第11話
お礼は大事。と言うか、ゼイデン陛下が帰った後は、正式な婚約発表と結婚式以外であの人に会う気が全くない私としては、ここに居る間にお礼を済ませるしかない。ということでお茶会から三日後、私は厨房に来てシェフたちとあーでもないこーでもないとお菓子作りをしている。
お菓子を作っているのは主に私ではないが。ペティナイフでも触ろうものなら、シェフたちが発狂しかねない。
「飴色になってきたねぇ」
「もう少しですね……というか、ユリシエル様、危ないのであまり鍋の側には近づかれませんよう。どうか」
「ちょっとのぞいてるだけじゃない。鍋に手を突っ込んだりしないわよ」
「ああぁ。本当に気を付けてください。本当にっ」
分かってるわよ。口うるさいシェフ3号め。
監視役が目を光らせて扉横に控えてるんだから、絶対に何にもできないわよ。
「それにしても、ユリシエル様がお茶会のおりにお持ちくださったあの『水菓子』は大変においしゅうございましたね。特にあの『餡』がなんとも上品な甘さで、原材料の豆が手に入れば、この国でもさぞ流行ることでしょうに。なぁ?」
流れるように果物を切っているシェフ1号が、そう話しながらシェフ2号に顔を向けた。
「確かに、作り方もいたってシンプルのようだし、外交担当のヤツに話してみるか? ユリシエル様もお気に召していらっしゃるご様子だし、嫌とは言わんだろう」
「いやいや、私基準っておかしくない?」
なんで私が気に入ったらOKもらえると思ってるんだろうかこの人らは。
「この城の者でユリシエル様を甘やかさない者は居ないですよ」
と、笑顔でシェフ1号が切り分けたスーリカの実を小さなガラスボールに入れて、私に手渡してきた。いや、今は私の頼んだお菓子を作ってたんじゃないのっ。なんでナチュラルに私に寄こしたのよっ。
もらうけどっ。
ちなみに、スーリカはメロンのような果物だ。
「末っ子ってお得?」
フォークでスーリカを刺して口に入れると、独特の甘みと爽やかさが口の中いっぱいに広がる。
「ははっ。末っ子っていう所もあるとは思いますが、ユリシエル様だからじゃないですかね」
出来上がったカラメルソースを別の容器に移し替えながら、3号がそう言ってクスリと笑う。
「ああ、わかる! お姫様だけど、お姫様らしくないところとかっ」
と1号。
「おっちょこちょいでぶっ飛んでるところとか?」
と2号。
「お転婆で目がはなせないですからねぇ」
と3号が締めくくる。
「この三つ子すっごい失礼なんだけどっ!?」
同じ顔でにこやかに笑うなっ。このおっさんどもめっ!
「ああ、大変残念でございますが、フォローできかねます姫様」
エリエスの最後の言葉にオチが付いてしまった。
そこはフォローしてあげてよエリエス~。
「ビターなプリンアラモード! 完成!」
カラメルプリンにほろ苦いカラメルソースをかけた、ちょっと大人なプリンを様々なフルーツとミルクの香る甘さ控えめなホイップクリームでデコレーションした私の好きなお菓子の一つだ。
季節のフルーツを使うから、季節ごとに違う味わいを楽しめるお薦めの一品である。フルーツタルトとも迷ったけど、焼き菓子は基本的によく出てくる定番だし、今回はこのプリンにさせてもらった。
「これをゼイデン陛下にお礼として渡せば完了ね」
「では、こちらは私がお運びいたします」
そう言うと、エリエスは銀のプレートにそこそこ重みのあるプリンの入ったガラスの器を乗せる。
「ありがとうエリエス。シェフたちもありがとう」
そうお礼を言えば、3人は息ピッタリに胸に手を添えて、恭しく頭を下げて見せた。
「勿体なきお言葉でございます。ご入用の際はいつでもお申し付けください」
と1号が3人を代表して言うと、頭をあげて軽く私にウインクを飛ばした。
そんなお茶目なシェフたちが、私はやはり好きで憎めない。
慣れた廊下を歩きながら、通り過ぎる侍女たちや兵士たちとあいさつを交わし、ゼイデン陛下が現在使用している客室の前まで来ると、陛下が使用している部屋の隣にあるもう一つの客室から、黒髪短髪で、眼鏡をかけた背の高いこれまたイケメンが登場し、私たちは顔を合わせた。
「これはユリシエル殿下」
男性は私に気が付くと、その長い脚でさっと私の前まで来て私の手を取り、私の手の甲に軽く口付ける。
