第15話


「さて、どうやって帰ろうか」


 一泊で銀貨五枚する宿屋に泊まることにした。決め手はメイドさん。間違いない。


「……」


 隣りにはお腹を膨らませた幼女が座っている。ジッと見てくるのは『こんなに食わせやがって!』とか思ってるのかも? 居心地の良いソファーで良かった。楽な体勢を取れるし。


 そもそもなんでこんなところに来てしまったんだろう? 宝箱に落ちたところまでは覚えてる。やってしまった。事故だ。事故じゃしょうがない。


 しかし信頼度が百を突破してた宝箱だけに裏切られた思いです。バクンって聞こえたからね? バクンて。


 宝箱に食べられたのとか初めてだよ。もしかしたら有史以来初の快挙なのかも。


 まあいいや。


「問題は帰り方なんだよね」


 幼女も連れてきてしまったし。早いとこ戻らないと心配するよね、旦那さんと奥さん。


「あの、すいません。質問いいですか?」


 手を上げてお仕事中のメイドさんに声を掛ける。ウェーブの掛かった髪を纏めたクラシックなメイド服を着たメイドさん。


「はい〜、どうぞどうぞ」


 カチャカチャとティーセットを用意していたメイドさんが笑顔で対応してくれる。カッチリはしてないけど、この温かみが良いよね。好み。僕はお店の話をしている。


「ナトリの大渦って分かりますか?」


 旦那さんの話から自宅付近の名所を上げてみた。処刑の名所。碌なものが無いな、無人島。


「ナトリ……? う〜ん…………さっぱりですね〜? それって地名ですか? それとも渦の異名ですか?」


 全く同じこと思ってたよ。


 それすら分からないんだけど?


「わからないんですよねー。ちょっと見学に行きたいんですが……」


「詳しい人に訊いてみましょうか? 引退した船乗りのお爺さんとか物知りなんですよー」


 それはいい。


「お願いできますか? ついでにそこまで行く方法なんかも」


「お任せくださ〜い」


 ポヨンと胸を叩くメイドさん。眼福。ここにして良かった。


 それにしても直ぐに思いつかないということは、やっぱり近くの漁港じゃないらしい。処刑船が出る港じゃなくて良かった。基本的に受刑者に餓えてるそうなので、余所者なんて彷徨いてたら一発でお縄だろう。幼女ちゃんが物珍しそうにキョロキョロしてたから大丈夫かなとは思ってたけど。


 自分で言うのもなんだけど、僕みたいな怪しい奴は恰好の的じゃない?


 まあいいけど。









「これは家」


「……え、『』、ぃえー」


 幼女が眠くなるまで絵本を読んであげている。あれだけ食べたのだから直ぐにお昼寝の餌食かと思いきや、中々粘る。


 丁度いいから言葉も教えている。でも僕の言葉でいいのかな? 日本語教えてない? 僕には分からない。メイドさんが指摘してこないから大丈夫だとは思うけど。


 まあいいでしょ。


 隣り合わせにソファーに座り、お互いにもたれ掛かって絵本のページを捲っている。時折乗り出して絵本を指差しているので意欲は高め。メイドさんの視線は優しめ。


 新しいページには果物くだものが載っていた。


「これは……食べられる赤い実」


「……」


「うふふ、リンゴですよ、リンゴ」


 異世界でも知恵の果実はリンゴって言うのか。


「じゃ、リンゴ」


「……おくぅお」


 幼女ちゃんが『赤い』と言ってるのか『林檎』と言ってるのか分からない。そこは翻訳してくれないのか。いや翻訳してこうなのかな?


「惜しい! リー、ンー、ゴ、ですよー」


 全く惜しくないけどね。母音が違う。いや全く母音からして違うね。けしからん。リンゴじゃなくてメロンでしょ?


 翻訳がどう働いてるのか分からないところだけど、この世界の言語は単語制なのかも? よくある識字率の高さとやらも気に掛かるところ。幼女に学ばせていいものなのか?


 まあいいか。


「絵本ってどこかで買えたりするんですか?」


「はい〜、うちでもお安く取り扱ってますよー」


 スマイルに営業が出ている。つまりタダだ。でも騙されるのも一つの手なのかもしれない。幼女のために。あくまで巻き込んでしまった幼女のために。


「だってさ。お土産に買っていこうか?」


 罪滅ぼしと好感度という打算の元に訊いてみた。


 しかし幼女は早く捲れと絵本の端を指差すばかりで取り合わない。そろそろ眠くなりませんか?


 どうやらメイドさんとの時間は取れないようだ。


 次のページを開いた。


 次のページには、黒い靄に手足が生えて赤く吊り上がった目と笑っているような口の何かが描いてあった。


「なんじゃこりゃ?」


「なぁんーあー」


 いや今のは違う。やり直しを要求します。


「ごめん、間違えた。これは知らない」


「ぃーた?」


「うん。うん?」


 幼女と顔を見合わせてお互いに首を捻っているとメイドさんが助け舟を出してくれた。


「あ~、それは魔物の絵ですねー。ほら、魔物ってたくさん種類がいるじゃないですか? それは子供向けの絵本なので、抽象的に描かれてるんですよー」


「バスケットボール大の雀とか?」


「バス? スズメ? ごめんなさいー、わたしも魔物に詳しくないので〜」


 ふーん?


 まあいいか。


 変な靄を指差して幼女に正解を教える。


「貴族」


「ちょ?!」


「きぃく」


 メイドさんの狼狽えを狙ってやった。今は反省している。ごめんなさい。


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