た竜騎士団とその飛竜たちもめっちゃ怖かったけど。ラベス帝国の魔工兵って機械みたいなものだから、さらになんか怖いっ。
普段なら勉強の時間でもなかなか教えられないような軍事的な話を聞きながら、穏やかに午後の時間が過ぎて行った。
「そう言えば、ユリシエル殿下はまだ14歳だったか。同じくらいの年頃の姫と言えばもっとポンヤリしているものだと思ったが、殿下は随分と賢いじゃないか。愛らしい見目と相まって、なんとも人好きする方だな。あれは中々いい」
ユリシエルと侍女が部屋から退室した後、モーリスがそう言って眼鏡の縁を人差し指で持ち上げた。
「お前が言うと何か企んでいるようにしか見えんな」
嫌味半分でそう言ってやれば、モーリスは私を見下ろしてにやりと口の端を持ち上げる。だから、その顔を止めろと言うに。
「当たり前だ。皇帝の補佐と言うのは楽な仕事ではないんだぞ」
「そりゃ苦労をかけるな。まったく、腹の中が真っ黒なお前を女が放っておかないことに俺は腑に落ちないものを感じるぞ」
知らないというのはいっそ幸せなことなのかもしれない。とため息をつく私に、モーリスはフッと口角を上げてニヒルに笑う。
「俺の見目だけはお前に引けを取らないと自負している。後は相手のいいようにしてやれば落ちない女性は少ない。俺の欲しい結果を得られるなら使えるものは何でも使うさ。そういう意味では、ユリシエル殿下は俺に興味がなさそうなのが最高じゃないか。ああ、俺好みに育ててみたいとさえ思う」
「お前が言うと変態っぽいぞ」
それでなくても気難しそうなインテリ風に見えるんだ。何か企んでいそうな雰囲気まで醸し出したら、ただの悪役にしか見えん。
「誰が変態だ。蟻地獄男め。育てると言っても厭らしい意味ではないぞ」
「罠を仕掛けている記憶はない。もし厭らしい意味ならお前を『変態紳士』とでも呼んでやろうか?」
「前半部分はいらんだろうが。だがわざわざ女性を落とすような苦労はしたくないな。俺はどちらかと言えば女性に転がされたい」
「はいはい。お前を転がせるくらい頭がいいか奔放な女性限定でな」
呆れるようにそう言ってやれば、モーリスは「分かってるじゃないか」と言わんばかりに満足そうな笑みを顔に浮かべた。
ある意味、モーリスに好かれる女性は苦労が絶えないだろうと、まだ見ぬこの男の伴侶に同情してしまう。
「だがユリシエル殿下は人の毒気を抜くのがうまい人だな。俺もあの雰囲気にすっかりやられた。したたかなところもあるかもしれん」
モーリスはそう言ってなぜか嬉しそうにくすくすと笑う。こいつ。
「お前にしては珍しく愛想がいいと思えば、もうこの城の姫たち全員に会ったのか」
「当然だ。昨日の内にあいさつを兼ねて会ってきた」
「じゃあ私が『誰を選ぶ』かも、とっくに察してるというわけだな。本当にお前って性格が厭らしんだよ」
誉め言葉では決してないが、私の言葉にモーリスは満足そうに両目を細めて怪しく微笑んで見せる。
「お前の求めるものが分からなくて補佐などできるかよ」
あーはいはい。そりゃ大変ありがたいことだ。ユリシエルがこいつの本性を知ったらさぞ驚く……あんまり変わらんかもしれんな。
「さて、では俺は情報収集に行ってくる」
そう言うとモーリスは上着のポケットから時計を取り出し時間を確認した後、部屋の扉まで足を進める。
「ここは敵地じゃないはずだが?」
「何を言ってるんだ。目的を達成するにはまず情報収集が必須だろうが。お前の顔で簡単に落とせる相手でもあるまい」
モーリスにそう言われてしまうと、確かにと納得してしまえて反論できなかった。そんな俺にやはり満足したのか、モーリスは足取りも軽く部屋をさっさと出て行ってしまう。
「実は本人も楽しいんじゃないか?」
次の日、いつものようにゼイデン陛下を部屋に迎えたら、モーリス様も一緒にくっついてきた。
予定にはないが、エリエスに目配せをすれば彼女は無言で軽く頭を下げて見せると、しばらくして3人分の朝食を持って現れた。流石である。
今日も晴天に恵まれ、心地よい朝日を浴びつつ、3人で魔光虫の話をしながら朝食をいただく。
「それにしても、人間が居るというのに本当に魔光虫たちはこの庭から出ていく様子がありませんね」
モーリス様は気ままに飛び回り、椅子の背もたれや時折、人の頭など好きなところで羽を休める蝶の姿に不思議そうな顔をしていた。うん、気持ちは分かる。私だって不思議に思ってるんだし。
「多分ですが、冬場でも餌が食べられる上に、外敵がほとんど居ないからではないでしょうか?」
私には、それくらいの理由しか思い浮かばない。
