第3話
考えないように。見ないようにと努めたが……。
私は自分の部屋に入るなり、そのままベッドへうつ伏せにダイブした。
そのとたんに私の全身が震えて、私はしっかりと両腕で強く自分の体を抱きしめる。これは、寒さでも恐怖でもない――怒りだ。
挨拶で交わした声が本当によく似ていた。そして顔を見て愕然とした。だから考えないようにしていたのに。
「っ自分のバカ……」
一度意識してしまうと、私の中にある怒りが脹らみ破裂してしまいそうなほどに煮えたぎる感覚がする。
よくなかったのは前世での私の死に方だ。怒りとか悲しみとかを多大に含んで死んだものだから、今でも結局、当時のことが鮮明に思い出されて、ユリシエルになってからの14年分のおかげで、我慢できているにすぎないのだ。
いやぁ、それにしても。こんな私の一方的な怒りの感情はゼイデン陛下にとって迷惑極まりない感情としか言えない。あの人に私が傷つけられたわけではないと言うのに、あの顔を見ると……。
「どうにも胸糞が悪い」
死ぬ前に大喧嘩した恋人。カイと言う名前だけは憶えているが、どういう字を書くとかはもう覚えていない。その代わり、奴との思い出だけは腐るほど残っているのだ。そこ一番忘れたかったところだから、本当にもう。
カイはイケメンだった。本当に文句なし。優しいし勉強もできるやつだった。
私がカイに一目ぼれをして、玉砕覚悟で告白したらなんと即OKで、付き合うことになったのだ。今でも信じられないくらい、あの時は浮かれまくったものだ。
ところが付き合って分かったのが、あいつの女癖の悪さと性格の悪さだ。そりゃ優しいのは当たり前だ、女性限定で。優しく口説き落とせば女性をものにできると思ってやがった。そもそもその手法で引っ掛けられた多くの人と自分もいるので、実際、入れ食い状態だったんだろう。
だけど、女にモテるやつってのは本当に抜け目がなくて、付き合っている間中、クリスマスや私の誕生日と言ったイベント事を忘れたことはなくて、私が少しでも困っていると何かを察知してすぐに助けに来てくれるし、勉強も教えてくれたし、色々なところにも遊びに連れて行ってくれた。彼と一緒に居て飽きることはなかったのだ。だから、彼が浮気をしても許してしまった。そう最初の一回は、その一回だけは許してあげようと……。だがそれが始まりだ。
一回許すと、あいつは何度も何度も他の女性と浮気を繰り返した。
『お前が一番に決まってるだろ?』
私にバレるたびにそう言って嘘をつき、私は馬鹿みたいにそれを信じて許してしまうのだ。
正直に言えば、私も彼に捨てられるのが怖くて、一度として本気で声を荒げたことはなかった。今思えばそれが良くなかったし、最初の浮気でさっさと切り捨ててしまえばよかったのだ。
でも、出来なかった。あの時までは、私は彼をちゃんと好きだと思い込もうとしてたから。
だけどあの日、カイの浮気が10回目を超えたときのことだ。
大学から帰ろうとしていた私は、急なゲリラ豪雨で帰れなくなってしまった。濡れて帰るのは嫌だったのだ。だから、雨が小降りになるまで待とうと思っていた。そんな時、カイからメールが来た。
『雨がひどいから、まだ大学に居るなら送る。部室まで来て』
という内容で、相変わらずどっかで見てんのかよ。と言うくらい丁度良いタイミングだったので、私は『すぐに行く』と返信してすぐに彼が居るだろう部屋まで向かった。
ところが、部屋の前に着いたら、聞こえてくるじゃないですか。男女があれやこれやと乳繰り合ってるそんな声とかなんとか色々、これ以上は言わせんな。
さすがにまさか人を呼び出しておいて、こんな暴挙に出るとは思わないじゃない? もしかして先客なのだろうかと気まずくなりかけて―ー。
女の声が「もう来るんじゃない」みたいなことを言ってたと思うが、それに答えた聞き覚えのある声が。
『終わるまで待ってるだろ』と言いやがった。誰が待つと思ってやがる。
そう思った瞬間、私の脳内で太い何かがブチリと切れる音を聞いた。そしてその音を聞き終わると同時に、私は扉を開けて中に入っていた。
見たくもないあられもない姿の男女が視界に飛び込み、驚いた二人の顔に一気に沸騰した頭が私の冷静な部分を根こそぎ蒸発させて、大きく息を吸い込むと私は溜まったうっ憤を晴らすがごとく、カイに様々なことを吐き出した。
たぶんろくでなしとか、浮気者とか、種馬野郎とか、クズとか、もっと酷いこととか、まあなんか色々。
そして奴はこう答えたのだ。
『そもそもお前ってつまんねぇんだよ。なんでもハイハイ言うこと聞くし、怒らねぇし、自分のことしか考えてねえじゃん。お前だって俺と同じだろ? 恋人が欲しかっただけのくせに』
と、この言葉は嫌でも忘れない。
何が悔しかったって、結局、私は彼に好かれようと努力したつもりで出来ていなかったこととか、つまらないなら別れればよかっただけだろうがとか、そんなことよりも、結局カイ自身が、恋人がいるという状況を楽しむためだけに、私を利用していただけなのだと分かってしまったことだ。
そうでもなきゃ、ブランド品、つまり物と同じようには表現しないだろう。
だから、何度も浮気を繰り返したのだ。恋人が居なければ浮気もできないのだから。そして、つまらなくても面倒くさい女よりも、何も言わない私の方が楽だっただけだ。こいつが私に求めていたのは、マスコットとしてただ隣でニコニコしてるだけのお人形ちゃんだ。
なんなんだこのクズ野郎は。何が怒らないだ。人の気も知らないくせに。
何を聞いても真面目に答えたこともないくせに。
そして、全部私のせいにして逃げようとしてるだけじゃないか。
私の思いは侮辱され、彼への憎しみだけが私の心を支配した。だから私は力の限りこぶしを握り締めると、カイの顔面を力いっぱいで殴りつけて、部屋を飛び出し、大学を出てわんわんと泣きながら、終わりを迎えた。
「濃厚な最期だったね。私」
ちょっと落ち着こう私。あの怒りや憎しみも悲しみももう2度と会うことのないあの野郎にぶつけられたのだ。
やつとは金輪際会うことはない。だって私は生まれ変わって異世界にいるんだから、会うわけがない。
そりゃ世界には自分に似た人間が3人は居ると言う話だし、異世界に居ても似たような顔の人間くらいいるんだろう。そんなのをいちいち気にしていたらせっかくの人生が台無しだ。
私には明るい未来が待っているっ。
「よしっ! 明日からも頑張るぞー!」
いつかこの怒りも憎しみも消えてなくなる。きっと無くなってくれるはず。だから、忘れて、今生を精一杯楽しもう。
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