第22話


 カッポカッポと揺られること半日。


「かっぽ、かっぽ」


「お前さん、大丈夫か?」


「はい、なんか眠くなりました」


 凄い暇でした。スマホや宝箱は偉大だな。一昔前は無かったって聞いたことがあるけど、皆暇な時はなにしてたんだろう?


 単調なロバのリズムと変わることない海岸に、眠気を誘わずにはいられなかった。海原で船を漕ぐ漁師とは対照的に、陸で舟を漕ぐ僕をなんと呼べばいいのか。


 お爺さんと単発的に話していたのも最初の数時間だけ。休憩でも移動でもやることが無くなった残りの時間は、ただただ暇だった。思わずテイザーガンを弄ってた程。危ない。意識が朦朧としてたとはいえ、銃口の中を『どうなってるのかな?』と見つめるのは、どう考えても違うと思う。


 結局ロバの歩調に合わせて効果音を口ずさむだけになった僕を、お爺さんが心配するという展開。すいません、ご迷惑をおかけします。


 しかしそれも終わりを迎えた。


 森が途切れ視界が広がると、どうやら丘の上にあったのか、下の方に長々と続く外壁が見えた。海まで続く壁で、入り江を大きく囲んでいる。


「うわ、凄いですね。あんな大きさの壁、初めて見ました」


「……うちの村に来るには、ここを通って来にゃならんのに……。お前さん、本当にどっから来た?」


「ナトリの大渦の向こうから」


「ほーか。まあ、話したくないならないでええが……」


 信じられてない。


 呆れ顔で溜め息を吐くお爺さんに、どうもすいませんと頭を下げる。本当のことを言ってるだけに、これ以上の説明とか出来ない。


 それにしても長閑だな。とても冤罪を押し付ける貴族が横行してる国とは思えない。旦那さん達に騙されてるとかもあるのかな?


 まあいいけど。


 刻々と迫る外壁をのんびりと見続ける。陸路からはあまり客がいないのか、見えてきた門に人影は疎らだった。


 それもどうやら門番のようで。槍を持っているが特に甲冑とかは着てない門番。槍とか初めて見た。


 警戒されるようなことはなく、むしろ欠伸なんかしながら迎えられた。


「おー、爺さん。空荷ってことは仕入れか? まさかそいつが売り物ってことはないよな、ハハハ」


「ハハハ、拾い物って意味じゃ合ってるなぁ」


 割と和やかに言葉を交わす門番さんとお爺さん。とりあえず愛想笑いを貼り付けて黙って会話を聞く。久しぶりの第三者コミュニケーションに早くも島に帰りたくなってきた。疎外感。


 通り一遍の挨拶を終えて、役所的な手続きに入ったのか詰め所の人と言葉を交わし始めた門番さん。


「おーし、爺さん、通って……あ、待った。通行証持ってるか? この前みたく忘れたとか言わねーだろうな?」


「バカこけ。この前のも忘れたんじゃない。家に落としたってだけやぁ」


 ゴソゴソとポケット漁って名刺のようなものを門番さんに見せるお爺さん。


「よし、オッケー。そっちのお前も見せてくれ」


「持ってません」


「は? あ。あー……外国の奴か? なら身分証でもいい」


「持ってません」


「……は?」


「おいおい、お前さん。身分証だよ。別に通行証とは言っとらん」


 この感じは……持ってなきゃ怪しい奴認定されそうな雰囲気だな。詰め所から槍を持った門番さんが追加される。ヤバいな。


「失くしました」


「失くしたぁ?」


「実は波に攫われまして」


 嘘じゃない。


「……海に落ちたのか? お前、漂流者か?」


「そういやぁ、ずぶ濡れだったのぉ、お前さん」


 難しい顔になる門番さんから、どうやら失くすのも微妙なラインだと分かる。


 仕方ない。


「代わりといってはなんですが……」


 ポケットから取り出した別の物を門番さんの手に握らせる。これは文化であって違法行為ではない。引っ越し業者の人にお茶代を出すのと一緒さ。


 僕のせいで悩んでる門番さんを労ってるだけ。


「何を……。……!」


 呆れたような表情の門番さんも、開いた手に乗る金色の光に目を焼かれる。


「う、うぅん! そうか、失くしたのか。なら再発行する必要があるな」


「ありますね」


「しかし異国の者なら役所で身分証は出せないだろう。中に入って冒険者ギルドで登録……いや再発行だな! 再発行するといい」


「その際に身分証が必要になったりしないんですか?」


「おいおい? 身分証が無い奴なんて街に入れるわけないだろ?」


「あー、そうですね。身分証を持たない奴を、門番さんが街に入れるわけないですもんね? さすがは門番さんです。憧れます。ありがとうございました、これは『お茶代』です。でどうぞ」


 不公平にならないように、もう一つオマケを渡しておく。チラリと手に視線を落とした門番さんの顔がニヤける。隠せてない。


「う、うむ! 通っていいぞ! 悪さするなよ」


「はーい」


 良かったな、他の国の金貨使えて。


 問題無いということなので、お爺さんの荷車に戻る。お爺さんはどこか呆れたような表情で言う。


「……とんでもないもん拾ったかのぉ?」


 そんな、とんでもない。


 賢者を詐称する小市民ってだけですよ。


 ガラガラと音を響かせて、巻き上げ式の門が上がっていく。


 完全に上がったのを見計らってお爺さんがロバを促す。


 どうやら最初に行くのは宿ではなく、冒険者ギルドになりそうだ。


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