「殿下は虫がお好きなのですか?」
なんて、モーリス様に聞かれて私は苦笑いを返す。
「特別好きと言うわけではないのですが、初めて魔光虫の事を先生から教えていただいた時に、光る虫と言うものがどうしても見たくなりまして、町はずれの森でよく見かけられると聞きましたので、見に行こうと……」
「まさか、お一人で?」
なんて、少し驚いた様子のモーリス様の視線から逃げるように顔をそらしつつ。
「城門で兵士に見つかり、止められまして」
「でしょうね」
「それで、魔光虫の幼虫を魔法士たちが私のところに持ってきてくれたので育てています」
本当はあのとき、一人で出かけたいという好奇心で「どうしても見たい!」とわがままを言って困らせた上に、勢いで「どうしてもダメなら持ってきて!」と言ってしまったのだ。
いやー、まさか本当に持ってきてくれるとは思わなかったんですけどねっ! はっはっはっ。
「青虫は平気だったのですか?」
「それは私も聞いたが、育てていれば可愛く見えるそうだ」
私の代わりにゼイデン陛下が言った回答に、モーリス様は普通に笑顔を浮かべて。
「殿下は愛情深く責任感のお強い方なのですね」
と普通に褒められてしまった。
(うぅ、なんか居た堪れないっ)
「ですが、魔光虫は確かに美しい。魔光虫をモチーフにしたアクセサリーなども色々と売られているほどです。殿下も美しいものはお好きなのですね」
微笑ましそうにモーリス様はそう言うが、綺麗なものは好きだけど、なんというか。
「宝石やドレスとか、繊細な織物や刺しゅうとか、そういう物も、もちろん嫌いではないですよ」
ふと顔を上げて、薄っすらと発光しながら青い空を泳ぐように舞う蝶を見つめる。人が決して作り出せないこの美しさは、生命の持つ奇跡のような気がするのだ。
「でも――あれには、人は決してたどり着けない。なんて、思うこともあります」
まあ、人はそれぞれ美しいと感じるものは違うし、これはあくまで私の感想だけど。
懐いてくれない蝶が自由に飛んでいる姿に満足感のようなものを覚えつつ、顔をまた食事へ戻そうと前を向くと、なぜかきょとんとした顔のモーリス様とゼイデン陛下の顔が私をじっと見ていた。
その表情はどこか驚いているようにも見えて、こちらが逆に首をかしげてしまう。
「あの、どうなされたのですか?」
と、問えば。二人はすっと顔をそらし、モーリス様なんかは、自分の胸を掴むように手を添えて。
「いえ、あまりにも自身の『黒さ』に驚いてしまいまして。殿下はお気になさらずに」
そう答えた。ああ、うん。自分の黒さって、お腹の中のことかな?
「私はいつから、こんな大人になってしまったのか……」
ゼイデン陛下までもが、なぜか遠くを見つめて黄昏ていた。
何だろうかこの人たちは、と困惑する私に。モーリス様は私に顔を向けたと思えば、それは切なげに眉を下げ。
「ああ、殿下。それでも私はこのようにしか成れない男。どうか、この憐れな私を許してください」
そう言って、うるんだ瞳に私を映す。
「あ、はい。何となく何か企んでいるのかな? くらいは理解しました。気にしないので大丈夫です」
わかりやすすぎるだろう。その態度は。ツッコミ待ちだったよね? 今のは絶対。
私の返事に気をよくしたのか、モーリス様はぱっと笑顔を浮かべたと思えば、すっと席を立ちあがった。よく見れば、とっくにご飯は食べ終わっている。って早っ!?
「ユリシエル殿下からも許可をいただきましたので、私は先に失礼させていただきます。陛下、そして殿下も、どうぞごゆっくり朝食をお召し上がりください」
モーリス様はそう言って深々と頭を下げると、エリエスに一言、二言なにかを伝えて、言葉通りに私の部屋から出て行った。
「え。ええぇ? 陛下?」
「いや、すまんな。あいつのあんな楽しそうな姿は私も久しく見ていないものでな。姫と同じく困惑してる」
「ええぇ?」
ま、まあ。楽しいのはいいんだけどさ。なんか思いっきり何か企ててます感を臭わせて居なくなるのは止めてほしいんだけど。
「ちなみに何を企んでおいでなんです?」
と、陛下に顔を向ければ。
「ん? さぁな」
そう言って口元に笑みを浮かべて朝食の続きを再開した。
(結託していると見た)
だけど、これ以上聞いたところで、きっとこの人は教えてはくれないだろうと、私は早々に諦めてご飯の続きを食べることにした。それにしても、モーリス様のあの早食いって、どうやって身に着けたんだろうか?
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