第27話 玲愛の独白

 私が小学生の時、父が家を出て行った。原因は父の浮気だった。


 母は父が大好きだった。初め浮気が発覚した時も責めることなく、一緒にいてくれるならそれでいい、なんてことを言っていた。子供ながら、母の気持ちが少し歪んでいるのを感じた。


 昔、母は父と大恋愛を経て結婚したのだと聞かされたことがある。それがどんなものかはよくは知らないが、人気のある父を他の女から勝ち取ったのだと言っていた気がする。


 だからだろうか、二人のことをそれまでは理想の夫婦像だと思っていた。しかし、浮気をしたはずの父の横柄な態度、そんな父に縋るような母を見て、二人の関係はとっくの昔から歪んでいるのだと分かった。


 結局、父は私と母を捨てて浮気相手の女のところへ行ってしまった。私は浮気発覚後から父を見限っていたので、正直なところせいせいした。だが母は違った。今も父の影を追いかけており、繋がらない電話番号にかけたり、返事のこないメールを送ったりしている。ボーッと携帯を見ていると思ったら、過去の写真を眺めていたりしている。


 そんな両親の姿を見て、恋愛ってなんだろうと幼いながら考えた。溢れんばかりの愛を享受しながら、他の女のもとへ行ってしまった父。最愛の人に裏切られたはずなのに、今もなお好きでい続けている母。どちらも理解ができなかった。


 ただ、二人の関係で強者がどちらかは明白だった。父だ。父のようになりたいとは思わないが、恋愛において立場は重要なのだと幼心ながら理解した。私は母のようにはなりたくないと思い、絶対に上の立場を勝ち取れるようになりたいと思うようになった。


 幸いにも、容姿には優れていた。あとは少し身なりに気を付けるようにして、愛想をよく接するようにした。すると周囲の男たちは忽ち私に惚れていった。これが強者の景色なのだと思うと、爽快で、しかし虚しかった。


 好きでもない男を惚れさせるような日々。次第に私の恋愛感情は壊れていった。ずっと好きだという感情は受け取るが、私からその感情を発信することはなかった。だんだん好きになるという感情が分からなくなってくる。


 高校に入って、一つの目標を立てた。全校生徒の男子を惚れさせること。私の恋愛強者計画の総仕上げだと思った。これでこんな馬鹿げたことを辞められる、そんな期待もあった。


 しかし、そんな私の計画に障害が現れた。"盾"だ。誰が言い出したのか、男子生徒をどんどん落としていく私は"矛"と、入学以降すべての告白を断っている先輩は"盾"と名付けられた。


 初めその噂を聞いた時、それは逆でも成り立つのではないだろうかとも思った。だけど、この組み合わせになったのは運命的だとも思った。"盾"を落とすことが、私の最終目標なのだと思えたのだ。


 どうやって接触しようか。そんなことを考えていると、意外にも向こうから接触してきた。


 ある日の放課後、私は傘を持ってきていないのにも関わらず外が大雨であるのに絶望していた。最悪だ。そんな私を見て、話しかけようか悩んでいる男子生徒が視界に入る。相合傘をしようととか、恩を売って後から何かを請求しようとか、そんな下心が透けて見える。


「まじかぁ」


 自分の置かれている状況に絶望し、ついそんな声が漏れてしまった。すると、隣に立っていた人から傘を差し出されてしまった。


「これ使っていいよ」

「は?」


 しまった、隙を作ってしまった。私は瞬時に拒絶しようとしたが、そのまま傘を押しつけられてしまった。この人は一体何を要求してくるのだろうか、そう身構えていると、彼はカバンからもう一つ傘を取り出し、優雅に帰宅し始めた。私はそれを呆然と見送っていた。


 今思うと、なんともシュールな光景だと笑ってしまう。


 私が戸惑っていると、周りの人が「あれって"盾"だよね」と話していて、先輩の正体を知った。結局、その傘を使って家に帰りながら、なんで貸してくれたんだろうと考えたが、もしかして"盾"なりの宣戦布告、先制攻撃なのではなんて考えていた。


 そして翌朝、先輩の登校を待って、来たところを問い詰めたけど拍子抜けで。けど、その様子を撮られて、これが本来の目的かと思ったらまた違って。思い返すと、最初から先輩に振り回されていた。


 それから先輩とお話しして、本当に恋愛感情がないということを聞いた。少し親近感を持ったが、ラスボスに相応しい相手だなとも思った。


 全ての告白を断る男子なんていけ好かないやつか、とっつきにくい人なのかなと思っていたが、先輩はとても話しやすい人だった。シスコンなのが玉に瑕だが、人気なのもわかる。


