第11話


「すまなかった!」


 ちょっと量が多いんじゃない? と思っていた食事を全て平らげた後の旦那さんの言葉だ。


「お気になさらず」


 いくらでも出てくるからね。ほんと宝箱様々です。


 むしろ今からデザートを出して大丈夫か訊きたい。見るからにお腹いっぱいっぽいし。ジョッキに入っていたエールにピッチャーで出てきた水すら無くなったのだから。先に言っとくべきだったかな?


 凄い勢いで消費してたから止めるタイミングを見逃してしまった。幼女の世話もあったし。パンとか喉に詰まる食べ物を出さなくて良かったと思う。


「いや、ほんと……命を救って貰ったばかりか食事まで……なのに俺ときたら! ほんとすまねえ! この恩は必ず返しますので!」


「お気になさらず」


 宝箱だから。ただ出てきたものを与えただけだから。無人島一人暮らしにも出来ることだから。


 あまり重く扱われても忍びない。


「あ、あの……それで……私達はどうしたら?」


 旦那さんを止めてください。


 砂地に頭を擦り付ける旦那さんの横で、同じく膝を着いて困り顔の奥さんの発言だ。


 幼女は瓶にオレンジジュースを入れようと奮闘してる。気に入ったのかな?


「とりあえず、デザート食べませんか? まだお茶が入ればですけど」


「デザート?」


 うん。何がいいかな? リクエストある? いやリクエストを聞くのはやめとこう。


 ここでハチミツ団子的な物を頼まれても困るし。ショートケーキが食べたいです。


 再び宝箱に願った。なんかケーキが段々になったやつ。見たことあっても食べたことないあれ。


 すると想像通り、ケーキスタンドに一口サイズのケーキが載った状態で出てきた。別皿にショートケーキがポツン。そうだね、このサイズで食べたかったもんね。


「ま、また……ど、どうやってるんですか?」


「あんた……け、賢者様だったのか?」


 え? …………。


「そうです。どうも賢者です。まつりごとを憂い世を捨てて身を隠しています。この事はどうかご内密に」


 じゃあそういう感じで。賢者、ケーキ食うのに急がしいから。近付いてきて口を開ける幼女にケーキを一欠。スタンドの食べていいよ?


「一先ず座りましょう。お話はそこで」


 体裁が悪いよ。決して甘い物を堪能したいとかだけじゃなくね。幼女ちゃん、イチゴを指差してるのは何故かな? 僕には分からない。


 賢者、イチゴを奪われるの巻。


 打って変わって粛々と、っていうか縮々と身を縮めてソファーに座るご夫妻。先程の食事の勢いは欠片も見つけられず、ケーキスタンドがポツン。


「あ、賢者って嘘なので。遠慮せずどうぞ」


 あっという間に前言撤回。ケーキもったいないし。


 顔を見合わせて、ようやくおずおずとケーキスタンドに手を伸ばす。そうそう。さすがにこれ全部は無理なんです。協力しよう? 幼女はなんで僕のショートケーキばかり狙うのかな?


「それで……見たところ、船が難破されたとかですすかね?」


 まあ、昨日の雨は嵐と呼んでも差し支えなさそうなレベルだったし。台風に慣れた島国で育ったからなんとも思わなかったけど、船に乗ってる人からしたら生きた心地がしなかったろう。


 実際に溺れてるわけだし。


 ケーキに衝撃を受けている奥さんを置いて、どうやら甘党ではないらしい旦那さんが事情を説明してくれた。









「処刑方法?」


 ちょっと物騒過ぎる単語が出てきたよ?


「ああ。賢者様は知らないだろうけどよ、うちの国にはそういう処刑法があるんだ。連座で処刑する家族を小舟に乗せて、ナトリの大渦に突っこませるっていうな。お貴族様が見届け人になるんだが……実際には沈み行く船を眺めながら酒を飲むっていう、胸くそ悪い興行に使われてんのさ」


「理解できません」


 頭沸いてんのかな?


「全くだ。賢者様は話が分かる! あ、いや、悪いな?」


 旦那さんのジョッキにワインを注ぎながら続きを促す。少しでも話しやすいようにという配慮が効果テキメン。旦那さんの前にはおツマミもある。まだ食べれるっていうんだから凄い。


 女性はケーキに夢中なので、この際置いておこう。


 空になったワインの瓶と、空になったケーキスタンドが、最初の食事の皿より多くなってきた。


 しかし困ったな。


「つまり旦那さんは、罪人なんですか?」


 どこに行ったんだテイザーガン? 困ったもんだ。


「誤解しないで貰いたいね。興行って言っただろ? なんやかやと罪を重くして殺す人数を増やしてきたお貴族様でもよ、罪人がいなけりゃ処刑も何もねえ。だろ? 罪人を無理やり増やしてんだよ、定期的に。そいつを知ったのは獄中だったけどな」


