第43話

 2泊3日の剣道合宿を終え、近くの駅まで美樹をはじめ交流した関東の剣道部たちに見送られるシバたち一行。


「この度は、はるばる田舎から来ました我ら剣道部と稽古をお付き合いしていただきありがとうございました。次に剣を交える時は全国大会で。みなさんどうか怪我病気無いよう、互いにこれからも頑張っていきましょう!」


 宮野は大勢の前で正々堂々と立派な挨拶をし、大したもんだとシバと湊音は感心した。

 彼は意中の生徒と連絡先を交換し、また会うことを誓ったいわゆる成功者でもあった。

 彼の目は輝き、明らかに成長していた。他の部員はというと実の所宮野以外は恋は実らずだったがそれをバネに稽古に励み一年の藤井に至っては一度相手の主将を倒した。

 経験者である部員たちはそれをみてさらに奮起した。


「大島先生の関しては本当に残念だったがここでへこたれたら天国に逝った彼も悲しむ。今後もいかなる困難が待ち受けていることがある……怪我、事故、病気……」

「おいおいそんな縁起でも無いことを」

 シバがそういうと周りもざわつく。


「……失恋」

 そう美樹が言うと静まり返る。生徒たちもだがこれは美樹がシバに失恋したことを意味していたのはきっと他のものはわからないだろう。シバは美樹の目線から気づいた。


「失恋、は冗談として……冗談にならない場合もあるかもしれないが試合において精神がブレないよう、日頃から平常心で……いれば大丈夫だ」

 美樹の目には涙が溜まっていた。


 シバも刑事時代のあの事故がなかったら刑事を続けていたかもしれないし美樹との関係も何か変化があったかもしれない。

 しかしシバが刑事を辞める決意をし、このような運命を辿って来てまた偶然にも再会したのだ。


「この三日間のことは忘れない。私は……まずは全国大会、そして……来年もここでまた合宿をしよう」


 美樹がは両手で顔を覆うが拭ってすぐ目を真っ赤にして顔を上げた。


「ああ、約束だ。次もここで……」


 そしてそれと同時に多くの生徒たちが涙した。シバは横をふと見ると湊音もいつのまにか泣きじゃくっている。


「おいおい……お前何泣いてんだよ……あれ、なんか目が霞んできたな……目が沁みる……汗か?」





 新幹線に乗り、部員たちは緊張から解き放たれ爆睡してしまったようだ。

 シバはもちろん寝たく無い。横で湊音は涙を拭いていた。


「ほんとよかった」

 湊音がそうやってつぶやく。

「ああ、良かった。いい合宿になったよ。ほれ、ティッシュ。この袋に入れろ」


 ありがとう、と湊音は受け取り、さっきまで使っていたティッシュを袋に入れた。


「……合宿もだけどさ、シバがこの剣道部に来てくれて本当によかった……」

 湊音が微笑むとシバは嬉しかった。この気持ちは何なのだろうか。


「俺もこの剣道部に来て、お前と会えたことが本当に良かったと思うよ」


 と、そう返してみると湊音は笑った。


「何で笑うんだよ……ここは惚れたとかさ、まぁ後ろに部員がいるから小声で良いけどさ。それくらい言えよ……まぁお前らしいけど」

 すると湊音が膝掛けをシバと自分に掛けた。シバはこんな時にそんなことをするのかよ、と苦笑いしつつ左手を入れる。すると湊音右手に当たった。そしてぎゅっと握られる。


「えっちなこと考えてたでしょ」

 図星だったがシバは握り返した。

「バカか……そんなに握ったらできたマメが痛い」

「僕もだよ。シバも一生懸命やってたもん……」

「まぁな。俺よりも若い奴らが必死にやってたら力になってやりたくなってな」


 最初高校生に剣道を教える、それを聞いただけで嫌気がさしていたはずのシバだが部員たちの熱意に気持ちが燃え上がったのだ。


 気づけば柔らかく握る湊音の右手。湊音もマメが手にできてる。


「お前も大島先生が死んでから一人で全てを背負ってたんだな。辛かったろ」

「……うん」

「もう大丈夫だ。部員たちもお前のことを信頼している」

「シバの方が信頼されてるよ、ガサツだけど」

「……一言多い」

 シバがそう笑うと湊音がシバの方に頭を置き目を瞑っていた。温かい……湊音の体温。


 今までいろんな女性と身体をかわし体温を感じてきた。

 もちろんみんな暖かかったがこの温もりが一番気持ちがいい。


 シバは思い出す。赤ん坊の頃、母親に抱かれている記憶はまったくなかった。なぜなら本当に母がシバを抱いて育てることは無かったと聞いたからだ。


 里親と出会った頃にはもう物心もあり年頃でもあったため抱きつくのは自分からできなかったが、初めて会った時に抱きしめられた時がとても温かい……と感じたのだ。


 その時と同じ安心感。そういえば里親の家に着いた夜はぐっすり眠りにつけた、悪夢を見なかった……そんな記憶があった。まさしくそれと同じだ、シバは目を閉じた。

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