どうにもこの挨拶はいまだにむずがゆくなるが、仕方ない。
「こんにちは、モーリス様」
私が笑顔でそう返せば、眼鏡のイケメンは姿勢を正し、優し気に微笑んで見せた。
この人はゼイデン陛下の側近で、皇帝の補佐官をしている。この間のお茶会の時にやっとこっちに来られるようになったらしい。本当ならゼイデン陛下と一緒に来たかったが、片付けないといけない仕事がわりと残っていて、合流が遅れたそうだ。ご苦労なことだよ。本当。
「もしや、殿下は陛下に何か御用でございましたか?」
と聞かれて、私は素直に頷いた。
「はい、お茶会の際にゼイデン陛下から水菓子をいただき、お礼をと思いまして」
「ああ、あの菓子ですか。お気に召していただけましたでしょうか?」
「はい。大変美味しかったです」
私が笑顔でそう返せば、モーリス様も嬉しそうに破顔した。
「それはよかったっ。こちらではあまり見かけない食材でしたので、いきなり殿下に差し上げるのはどうかと心配していた次第でして、私の杞憂で本当に安心しました」
きっと随分と気をもんだのかもしれないなぁ。と、モーリス様の嬉しそうな顔からはうかがえる。
「ああ、私としたことが、私が殿下の足止めをしてはいけませんね。陛下はお部屋にいらっしゃるはずですので、少々お待ちを」
そう言うと、モーリス様は陛下の居る部屋の扉をノックする前に。
「入るぞ」
といって扉を開けた。
すっごいフレンドリーっ⁉ ビックリしたっ。
「ちょっと待てっ!?」
と言う陛下の声は、すでに扉を開けられてしまった後では全くの無意味だ。
うん。色々と突っ込みたいことはあるのだが。
私とエリエス、そしてモーリス様は、目の前に広がる光景に固まってしまっていた。どんな光景かって?
目のやり場に困るほど乱れた服の侍女が、上半身裸の陛下の上に乗って迫っているという光景だ。
ちなみに、まだ(・・)事には及んでいない模様。
(すっごい既視感)
だが、その場で誰よりも早く動いたのはモーリス様とエリエスで、二人はほぼ同時に動いたかと思うと。
「ユリシエル様、少々この場でお待ちください」
とエリエスが言い。
「すぐにこの場を片付けてまいりますので、しばらくご辛抱ください殿下」
と、続けてモーリス様がそう言って二人はものすごい速さで、エリエスは侍女の襟首をひっつかみ風のように部屋から退室し、モーリス様はこの部屋にあるもう一つの部屋に、陛下のズボンを引っ張って消える。
そして――。
「この大戯け者がっ!!」
と言う、巨大な雷がとなりの部屋に落っこちたのだった。
エリエスのお茶はいつも通り美味しい。のだが……明らかに不機嫌全開のエリエスとモーリス様の笑顔が怖い。
「ユリシエル殿下には、大変お見苦しいものをお見せしてしまったことを深くお詫び申し上げます」
と言って、モーリス様が深々と頭を下げる。
「いえ、大人の事情はわかりかねますので」
本当に帰れば? と、言わないだけマシと思ってもらいたい。お盛んなのはいいが、人様の家ではさすがに我慢しろよ、色々と。
呆れてものも言えないというか、特に何か言いたいことっていうのもないから、私はお茶をいただいて、お礼のプリンを置いたらさっさとこの部屋から出たい。
エリエスとモーリス様の笑顔が本気で笑ってないんで。空気が重くてなんかもう嫌。
「あれは俺が襲われてたんだ。俺が誘ったわけじゃない。そもそもそこまでたまって――」
ゼイデン陛下はそう言いかけて。
「うら若き乙女の前でそれ以上口汚い言葉を吐こうものなら坑道の最下層に叩き込んでやる」
地を這うほどの低い声でぼそりとつぶやいたモーリス様の言葉に、慌てて口を引き結んでいた。
よっぽどモーリス様が怖いのか、それとも坑道の最下層と言うのが怖いのか、何はともあれ憐れである。
「ゴホンっ! あー。で、今日はどういった用向きだったのだ。姫」
取り繕うように笑顔を張り付け、ゼイデン陛下が私に顔を向ける。
なんか気の毒になってきた。
「先日頂いた水菓子のお礼をと思いまして。エリエス」
エリエスに声をかければ、エリエスは銀のトレイからプリンの入った器を取り陛下の前に置いた。
「随分と豪華だな」
そう言って笑う陛下に、私も笑って見せる。