 先輩は本当にシスコンだ。私と一緒に下校できるというのに、常に妹ちゃんからのメッセージが来ていないか気にしている。もし妹ちゃんに呼ばれたら、私との約束を断って行っていたのではないだろうか。でも、可能な限り私の要望を叶えてくれるのが少し嬉しかった。


 学校がある日は先輩と一緒にいられる時間が少ないと思った私は、人生で初めてのデートに誘ってみた。先輩は快諾してくれたので、その日の晩にデートスポットやプランなどを調べまくった。色んなサイトを巡回している内に、デートの日が楽しみになっている私がいた。


 デート当日、集合時間5分前くらいに到着すると、既に先輩の姿があった。その隣に大学生くらいの女性が2人いて、先輩に話しかけていた。逆ナンだとすぐに分かった。一体いつからいたんだろう、やっぱりモテるんだな、なんて考えていると胸が少しムカムカしてきて、気づいたら先輩の腕を掴んでその場から強引に連れ出した。


 私とのデートを前にして、他の女と一緒にいたことを色々問い詰めてやろうと思ったが、私のために早めにきた結果だと言われて、何も言い返せなくなった。


 それからモールでウィンドウショッピングをしたが、意外にも先輩と趣味が合った。私が気になるもの全てに先輩も食いついて話を盛り上げてくれた。おかげで何も購入しなかったが、有意義な時間を過ごせた。


 先輩に私の計画の進捗具合を問われて、そういえばそんなものあったなと思い出した。最近、先輩以外の男子のことを気にしたことがなかったのに初めて気づいた。


 少し"運命"なんて言葉を意識し始める。馬鹿げた言葉だなんて思いながら、少し試したいことを思いつく。デートプランを組んでいる時、好きな人と恋愛映画を見るといい雰囲気になるぞという情報を見ていた。もしかして、なんて少し期待しながら私たちは映画を見ることにした。


 結局、私たちの間にいい雰囲気なんてものは生まれなかった。それ以前の問題で、私は映画の登場人物に共感できなかったのだ。周りのカップルはこっそり、かつ大胆にイチャついている。私に恋愛は無理なんだと突きつけられている感じがした。


 帰り道、公園に誘い、私には好きになるという恋愛感情がないことを告白した。そして、そうなった経緯、私の過去について話した。


 私の話を黙って聞いてくれた先輩は、急に私に抱きついてきた。一瞬突き放そうとしたが、身体はそれを受け入れていた。


 そして、今日の私とのデートが楽しかったこと、先輩もあの映画には共感できなかったこと、だからあの映画を見て共感できなくても悲観することはないということ、そして……先輩にとって私には魅力があることを伝えてきた。


 これで"矛盾"の勝敗は私に軍配があがったと言えると先輩が言うが、やはり完全に恋に落ちてもらわないとダメだ。この関係は継続すると言うと、先輩は笑って承諾してくれた。


 先輩は今後、私が折れない限りアプローチしてくれてもいいと言ってくれた。これからはより一層手を強めていきたい。それが何年、何十年とかかろうと、絶対に先輩を落としてやると決めた。


 先輩が私の胸を触って、心臓の音を大きくさせたのはすごく嬉しかった。情欲をぶつけられて嬉しかったのは初めてだった。


 帰り道、私は初めて母の気持ちがわかった気がした。縋っててでも離したくない相手。そんな人が現れた気がする。いや、確信した。


 そして私は母のようにはならない。捕まえた相手は絶対に逃さない。今まで培ってきたことが活きようとしている。馬鹿げたことだと思っていたのが役に立つ。それも先輩のおかげだと思うと、胸の辺りが暖かくなる。


「好きです、先輩」


 自室でそう呟いてみると、顔が熱くなるのと胸がポカポカするのを感じた。そうか、これが好きになるという恋愛感情なのか。


 "矛"が"盾"に貫かれるなんてと自嘲して見せるが、この気持ちは止まらない。


 絶対に先輩を私のものにする。そして未来永劫私のそばから離れないようにする。先輩は相手に依存するタイプだろう。私ならできる。なんなら共依存になりそうだが、二人で溺れていくならそれも本望だ。


 天敵はおそらく妹ちゃんだろう。今度、先輩に妹ちゃんを紹介してもらおうかな。私の妹になるかもしれないし……なんて。冗談、にならないといいな、なんて。ふふ。

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