第12話


 まあいいか。


 なるようになる。


 防犯意識高め系男子の僕は、暗闇の中で目覚めた。


 というのも、洞窟の入口を岩で塞いだからだ。


 天照大神もビックリの所業である。中で宴会を開ける僕は永久機関。もう出ないまである。


 そういうわけにもいかないけど。


 岩は最悪三日と経たずに消えるんだろうけど、時刻は朝の六時。そろそろ漂流一家の様子を見に行かなくてはならない。ご飯関係とかね。


 宝箱を岩に噛みつかせて消えれば良し。消えなかったら三日待って貰うことにしよう。


 消えるし。なんて便利なんだ宝箱。もしかして持ち上げられなかった系もこうすれば良かったのかな?


 まあいいや。今日もいい天気だ。


 昨日は僕も夕食を食べなかったので腹ペコだ。お風呂にだけ入った。昨日とは別の同じジャージを着てる。長袖が彼等の警戒感を煽ってしまったのかも? 常夏に長袖だしな。夏用のジャージを考えておこう。


 いつもの見回りコースを無視して砂浜エリアに直進。二十分もしたら見えてくる。


 三人とも起きてるようで、旦那さんなんか泳いでいた。元気だなぁ。とても処刑寸前だったとは思えない。


「おお! 賢者様! おはよう!」


「お、おはようございます、賢者様」


 旦那さんのフレンドリーな挨拶と、奥さんのビクビクとした挨拶が対称的。やっぱり賢者ムーブが間違いだったか。


「おはようございます。朝から凄いですね? なんで泳いでたんですか?」


「あー、魚でも獲ろうかと思ってな。でもダメだ。ここの海は遠浅で、しかも小魚一匹いやしねえ。こりゃすげぇ魔物の縄張りなんだろうよ」


 初耳です。


「そういうの分かるんですか? 凄いですね」


「長年海に生きてるとなぁ。おかげでどう渡ったもんかと……嵐は本当に幸運だったぜ。こりゃ本気でシラトネに好かれてんな? まいったぜ、俺にはアンナとリコがいるのによ」


 寝惚けてるのかな?


「……おあー」


「うん、おはよう」


 近寄ってきた幼女にも挨拶を返す。空き瓶に砂を詰めたものを抱えている。もう一つにはオレンジジュースが入ったままである。間違えて飲まない、それ?


「ハハハ、何だリコ? 賢者様が……リコォおおおおお?! いいい今! 喋ったか?! おいアンナ! 来てくれ! リコが喋ったぞ?!」


「……昨日から喋ってますよ。全くもう……」


 両親にも驚かれるということは……なるほど。


 余程無口なお子様なんだな。


「ハッハッハ! そうかそうか! ようやく喋ってくれたか! 随分遅いから俺はてっきりもう喋らねぇんじゃねえかと……くぅ! 今日はなんていい日なんだ!」


「お酒でも飲まれますか?」


「賢者様! 話が分かる!」


「あなた!!」


 幼女を抱え上げてグルグルと回っていた旦那さんが奥さんの一喝にビクリとした。僕もビクリとした。奥さん怖い声出せるんですね?


「おっ、怒んなよ? わーってるって。賢者様、酒は夜に……」


「今日は無しです!」


「「はい」」


「あ、いや? 賢者様に言ったんじゃなくて……もう!」


 旦那さんが奥さんにビシリと叩かれている。申し訳ない。ついノリで。


 降ろされた幼女が僕を見上げる。


「……おあわー」


「うんうん、そうだね。食事にしよう。お酒は無しで」


 なんて言ったか分からないけど腹ペコなのだ。食事ということにしよう。一瞬だけ顔を輝かせた旦那さんと幼女の雰囲気がそっくり。親子かな?


「リコ! すいません賢者様! 大丈夫ですよ? 私達は自分で用意出来ますので……賢者様の貴重な食糧を使わなくても……」


 申し訳無さそうな奥さんの後ろで、旦那さんが手で何かを傾ける仕草をしている。すげぇ。今怒られたばかりなのに。


 さすがは海の男だね。


「遠慮しなくても大丈夫ですよ。無限なんで」


「む、無限……?」


 神様仕様なのだ。そういうことになってる。


 昨日誂えたテーブルセットに朝食を吐き出して貰おう。


「焼き立ての食パンにバター、ジャムもセットがいいかな? 好みがあるし。旦那さん用にお肉とかいるかもだから、ベーコン。カリカリに焼いたのがいいな。あとソーセージ。こっちも焼きで。玉子焼きもあった方がいいかな? 女性には甘いので、男性にはしょっぱいやつ。野菜は、ポテトサラダと野菜サラダの二種類。飲み物は牛乳と、あとミネラルウォーター、お願いします」


 頼みながら吐き出してくれる宝箱は優秀を越えてきてると思う。やっぱ無しでとか言ったらどうなるんだろう?


 食パンは籠にいっぱい、湯気を上げながら出てきた。近くにあるのはギザギザのパン切り包丁。バターとジャムはクリスタルの瓶に入ってる。これも大きなサイズだ。薄切りでカリカリに焼かれたベーコンと子供も食べやすいサイズのソーセージが皿に山と積まれている。各皿に玉子焼き。大きなボウルを逆さにしたような半球形のポテトサラダと、大きなボウルに入った野菜サラダにはドレッシングが付いてきた。牛乳は銀のカップに一杯ずつだが、ミネラルウォーターはピッチャーで出てきた。


 玉子焼きだけ赤い皿と青い皿に別れているけど、どっちが女性でどっちが男性だろうか? まあいいか。困るの旦那さんだけだし。


 奥さん用のソファーと合わせてコの字になった食卓で、それぞれナプキンとカトラリーまで出てきたというのだから雰囲気がある。


 学習機能でも搭載してるのかな? とても野外の食事じゃない。


 まあいいけど。


「じゃあ食事しながら今後のことを話し合いましょう」


「あ……はい」


「おほー! すげーすげー、昨日もそうだったが、賢者様ってのはなんでも出来んだな?! よーしリコ、父ちゃんが運んでやろう。だからテーブルに登ろうとすんな」


 一目散に駆けた幼女が昨日と同じように瓶をソファーに投げ出し、しかし今度はテーブルに登ろうとしたところを旦那さんが拾い上げた。奥さんは目の焦点が合ってない。


 さて、僕も新しい椅子を出して加わることにしよう。


 椅子は別に消えたというわけじゃない。


 ただ気付いただけだ。


 砂場にロッキングチェアはない。


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