「この時期に我が国で取れるフルーツをたくさんに使ってもらいました。盛り付けは私も手伝いましたよ」
「それは嬉しいな」
そう言うと、今度は柔らかく陛下は微笑み、ひとすくいプリンを口に含む。
「思ったより甘くないな。これならいくらでも食べられそうだ。とてもうまい。ありがとう姫」
素直にお礼を言われるのはやっぱり嬉しいもので、私も素直に気持ちのまま笑顔で陛下に返す。
本当なら、陛下へのお礼を考えたとき何か品物がいいかとも思ったのだが、好みを知らないというのもあるし、もらったのも食べ物なのだし、同じように食べ物のお返しが一番いいかと思ってこれにした。
水まんじゅうをいただいた時、おいしいと言って進めてくれたから、きっと甘いものは嫌いじゃないだろうと思って。
「それにしても、モーリス様とゼイデン陛下はとても仲がよろしいのですね。少し驚いてしまいました」
この場で無言のままと言うわけにもいかず、むしろ部屋の空気が重いので、ちょっとでも軽くしようと思い、先ほどの二人のやり取りについて素直な感想を伝えてみた。
すると、最初に口を開いたのはモーリス様だった。
「お恥ずかしいところを。私もつい、いつもの調子で陛下の部屋に入ってしまいました。驚かせてしまい申し訳ありません」
と、モーリス様は本当に申し訳なさそうに眉をハの字に下げて見せるものだから、私の方が少し慌ててしまう。
「いえ、驚いたと言いましても、まるで家族のような近さを感じましたので、なんだか私には好ましく思いましたよ。正式な場ではないのですから、普段通りにお過ごし頂ければ嬉しいです」
ゼイデン陛下って誰にでも王様然としてる感じの人なのかと思っていたから、ちょっと面白かったし。
「殿下にそう言っていただけて安心いたしました」
そう言ってモーリス様は優しく微笑む。
「そもそもこいつは遠縁の従兄なのだ。子供の時から何かと口うるさく私の世話を焼いてくる。父上の跡を継いで少しは静かになるかと思いきや、余計に口うるさくなった」
なんて、ゼイデン陛下は面白くなさそうな顔で口の中に赤いフルーツを突っ込んだ。
「誰のせいだ。叔父上様の跡を継いで少しは大人しくなるかと思いきや、不名誉なあだ名までこさえやがって」
「私は一度として噂通りのことなどしてないぞ」
「噂をされるほどには緩んでいると言ってる」
「っ……ちっ」
と、ゼイデン陛下はバツ悪そうに小さく舌打ちをした。言い返せなかったらしい。なるほど、どうやらモーリス様の勝ちのようだ。
「本当に仲がよろしいのですね。でも、なんだかモーリス様はエリエスみたいです」
私がそう言って笑えば、扉横に控えていたエリエスが少し慌てたように。
「姫様。それは失礼でございますよ」
と小さな声で言ってくる。
「そう? だって、私もいつもあなたに怒られてばかりだもの。いつもありがとう、エリエス」
私にとってのエリエスは、私の無茶や無鉄砲を叱ってくれるもう一人の姉のようなものだ。モーリス様もたぶんそういう意味でのエリエスポジションに見える。
私がエリエスにお礼を言って笑って見せれば、エリエスは頬を赤らめて下を向いてしまうが。
「勿体ないお言葉です」
とぼそりと言った言葉を私は聞き逃さなかった。
「姫も怒られる側か。それはいいっ」
なんて、ゼイデン陛下もおかしそうに笑うが。
「叱ってくれる誰かがそばに居てくれるのは、本当に幸福なことですもの。ですよね? ゼイデン陛下」
私がそう言って首をかしげて見せれば、ゼイデン陛下は「あー」とか「んー」とか言いながら、どこか居心地悪そうに。
「まあ、そうかもな」
と、モーリス様から少しだけ視線を外しながらそう同意してくれた。
「ほう? それなら普段から感謝してくれてもいいんですよ? 皇帝陛下」
意地悪そうな笑みを見せつつ、モーリス様は眼鏡をキラリンと光らせる。
「お前は少しユリシエルのような純粋さを分けてもらえっ」
うん。ゼイデン陛下のイメージ通り私が純粋かは置いておくとして、エリエスの顔もだいぶ柔らかくなったし、モーリス様の顔の表情も少し緩んだようで一安心だ。
いや本当に、さっきまでの部屋の空気は重かったわぁ。
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