 話を聞くに、貴族が無実の人に難癖のようなものをつけているらしい。


 この人は漁師で、いつもの通り漁に出ていたそうなのだが、帰ってきて早々に他領の海を侵したという訳の分からない御託で捕縛され、処刑が決まったという。


「領海侵犯?」


「ありえねえよ。俺が持ってるのは小舟で、岸から見える範囲で漁をやってたのにか? 俺も最初は誤解だから直ぐに釈放されるって信じてたぜ? でもいつまで経っても迎えは来ねえ。しまいにゃ房に家族が入ってくる。今まで罪人に気を払ったことなんざ無かったけどよ、もしかしたら何人かは俺みてぇな目にあったんじゃねえか……って思ったら、気付いたよ。そうとなったら、あれさ」


 一気飲みする旦那さん。悪いお酒になっちゃったかな?


「でもまだ冤罪だった可能性も……」


「冤罪? ハッ! 甲板でパーティーでもやるのかって裁判で、しかも海の上だぜ? 判決は決まってたよ。家族が房に入ってきた時点で分かっちゃいたがな」


 旦那さんが手酌でエールを追加する。お酒の味、混ざらない? 大丈夫?


「船の上にいる陪審員共は『いや、今月の席は高かったですな?』『私なぞ三ヶ月も待ちましたぞ』と来たよ。俺が捕まって一月も経ってねえってのに! の予約を取りながら、公判に有罪無罪の投票をするクソ貴族ども……中には『今のうち表情をよく見ておこう。通は沈む前の表情も楽しむものですぞ』なんて腐ったこと言い出す奴もいたなぁ。なーにが『なるべく大声で叫べよ? 遠いと聞きにくくて敵わん』だ! 悪魔どもめ!」


 なんという悪役感。人の命が軽いなぁ。


「それでよく生き延びれましたね?」


 嵐が役に立ったのかな?


「へへへ、賢者様? 俺はやったよ。運も良かった。獄中でどうにも上手くないと感じたからよ、処刑の期日を少しばかりズラしたんだ。嘆願で、早くしたんだよ。いや本当に、運が良かった」


 いや決して運は良くないと思う。


「お貴族様は漁なんて出ねぇから知らなかったんだろうな。ナトリの大渦は、二年に一度、僅かな時間だけ止まるんだよ。処刑をその時に合わせた。一縷の望みを賭けてな。興行が押してたってのも一助になったのかもな。まあその時は、こんな胸くそ悪い興行を国がやってるなんて知らなかったけどよ!」


 荒ぶる旦那さんの傍にエールのピッチャーを追加する。それをピッチャーごと煽る旦那さん。グデングデンになってきたな。


「あ~、神様は見てる! 小舟に揺られながら舵も効かず! あわや渦の中に消えるって瞬間によお?! ピタッ! と渦が無くなったんだ! あー、海の神シラトネは俺を愛してんだ! ハハハ! ガレオン船の上で驚いてるだろうクソ貴族共の面を拝みたかったぜ! やっこさんら、いつ渦が戻るかも知らねえから、あんなデケェ船なのに、俺の小舟に追い付けもしねえ! アッハッハ! な~にが『暴れる姿が見たいから縄は掛けるな』だよ! おかげで船を操って逃げ切れたじゃねえか! クックックックッ、アーッハッハッハ! 良い気分だぁ……」


 うわー、酔っ払い。初めて見た。


 ゴクゴクと酒を飲んでいた旦那さんが酒に呑まれてしまった。フニャリと力を抜いてテーブルに突っ伏する。


「大丈夫かな?」


「す、すいません、賢者様。この人も、ずっと気を張ってて……助かった反動なのか無礼を。わ、悪い人じゃないんです。許してやってください」


 いや急性アルコール中毒の心配です。飲ませてた自覚があるので。あとで薬瓶を口に突っ込んでおこう。


 奥さんが旦那さんの隣に腹が膨らんだ幼女を並べる。こっちも大丈夫かな? 死因、食べ過ぎ。とかにならなきゃいいけど。食べさせてた自覚があるだけに。


 ソファーの背もたれを倒してベッドにしてあげると、奥さんが非常に驚いていた。それでも旦那さんと幼女ぐらいしか寝かせられないので、もう一つソファーを出す。


「あ、あの? ほんとに……なんとお礼を言ったらいいのか……返せるものもありませんので……」


 困る奥さんの前で僕も困っていた。


 どうしよう?


 なんか『帰ってください』って凄く言い出しづらくなってしまったんだけど?


 ここ無人島なんだけど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る