第16話


 元船乗りだと言う爺さんに話を聞き出して貰うために一泊延長することにした。商売上手なメイドさんだった。


 しかし特にやることがないため、部屋でダラダラしていようと思ったんだけど、気を抜くと外に出たがる幼女のために外出することにした。


 すごい行動力。そりゃ何かよく分からない穴ぼこにも入れるね。ちょっとした子供だったら這って進めそうな穴だったし。嵌って出られなくなるとか、穴を掘った動物に鉢合わせするとかは考えないのかな?


 遺伝かな? 遺伝ってやつかな?


 大渦を運任せで乗り越えた漁師が頭を過る。


「どこ行こうか?」


「……」


 幼女を肩車して港町を歩く。凄く目立つんだけど、これが最も逸れない冴えた遣り方なんだ。手なんて繋いだところで人波に消えるのがオチだし。


 僕としては服が欲しいところ。宝箱から出したコピー品を着ているので、そろそろタイムリミットが迫って来ている。逮捕も時間の問題。それはマズい。


 喋らない幼女は、行き先を指で示すんだけど残念ながら見えない。


 だからって髪を引っ張るのはどうなの? 僕、君の両親に賢者様とか呼ばれてるんだけど。


「右ね、右。右、右。……引っ張り過ぎじゃない?」


 一回転したけど?


 すれ違う人すれ違う人が僕らを見てくる。ジャージ姿で幼女を肩車しながら一回転する男なんて珍しくもないだろうに。


 幼女が行きたがっているのは、市場っぽいところのようだ。


「はいはい! 安いよ安いよ! 採れたての貝がどれも銅貨五枚から! 姉ちゃんどうだい? 兄さんどうだい?」


「キロ銀貨一枚から入れてよ! 今朝揚がったばかりの魚だ! 脂が違うよ! 小さいのは混ぜてないよ!」


「海老、貝、切り身ー。その場で焼くよー。他にないソースだよー」


 近付いてみると、ひっきりなしに飛び交う声に満員電車もかくやという混み具合からして入りたくない。オチも分かる。どうせスリに遭うとかだよ。


 グイグイと髪を引いてくる幼女には悪いけど、端っこの方の露天で勘弁してね?


 大通りから十字路に連なっている市場は、さすがに端の方に行くと集客が少なく、海側じゃない道から来た僕らの方は、まだ見通せる範囲だった。


 やっぱり場所取りとかもあったりするんだろうか? お金で場所を買ったり、組合作って対抗したり。おお、なんか異世界っぽいな。


 少しでも客引きしようとしてるのか、他にないというソースの香りが漂ってきた時点で幼女が髪を引くのを止めた。漁師の娘だけに魚が好物なのかな?


 しかし新鮮さを競う市場で調理済みの物を売るということは、売れ残りなのかも?


 まあいいや。いい匂いだし。


「すみません、そこに乗ってるの全部ください」


「…………え?」


 お店に近付くと、鉄板で海産物を焼いていた少女が呆けたような声を上げた。


 うんうん、わかる。


「この娘ちょっと肩車が好き過ぎまして、こうでもしないと拗ねるんです」


 僕の髪が少しギュッとされた。


「あ、いや? え? ご、ご注文?」


 いやそれはそうでしょ? ここお店じゃないの?


 見たところ、鉄板の上で焼けている海老は良い色合いで、貝もその口をパカッとあけて大ぶりの身を晒している。掛かっているのはソースみたいだけど、焦げ付くような甘い香りがハズレじゃないと僕に訴えていた。


「幼女ちゃんもいいかな?」


 ギュッときた。ギュッとするのはどっちなの?


 焼けている数もそんなに多くないし、ここにいる育ち盛り二人には少ないくらいだ。


 問題無さそうなんだけど?


「あ。お金を心配してます?」


「いや、そうじゃなくって……あ、いや、それもだけど。てか、全部って言いました?」


 なるほど。ハッキリわかった。


「実は高いんですね?」


「そ、そんなわけないでしょ?! なに? 新手の嫌がらせなの? 客じゃないなら帰って!」


 おっと、誤解を生んでるぞ?


 このままでは刺激された食欲から幼女が暴れ出す危惧を感じた僕は、ポケットから金貨を一枚取り出して少女に投げた。だって露天に鉄板を置いただけのお店だったし。他に置くとこないよね? 少女が座っているのも道の隅に転がってそうな大きい石で、カウンターが見当たらなかったのだ。


 だからって、そんな驚かなくても。なんかぶっきらぼうっぽくなってごめんなさい。


 口をパクパクさせる少女に目線を合わせるように腰を降ろす。客用の椅子代わりなのか切り株があったからそこに。


「それで全部食べられますか?」


「ま、まって……今、ちょっと心臓が痛いから……」


 ええ? そんな状態でお店開いてたの?


「じゃあ波止場で食べるか。何か入れる物ある? テイクアウトって分かる?」


 コクコクと頷く少女の、ポニーテールに結った髪が上下する。強く頷き過ぎなんだけど? 頭大丈夫?


 少女が震える手で小箱を取り出した。衛生面は大丈夫かな? あ、中に笹の葉みたいなの敷いてあるのか。……その笹の葉は大丈夫かな?


 ガチガチと震える手で鉄板の海産物を詰めていく少女。落としそう。少女も、幼女も。前のめりが過ぎる。お腹空いたのかな? お昼時だしね。


「しっかり捕まっててよ?」


 小箱を受け取るために片手が空くので幼女に注意するとギュッとされた。便利な返事。


「お、おおおおお釣りを……」


「…………いや、いらないかな?」


 何故か革袋ごと差し出す少女に首を振った。絶対に正確じゃない。なんか勘違いしてません? 金貨だったから貴族とでも思われたのかもしれない。カツアゲじゃないんだから。


 元がプラモデルなので惜しくはない。なにより更に手を空けるには今の幼女の状態がリスキー過ぎる。


 革袋ってポケットに入りそうもないしね。


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