最悪な男

第0話

「お願いだーっ……なんでもするから仕事をくれ!!」


 可愛らしいパフェを頬張る女子高校生の席の横でとある男が土下座している。

 いきなり男の大きな声で先ほどの女子高校生、周りの家族づれや早めのビールを嗜むサラリーマンたちもジロジロコソコソと見ている。


 その土下座している男こそが冬月シバである。


 この男はイケメンで背も高くスタイルも良い、快活で元刑事で高校卒業すぐ入学して主席で警察学校を卒業したという、刑事時代も冴えていてキレのある男でもあったのだが……。


 そんな彼は欠点があった。

「本当になんでもやります! 泊まる場所の当ても無い……とりあえず今日だけでも!!」

「あれ、紫帆ちゃんとやらの女の子の家に居候してたっていうのは……」

 土下座するシバを見下ろしながらハンバーグとエビフライのセットをバクバクと食べる中年男性はシバの元上司の瀧本。


「紫帆ちゃんには追い出されました……仕事のない男はとっとと出てけと……それから二日ほど漫画喫茶に泊まり込んで……隣の常連客のいびきが最悪すぎてもう限界なんだ!」

「それがどした。刑事時代は一ヶ月以上の張り込みやら雑魚部屋に潜入して犯人尾行とかしていたくせに何を言う」


 と瀧本はシバの頼んだステーキも切って食べる。その様子見てあわわわわとシバが言う。


「仕事紹介はこの一年のうちにどれだけしたんだ……自動車学校、免許更新センター、清掃会社……俺も上からどうなってんだって言われてるんだが」

「すいません……その、あの……」


 だんっ!!!!!


 今度はその机を叩く音で周りは静まり返った。元々瀧本自体、反社会勢力団体の一員のような顔立ちもしており声もデカくて迫力ある。


「全部女絡みで辞めたって報告してもいいんだぞ、黙っておいたんだがな」

「そ、それだけはやめてくださいっ」


 シバは瀧本の脚を掴んでさらに縋り付く。

彼は昔から無類の女好きで女たらしでそれが原因で高校からの付き合いだった妻がシバを泳がした状態で放置し、とうとう痺れを切らして一年前に親権をとって離婚を突きつけられたのであった。


 高校の時から30過ぎ授かり婚をし、20数年も妻が放置していたのもすごいことであったが、第一子出産前にシバに対して今まで浮気してきた女の名前を羅列したと言う強烈なエピソードはあるのだが今や有名なエステ会社の社長である妻は優しかったのか、否か。


「……うーん、まぁ無くはないが。最後の最後に取っといた案件がある」

「そ、それで! それでお願いします!」

「まぁその前に座れ」


 シバは瀧本の脚から離れて席につき、目の前にあるステーキの残りを食べようとしたが、瀧本がナイフをさして固定した。


「……話聞いてからだ」

「はい、ですよねぇーハハハ」


 恐れ多い瀧本の睨みつけにシバは愛想笑い。とりあえず水を手にやってどうっすか?という顔をすると瀧本は頷くとシバはようやく飲めた。ずっとすがり叫んでいたから。


「……お前は嫌がるかなぁと思ってな残しておいた案件だが、とある高校の剣道部顧問なんだが」

「高校の剣道部ぅ」


 シバは顔を歪めた。瀧本はやっぱりな、と。シバは元警察内一番の剣道の腕前であった。同じ腕前のものと一二を争っていたプライドもあり、自分よりも格下であろう高校生の剣道指導ともなると嫌そうである。しかも指導経験も無い。


「まぁ剣道部だけじゃ無くて日中はそこの高校で用務員として雑用……おっと、仕事をしてもらって」

「おい、今雑用っていったろ」

「朝から晩まで仕事して平日1日と土日曜祝祭日はおやすみ、教員寮も使用可能。俺だったらここはいいと思うんだがなぁ」

 シバはフゥンという顔である。よくもまぁ仕事をくれ、今度こそは! とすがりついていた男とは思えない。


「嫌か」

「そうっすね」


 瀧本はステーキを切って口に頬張る。


「ちょい! 俺のステーキ!!!」

「あん? わがまま言うな」

「わがままじゃ無いっすよ。その高校は全国大会とか行くレベルなのか?」

「いんや、半年前に長年やってた顧問が死んでから部員の士気が下がってそれまで全国大会に出ていたのに県大会どころか市の大会で大敗でな、それもあったりショックで3月でけっこうやめてしまったらしくってな。今や数人しか残ってない……」

 シバは笑った。


「メンタル弱すぎるな。やっぱガキだからか」

「……」

「はぁ、瀧本さん……またどこかで日雇い探しますわ。すいません」

 シバはステーキの最後の一切れを食べようとするが瀧本がすかさず取り上げて口に入れた。


「ああああ、なんてことを! 鬼!」

「……お前こそ見損なったぞ。宿もある、すぐに仕事ももらえる、教えるのは未経験だろうが剣道もできるんだぞ。次世代の若者に剣道を教えるとか……自分のスキルを上げる何も最適なんだがな」

「嫌っすよ……いつも俺は互角の相手と戦ってきた……それに用務員とか雑用かよ、まだ免許センターとか自動車学校の方がマシだったなぁ」

「すぐ辞めたくせに」


 ごもっともなことを瀧本に言われたシバだがやはりまだ折れないようだ。


「少し考えさせてください……」

 シバは一旦店から出た。

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