第18話
目が覚めると真っ暗だった。
いや、語弊があるな? 知っている暗さだった。
光度をマックスにしたランプとDVDのタイトル画面が延々と流れるテレビに既視感。鳴らない目覚まし時計が朝だと教えてくれている。
宿屋で寝てた筈だけど?
夢かな? でもこの頬を蹴手繰られている痛みは本物。幼女ちゃんの寝相の悪さが原因。ベッドは別にした筈なのにいつの間にか潜り込んできて一撃をくれるのだ。今日は頬。
起き上がってみると、アニメの視聴済みDVDが散乱したローテーブルが見えた。隣りには宝箱。
間違いない。自宅だね。
「あっちが夢だった可能性もあるな」
確かめる方法はある。
「旦那さん達のところに行ってみよう」
第三者に聞くのだ。
「幼女ちゃん、幼女ちゃん」
そうと決まれば善は急げ、幼女ちゃんを揺すり起こす。全然起きない。快適なベッドに慣れてしまったらしい。
仕方ないので持ち上げて運ぶ。宝箱をポケットサイズに変更して岩を収納。朝日が目を焼く。
久しぶりに感じる島の空気を味わうよりも早く足を繰り出す。若干の早歩きは十五分程で砂浜エリアの到達を可能にした。
「わーお」
砂浜エリアには、絶望に打ち拉がれている男女がいた。
海水に膝を付けて俯いている奥さん、呆然と水平線を見つめている旦那さん。
意気消沈な有り様。
「あのー……わ」
軽く声を掛けたら、目を剥き出しにせんばかりの表情で、首が折れそうな速度で振り向いてきた。
「り、リコぉおおおおおお?!」
「あっ~〜〜〜〜〜〜?!」
怒涛の勢いで駆け寄ってきた漁師夫妻に抱きかかえていた幼女を差し出す。うん、生け贄。怖かった。
未だ寝ぼけ眼な幼女が奥さんの胸に抱かれ、旦那さんにサンドイッチにされる。急激に暴れ出したのは感極まったからかな?
感動の再開リターンだ。リターンは始めて見る。
「あ、あ、……す、すまねぇ、すまねぇ……!」
焦点の合っていない目で頭を下げてくる旦那さん。その腕は奥さんと子供を離さない。いや謝るのはこっちなのだけど?
幼女の暴れ具合が酷くなってきた。
「……か、勝手に、森に入ったことは、謝ります! でもこの娘が……リコが心配で心配で……!」
しゃくりあげながらも娘をキツく抱き締める奥さん。温もりを確かめるかのように娘を胸に抱いている。いや森に入るのに僕の許可とかいらないから。
幼女の動きが大人しくなってきた。
「あの…………気持ちは分かりますが、そろそろ離してあげてください」
死んじゃうよ。
旦那さんと奥さんに事情説明をした。
その間ずっと、幼女ちゃんは旦那さんをゲシゲシと蹴っていた。
ちょっとした手違いで島を出ていたこと。幼女ちゃんが付いてきてしまったこと。直ぐに戻れなかったこと。
宝箱の事を抜いて説明したけど、なんか凄い魔法使いっぽいムーブになってしまった。
無人島に隠れ住んでるくせに、一瞬で他国を行き来できる奴ってなんだろう? 他人事のようにそう思ったよ。
しかし旦那さんが着目したのは違うところだった。
「リコ! あんだけ勝手にどっかに行くのはやめろっていったろ?! 賢者様の住んでる場所に踏み入るなんて!」
「申し訳ございません賢者様! 私達も勝手に森へ入りました……! 平に、平にご容赦を!」
翻訳って合ってる? なんか別の意味に捉えられたりしてない? ちゃんと伝わってるか微妙になってきたぞ。
「いえ、こちらこそすいませんでした。娘さんを二日も行方不明にして。心配しましたよね?」
そう言ってるのに。
「わりぃ! 賢者様! 娘は、娘と妻は悪くねぇんだ! 罰なら俺に……俺に頼む!」
「あ、あなた……」
再び奥さんが泣き始めて、旦那さんは土下座っぽいこと始めて、幼女ちゃんが蹴り続ける。
幼女ちゃん、もう許してあげて。
「とりあえず……食事にしませんか?」
二日もご飯が無かったせいか、それとも娘を心配し続けたせいか、漁師夫妻はやつれ気味だ。一人娘だけ丸々としてる。肌のハリが違う。
食事というワードに幼女ちゃんがテーブルに駆けて行く。ちゃんと翻訳されてるっぽいね? どうなってんの?
「いやとんでもねえ!」
「これ以上の情けは……だ、大丈夫ですから!」
そう話す漁師夫妻の間から腹の虫が声をあげる。ホッとしたからか、空腹を思い出したのだろう。
「ほんとに遠慮しないでください」
マジで。罪悪感半端ないから。
どう考えても悪いのは僕だし。あとは不法侵入の幼女ちゃん。大半が仕様の分からない宝箱って振り分けじゃないかな?
実は一年計画で帰ることを考えてましたとは言いだせない雰囲気。
まあいいか。帰ってこれたんだし。
問題は片道キップになる予定だった移住先だろう。
どうにも三日の法則が働いたみたい。
やっぱり船は作らないとダメなのかな?
抱えていたクリスタルの瓶が無くなったことに気付いた幼女ちゃんが、探しに行こうと森の中に入るのを、慌てて止めようとする漁師夫妻を見つめながら、解決方法を模索した。
色々と思うところもあるし、ちゃんと助けてあげないとね。
「やめてくれリコ?!」
そう叫ぶ旦那さんを放っておいて朝食の準備を始めた。
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