第20話


 宝箱に願って船を出した。


 船が出てきて座礁した。


「おおおおおおおおおおおお?!」


「…………な、な……?」


「おおー」


 なんだっけ? 確かキャラベルだかキャラメルだかいう名前の船だ。ただし艦首は普通。僕の知識なのかそうじゃないのかハッキリしてほしい。


 ハッキリと出された船は自重に従い海に落ち、大きな波を立てて浅瀬に座礁することとなった。勿論、僕と漁師一家が波を掛けられたのは言うまでもないだろう。あらら。


 各自のリアクションは声だけが響いた。なんせ波に攫われちゃってよく分かんなかった。


 ゴロゴロと砂浜を転がされながら思ったのは『お風呂に入りたいな』という在り来たりなもの。だって肌と服に付く砂が殊の外不快だったから。


 やれやれと濡れた髪を左右に分けて船を見ると、ちょうどマストが折れてるところだった。


 呆然としながらも陸側に避難していた漁師一家との経験の差が窺える。もしかして津波とかには注意する地域性なのかも?


「岩場の方で出すべきでしたねー」


「そういう問題か?」


 ボソッとツッコんでくる旦那さんがグッド。白けた空気も和やかに。ならない。対人コミュニケーション能力の低さが原因かな? 頑張って、旦那さん。


 言い訳させて欲しい。材料で出てくると思ったんだ。分からないが過ぎるよね、宝箱。だから宝箱に説明書を願ったこともある。スマホの説明書が出てきたよ。分厚いやつ。時に強情なんだ? こいつ。


「生まれて早々沈没させてしまいました。炊いた肉一号と名付けましょう」


「意味あんのか?」


 座礁沈没はそういうものです。


 宝箱を噛み付かせて座礁船を収納。


「ちょっとお風呂に入りません?」


「すまん。あんたが何を言ってるのか分かんねえ」


 あれ? 翻訳機能までバグっちゃったかな? 砂と海水が混じったせいだろう。電子機器か。


 とりあえず浴槽を宝箱から出した。カーテン付き。奥さんいるしね。


 蛇口を捻ってお湯を入れ始めたところで、ふと気付いた。


 トイレってどうしてんだろう? これはマズいぞ。聞こうにも聞けない。ていうか一つしかない。思わず靴の裏を確認。セーフ。


「とりあえずお風呂に入りませんか? こっちがお湯で、こっちが水です。あ、大丈夫です。僕は自宅で入るので」


 奥さんと一緒にだなんてそんな滅相もないですよ。


「は、はぁ……」


 おずおずと頷く奥さんと、既にお風呂に慣れている幼女ちゃんとの対比が面白い。グイグイとジャージを引っ張ってくる幼女。わかってる。バスタオルだね?


 服とタオルと出してて思ったけど、そういえば服も着の身着のままだな?


 まあそういうこともある。何着か出しとこ。


「あ、旦那さん」


「お、おう。なんだ?」


 幼女ちゃんにお風呂の説明を任せて、旦那さんをキャンプしてるテントまで引っ張って行く。


「あの、トイレってどうしてます?」


「あ、ああ、なんだ……賢者様も人間みたいなところあんだな」


 人間みたいなとこしかないけどな。


 旦那さんが崖エリアに繋がる森の方を指して言う。


「あっちに穴掘って埋めてるよ。さすがに海に流すのはマジィかと思ってな」


 わかった。あそこ絶対通らない。


「トイレ出すんで、そっちでやってもらっていいですか? 使い方も教えますので」


「お、おう」


 なんでビクビクしてるんだろう?









 ちょっとメシアってみようと思ってたんだけど訂正。


 ちゃんとメシアってあげよう。衣食住の提供しっかり。あと旦那さんの犯罪者具合の確認、高飛びの手引き、ぐらいかな?


 まあいい。宝箱さんならやってくれる。


 とにかく住環境を整えて貰おうと、建築素材を出した。テントとお風呂とトイレはあるけど野外感が強い。作れるか分かんないけど、それはそれ。僕にも無理。木は適当に切っていいと言ってある。


 食事も保存食を一ヶ月分置いて、最低でも三日に一度は顔を出すと言っておいた。自宅は既に幼女ちゃんが知ってるし。


 服、適当。宝箱任せ。なんか旦那さんの風貌が海賊っぽくなったけど。まあいいよ。本人気に入ってたから。


 大まかな提供を終えて自宅に戻ってきた。


 よし、宝箱の性能を検証をしよう。


 具体的には食べられると行ける場所。


 なんで三日で帰ってこれたのかとか。これ三日で帰ってこれなかったら大惨事なんだけど、条件が分からないことには使いようがなくない?


 ソファーに座りつつテーブルの上に宝箱を等身大化。


 えーと、あの時は、確か……。


 ダメだ。幼女ちゃんのお尻しか思い出せない。重症やん。捕まるレベル。


 じゃなくて。


 確か『あの一家が安全に暮らせる場所』って言った気がする。


 そう考えたところで、テーブルの上の宝箱の蓋がパカリと開き、黒々とした闇が覗いた。


 めちゃ怖い。突然どうした?


「……あ。あー、そっか。『場所』ってつけたら、イメージしたところに行ける……とかかな? 場所じゃ出せないもんね。……じゃあ、『旦那さんが暮らしてた場所』」


 一度閉まった宝箱が、再びパカリと開く。


「これで、違う場所に行ける……のかな?」


 うん。一番近い人里だから上げてみたけど、あんまりイメージよくない。行くとしても他の場所に行こう。


 そう思って宝箱の蓋を閉じようとしたら――――足が滑った。


 床に落ちていたクリスタルの瓶を踏み付けたからだ。


 いつもは床に置く宝箱をテーブルの上に置いたのも敗因です。


 蓋に伸ばした手は宝箱の闇に呑み込まれ、再びバクンという音が聞こえてきた。


 ああ、うん。



 ――――まあいいや。



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