第1話

 するとメールが来た。妻のまさ子からだ。


『慰謝料、養育費の請求通知は見たかしら? はやくお返事お待ちしておりますー三度目の計画ですよ♪』


 シバは絶望する。先日届いていたとある弁護士からの分厚い封筒をみたら妻まさ子による慰謝料養育費の金額提示。


 今のままでは払い続けるのは難しい。かと言って今から瀧本にもう一度詫びに詫びて……をして今に至るのであったことをシバは思い返す。


 きっと先ほどのこともすぐ瀧本に伝わっているだろう。戻ったとしても信頼を取り戻せるのだろうか。

「落ち着け、落ち着け。俺らしくないぞ……」

 普段はテンパらないシバ。らしくない。


「素直に謝るしかないだろうか。こういう時は……」


 

 全てを一気に失う、シバは目に見えてきたのだ。


 一か八か。


「らしくないぞ……しっかりせぇ、冬月シバっ」

 深呼吸をして頬を叩いた。すると着信が入った。シバはいろんな女の子に手当たり次第メールをしていたうちの一人からの着信に望みをかけた。


「もしもし、今どこにいる? 夜は空いてる? いや、その、てか……まじやばいからさ。今日ダメでも明日から少し泊めてもらえない? ダメ?」


 相手はシバが昔合コンで会った女性である。よく会ってた頃もよく従順で尽くしてくれた方だったなぁと思い返してやはり連絡くれるだろうと思っていたら当たった。


 しかし今回は雲行きが怪しい。泊まらないのであればセックスだけでもしたい。変な欲望が湧き出る。人はピンチな時にそうなるのか。シバだけだあろう。


「なら今からどう、数分だよ? 今さー駅まで来たんだけど……近くの。お前もここ最寄り駅だろ? 来れる?」

 まだ体力は有り余っているシバ。もう絶望しかないのだがその彼女に全てをぶちまけて発散したいようである。


『何言ってんの? 無職の男には用はないわ』


 彼女からも断られてしまった。シバは駅前でガッカリしてスマホを切った。


「くそっ」

 と吐き捨てたその時だった。


「きゃー!」

 駅前の人通りの多い中、女性の叫び声が。それに伴って何人かざわつき、その中を走っていく大柄の男。

 騒然としていきなりの出来事に誰も追うことはしない。


「何やってんだ……ヤロウ!」

 シバは真っ先に大柄の男を追う。


「待て! 待てーっ!」

 追う先に高校生もいる。そのうち数人くらい体格のいい生徒がいた。


「お前ら! その男、ひったくりだ!」

 一人がその声に気づいて他のサイトたちも追いかける。

 だが体力のない生徒たちは追いつかない。シバと一人の生徒だけが走り続けた。

「くそ! 逃げ足早すぎんだよぉおおおおおおっ!!!」


 と最後にシバがジャンプして犯人に体当たりし、生徒をはじめ周りの男たちが犯人を押さえた。


「ふいませぇええええええん、んんん!!!」

「……現行犯逮捕!!! いてぇ……」

 つい元刑事の癖が出てしまったが、犯人の男はシバの下で呟く。


「……覆面警察か?」

「元、警察官だ。観念しろ……お前は?」

「元、陸上部です」

「真似すんな。通りで足が速い。手際の良さからして常習犯……あ、本当の警察官きたぞ」


 パトカーの音、そして駅前の駐在も駆けつけた。


「……多分この管轄だと鬼軍曹の深田さんかなー。余罪も早めに吐いたほうがいいぞ。たっぷり可愛がってもらいな」

「鬼、軍曹うううう」

 犯人は地面に項垂れた。


 シバは駆けつけた刑事たちに犯人を受け渡すと周りの人に頭を下げて感謝する。


 そして生徒の元へ。右手を押さえてる。どうやら途中で負傷したようだ。

「わりぃな、巻き込んじまって。持久力がほかのやつよりすごい……怪我はなかったか? 右手抑えてるが利き手か?」

 彼は首を横に振る。

「……大丈夫です、僕は。それよりもおじさん、足首捻ってたよね?」

「なぁに、これくらい。いてぇ。てかおじさんじゃねぇぞ!」


 シバは左足を少し捻ったようだ。だがそれくらいどうした、とシバはグッと指を立てて笑うと周りの人たちから拍手される。その生徒だけシバをじっと見ていた。そして去る。その表情になにか引っかかった。


「……あの制服もだがあの顔も見たことがあるが?」

 思い出そうとしても思い浮かばない。その時に警察官がやってきた。


「あ、あのぉ……あなたのお名前を……」

 シバは首を横に振った。


「いや、名乗るほどではない。他に怪我人はいないか?」

「えっ、そのー……あっ」

 シバは人混みの中を足早やに去った。


 スマホを見るがやはり例の彼女は来ない。ハァ、とため息をつく。

「戻るか……ファミレスに」

 向かった先はまた瀧本の元に。


 まだあの席には瀧本はいた。そしてシバの顔を見るなり大きくため息をついた。

 やれやれと言う感じである。昔からシバを見てきた瀧本はとある切り札を出してきた。


「他の案件に比べればマシだぞ。それにそこには女の保健室の先生もいたし、可愛い生徒もたくさんいたなぁ……」


「……」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。

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