第10話


 とりあえず薬瓶を受け取ったが、特に返して欲しいわけじゃない。綺麗なクリスタル製だけど、ここじゃ無用の長物である。


 ほんと、どうしよう?


 薬瓶を握って処理に困っていると、砂浜に刺してあったもう一つも持ってくる幼女。再び受け取る。困った倍増。


 自室のオブジェにでもしようと考えていると、薬瓶をジッと見つめる幼女に気付いた。見つめる。見つめる。


「欲しい?」


「そんな?!」


 声を上げたのは女性だ。幼女は頷いた。


「じゃあ、あげる」


「リコ?!」


 飛び出そうとする女性を男性が掴んで留めている。幼女は淡々とクリスタルの瓶を受け取った。


「……あんた、お貴族様か?」


 警戒した表情の男性に『今襲われたら死ぬのでは?』とようやく気付いた。


 男性は間違いなく成人で、大人だ。


 しかも日焼けした二の腕は僕の倍もいいところ。


 宝箱さん宝箱さん、テイザーガンとか出せますか?


 ニュッ、とポケットから銃把が生えてきた。ありがとう宝箱。そして女神様をうっかりと言えないな僕。


 しかし安全装置とか使い方とかはよく分からない。とりあえず襲われたら引き金を引こう。ダメだったらダメだったということで。


 まあ悪い人には見えないけど。第一印象なのでなんとも言えない。


「……どうした? 答えにくいか?」


「あ、あなた……」


「ああ、大丈夫です。僕は貴族じゃありません」


 というか居るんだ、貴族。


 惑星支配者説がもうダメだ。無人島オンリー説も否定されてしまった。あの女神様にもうちょい細かく条件を付けるべきだった。


 なんか性格的に無駄かなぁと思ってしまったのが敗因。


「ウソつけ。お貴族様じゃなけりゃ、なんでそんな高そうな瓶持ってんだよ」


「あなた?! 失礼になるわ!」


「いえ、全然? むしろ空瓶とかいらないので助かります。まだ何処か痛みますか? まだまだあるので遠慮しなくてもいいですよ」


 そう言われてポカンと口を開けるカップル。というか夫婦だな。あなたって言ってるし。やっぱり親子かな?


「……痛むだぁ?」


「そうだわ! あなた、体は大丈夫? 足、痛くない? さっき見た時は、酷く折れ曲がってて……」


「い、いや? 折れ曲がってた? 誰の足がだ?」


「あ、あなたの足が……」


 ……もういいかな?


 もういいや。


 現状の把握に努めている夫婦を放っておいて、ポケットから宝箱を取り出す。


 指と指の間に挟めるサイズの宝箱。人差し指と中指に挟んで掲げる。


「テーブル、ロッキングチェア」


 どんな事態だろうと宝箱は応えてくれる。


 ペッ、と吐き出された椅子に腰掛ける。念の為、手の届くところにテイザーガンを置く。


 凄く驚いた表情の夫婦と、表情の無い幼女の対比が面白い。ビックリするよね。わかる。


 両手でクリスタルの瓶を抱えた幼女が近付いてくる。表情の無さに反比例して活発なのかな?


「もう一個椅子……いやソファーでいいかな? ソファーで」


 指先に挟んだ宝箱から対面にソファーが吐き出される。出てきたソファーと僕を見比べる幼女。


「どうぞ」


 座るように促したら大事そうに抱えていた瓶をソファーに投げ出してよじ登り始めた。ちょっと高かったかな? それにしても行動が大胆だ。投げるて。


 まあいいけど。


 どうせだから昼食にしよう。


「こういう時は消化に良い物が定説だから……。スープとか、シチューかな? 海鮮シチュー。あ、ブイヤベースとか食べてみたい。じゃあ、海鮮シチューとブイヤベース、あとは卵スープとかでいいかな? お願いします。子供にはオレンジジュースで、大人にはワイン? エール? まあ両方あれば困らないか。念の為に水も、お願いします」


 ぺぺぺぺぺッ、と吐き出される料理にテーブルが埋まる。なんだこの銃? 邪魔だな? 押し出されたテイザーガンが砂浜に突き刺さる。


「良かったらご一緒しませんか?」


 未だに驚いているご夫婦に声を掛ける。温まるよ? そんなに寒くないけど。


 取皿にスプーンまで付けてくれる宝箱が優秀。人数分あるから、宝箱的にも食べさせてやれってことだろう。


 だって量がおかしい。鍋で出てきてる。


 いや全員で食べるつもりだったからかな?


 まあいいや。


 躊躇するご夫妻を置いて、鍋からスープを取り分ける。自分の分です。お腹ペコペコなので。


 だというのに幼女がテーブルの上に乗ってきた。そうだね。幼女にはやや届かない位置にあるもんね。でも鍋を覗き込むように立つのは止めよう。危ない。


「はい、これ」


 取り分けてた深皿を幼女に差し出す。スプーン使うかな?


 受け取った幼女は、その場に座り込んでガブ飲みを始めた。いらない、と。まあ、卵スープの方だし。


「ここにスプーンあるからね」


 幼女の傍にスプーンを置いて、フォークやナイフなどのカトラリーを遠ざける。取皿に新たに卵スープを継ぎ足して、僕も一口。うわ、美味い。


 偶にはこんなマナー知らずもいいな。なんたって無人島なのだから。もう違うけど。


 ブイヤベースと海鮮シチューも取り分けていると、ご夫婦が近寄ってきた。


「あ、取り分けは自分でお願いします」


「……食べていいのか?」


「どうぞどうぞ」


 お玉を譲って海鮮シチューを注いだ深皿を掴もうとするが、ブイヤベースの方しかない。卵スープを飲みきった幼女が次の皿を確保してたようだ。早いね? 逆手に持ったスプーンでシチューを堪能してる。


 まあいいや、ブイヤベース食べよう。


 初めてのブイヤベースは、予想よりも少し辛かった。エビの身を剥いて、貝をほじる。それでもやっぱり美味しいけど。


 顎からシチューを垂らす幼女にナプキンを付けてせっせと世話を焼く。喉につかえる前にジュースを渡してやると秒で飲みきった。宝箱さん、ピッチャーで。


 ご夫婦の食事風景も中々に荒々しかった。


 旦那さんの方なんかグラスを使わずに瓶でワインを飲んでたし、奥さんの方はマシってだけでひたすらスプーンを動かして頬を膨らませてたし。


 僕に口元を拭われている幼女が一番マシかもしれないと思うくらいには、激しかった。


 お腹空いてたのかな?


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