第9話


 打ち上げられていた人間は三名。


 ゴツい外人男性と、ショートヘアの外人女性と、その腕に抱えられるようにして呆然としている幼女だ。


 家族かな?


 どうも死にかけているみたいなのでメシアってみよう。


「大丈夫?」


 声に反応して幼女がゆっくりと顔を持ち上げた。瞳が今にも閉じてしまいそうに伏し目がちで、全体的に汚れている。


 ワンピースというか貫頭衣みたいな服装だ。


 全員金髪っぽいけど、色がくすんでいてハッキリと分からない。


 目が合った幼女は…………特に反応を見せない。目を合わせただけでその動きを止めてしまった。


 どうしよう、割とギリギリなのかな? もしくは日本語が分からないパターン……それだ。


 あの女神様なら、そんなお約束もうっかりでやらかすに違いない。


 まあ話せないなら話せないでいいか。


 特に困らないだろうし。


 呻き声を上げていた男性はまだ息がありそうだけど、女性はどうなんだ? ピクリともしてないぞ?


 生死確認のためにそろそろと手を伸ばす。


 幼女は手を見つめるだけで何もしてこない。ガブリといかれても困るけど。


 口元に手を当てて呼吸を確認する。あ、まだ息があるや。よかったね?


 打ち身とか怪我が原因なのか、それとも溺れて意識がないだけか。


 まあいいや、宝箱に任せよう。


 なんか怪我とか意識とか戻るやつ、お願いします。


 ポケットの中で宝箱が開いた気配。縮尺を無視して何かが出てくる。おいおい。


 ポケットの頭から顔を出したそれをムンズと掴んで引っ張り出す。


 出てきたのはクリスタル製の瓶に詰められた青い水だった。


 ……飲み薬かな? 言わずもがな初見。


「飲ませると治るよ?」


 怪しげな水を幼女に差し出す。たいーほ。


 疑問系なのは仕方ないんだ。もし死んだら文句は神様に言ってね?


 幼女の反応はない。


 むしろさっきより瞼が落ちてきている。


 しょうがないな。


 突き出した瓶の蓋を開けて、幼女の顎を掴む。


「あ~?」


 見本を見せるように口を開けてみると、幼女の口がゆっくりと開いていく。


 今です。


 飲み薬を垂らした。


 半分程飲ませて、半分の半分ぐらいが顎を伝わって落ちた。


 しかし効果は立ちどころに表れた。


 幼女の体が仄かに青く光り、そして納まった。


 それだけで落ちかけていた瞼が開いた。


 パチパチと何度か瞬きを繰り返している。


 本当に便利だな、宝箱。


 有用性が天井知らずなんだけど。


 なんか言うかな?


「……」


 しかし期待を裏切って、幼女は声を発しなかった。


 ただクリスタルの薬瓶をジッと見つめるばかり。


 ああ、まだ何処か痛かったりするのかな?


「あげる」


 再び差し出した薬瓶を、幼女がおずおずと受け取った。嬉しそうでも申し訳無さそうでもない顔で。真顔というか、表情がないというか。なんかチグハグな娘だな?


 まあいいけど。


 大した大きさじゃない薬瓶も幼女に掛かると両手持ち。零さないかな? まあ零したらまた宝箱に頼もう。


 瓶と僕とを交互に見ていた幼女に頷いて返した。イマイチ言葉が伝わってるかどうか分からない。


 すると幼女は瓶を倒れてる女性の口に突っ込んだ。これ僕が示唆したことになりますか?


 微妙に噎せ返っている女性に構うことなく瓶を上下して一滴残らず飲み干させる幼女。子供って凄い。


「ゲホッ、ゴホッ! ……ぐっ、……ハァハァ……な、なに?」


 お、言葉が分かるぞ?


 自称神様の仕事ぶりが今のとこ完璧。なのに何故だかガッカリを覚える。不思議な気持ちだ。あの女神様ならやってくれると思ってたのに。


 噎せ返っている辺りで体が光っていたので効果はあるのだろうと分かっていたけど、それとは関係なく苦しいことは苦しいらしい。幼女の勢いにも問題があった。


 焦点の合っていない瞳で森を見つめていた女性だったが、幼女に抱き着かれると直ぐさま意識を取り戻し抱き締め返した。


「リコ……! 良かった、ああ良かった!」


 リアル感動の再会とか初めて見たよ。助けて良かった。


 待ちぼうけとなっている間に男性の方の症状も確認する。


 脂汗が凄いな。時折漏れる呻き声から生きてはいるみたいなので、焦らなくてもいいんだろうけど。あれ? なんか片足と左手の指の方向が変だな?


 まあいいや。


 僕の倍ぐらい生きてそうだから、そういうこともあるよね。


「あ、あの……あ! リコ! ダメよ?!」


 男性の具合を確認していると、女性が青い顔で話し掛けてきた。幼女を抱き締めたまま。やっぱり薬瓶の半分だから効果も半分だったのかな?


 ポケットの中から再度クリスタルの薬瓶を取り出すと、女性を振り払って幼女が近付いてきたので、これまた再度差し出してみた。


「リ、リコ? あの?」


 再び繰り返される受け渡し。まだ二度目なのにもう慣れたのか躊躇無く受け取る幼女に女性の方が困惑している。


 直ぐさま蓋を取ろうとする幼女だったが、中々外れない様子。


 手伝って外してあげると、再びこっちを見上げてくる。頷く。さっきから頷いているが、実は意味無し。


「あ、あ……リ、リコ? あの、すいません、違うんです、その娘は言葉が……」


 女性と違って無口な幼女が口を開く。


「……おあい、あー」


「リコ?!」


 うん、意味が分からない。


 まあいいけど。


 驚きに硬直している女性を尻目に男性の口に薬瓶を突っ込む幼女。乱暴。繰り返される噎せ返り劇。女性との違いは関節がみるみる元に戻ったことくらい。


 ポーションってやつかな? 初めて見たな、ポーション。


 昔はコンビニで売ってたらしい。回復しない類のやつが。便利だなコンビニ。


 上半身を起こした男性は、先程の女性同様寝ぼけ眼で視線をフラフラとさせている。


「…………ここは?」


「あ、あなた?! ……っ、うう〜〜っ!」


「アンナ?」


 突然女性に抱き着かれて困惑してる男性。リアルラブシーンだ。間近で見るのは初めてだな。


 これは経験しなくても良かったかな……。


 生まれて初めて感じる途方も無い疎外感は、海を見つめることで誤魔化した。ほら? あんなに青いよ。


 ボーッと海を見ていると、ジャージの裾を引かれた。


 振り返ってみると、空になった薬瓶を突き出す幼女と、それを見てどうしていいか分からないといった表情をしているカップルがいた。


 うん、どうしようねえ?


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