第24話 妹ってなんぞ

 今日の昼も、男たちの不毛な議論が始まる——


「なあ、妹ってなんだと思う?」


 将生と徹の二人は、また始まったよといった感じのため息をつく。


「眞也〜、お前が恋愛に対して前向きなのはいいことだと思って今まで付き合ってきたが、今日のお題は妹? いくらシスコンでも、超えたらいけないラインがあるんじゃないか?」

「待ってください、将生くん。たしか眞也くんの妹さんは義妹ですよ。我が国の法律上、義兄妹の結婚は認められています」

「え、そうなの? ……なら、応援するしかねえなあ! やっと眞也も恋愛ができるようになったんだなぁ……今日は祝いだな!」

「えぇ。この先、色々困難があると思いますが、僕たちで支えていきましょう!」

「待て待て。誤解してるぞ。俺は純粋に妹という存在について聞きたいんだ」


 二人の勘違いを正すと、なーんだといった感じで唇を尖らせ、興味が削がれたといった表情を浮かべる。


「おい、なんだその顔は」

「だってよ〜、やっと眞也と恋バナできると思ったのによ〜」

「眞也くんと恋バナができる時が来るのは、まだまだ先ということですよ」

「だなあ」

 

 なに勝手に決めつけてるんだ! と怒鳴りつけたいが、まあ原因は俺にあるわけで、文句を飲み込んで会話の軌道を修正する。


「とにかく、妹という存在について教えてくれよ。たしか将生はいたよな? 徹は姉だっけ」

「あぁ、中学と小学に一人ずつな。妹なぁ……昔は兄ちゃん兄ちゃんって懐いてくれていたが、中学に上がった瞬間、反抗的になったなあ。今ではろくに会話もしねえ。小学の妹もそいつを真似してか、だんだん反抗するようになってきたな」


 なんだか俺が抱いている妹像と違う。家庭によって違うと思うが、ここまで違うとは。


「僕は姉なのであまり参考になるとは思いませんが、そうですね。絶対に逆らえない相手、でしょうか。我が家において、姉の地位は母に次いで絶対的な立場にあります。父ですら姉の言いなりです。逆らおうものなら、謎理論が飛んできて気づいたら負けているんですよ」


 二人は兄弟関係に苦労しているのか、二人は顔を合わせて、はぁとため息をつく。なんだか可哀想に思えてきた。今度何か奢ってやりたい気持ちになる。


「まあ、お前と珠白ちゃんみたいに仲良いのは珍しいってことだ。もし珠白ちゃんとの仲を気にしているなら、問題ないぞ。お前たちほど仲のいい兄妹は見たことない」

「えぇ。ちなみに、同性同士の兄弟でも同様ですよ。僕の周りの友人、皆そうだと言っていました」

「そっか……」


 思ったより、俺と珠白の仲の良さはレアケースらしい。そもそもこの関係自体が特殊なのだが。


「それにしても、眞也は立派に兄貴やっている気がするよな。突然妹ができて、戸惑いとかなかったのか?」

「戸惑い……少しはあったと思うけど、会った瞬間、俺はこいつのお兄ちゃんなんだって心構えができたんだよなぁ」


 再婚相手と顔合わせをしようと母さんに連れられて、レストランで新しく妹となる珠白と会った時のことを思い出す。


 先にレストランに着いていた俺を見た珠白と伊墨さんは「あっ」という声を漏らした。俺もその声に反応して振り向き、「あっ」と声が漏れた。隣で母さんが困惑していたのを思い出すと、少し笑えてくる。


 伊墨さんからは改めてあの時のお礼を述べられ、そして、言われたんだ。


「君が珠白のお兄ちゃんになるのなら心強いよ。これからよろしくね、お兄ちゃん」


 初めて大人に頼られた気がする。気分は最高潮になり、俺は即その気になった。


 先ほど再会してから、ずっと目を合わせることができなかった珠白を真っ直ぐ見る。恥ずかしいのか、それとも緊張しているのか、伊墨さんに隠れるようにくっついている珠白に手を伸ばす。


「俺は眞也。今日から君の……珠白のお兄ちゃんだ。よろしくな!」


 すると、珠白は赤く染まった顔を俯かせながら、ゆっくりと俺の手を取ってくれた。この時、俺たちは兄妹になれたんだと思う。


 脳内で記憶を回想をしていると、将生が「あっ」と何かを思い出したかのような声を出す。


「妹といえば、最近オレの彼女の妹がやたらとオレと二人っきりになろうとするんだ。どうしてだと思う?」

「え、どうしてだろう」

「もしかして、オレから滲み出ている兄貴っぷりに妹心が暴走してるのか? ふっ、オレも立派な兄貴ってことだな」

「なるほどなあ。たしかに将生を慕っている後輩も多いし、そういうことなんじゃないか?」


「あ、僕にも似たような悩みがあります。以前、彼女のお姉さんと連絡先を交換したのですが、僕にしか相談できないからって彼女抜きで会おうっていう誘いが来ているんです」

「へー、頼られてるんだな。たしかに徹なら忌憚のない有用な意見をズバッと言ってくれそうだしな」

「へへ、そうですかね。いやはや、頼られるというものは少し照れますが、嬉しくなるものですね」

「そうだな〜」


 そんな会話をしていると、弁当袋を持った沙樹が俺たちの隣まで来ており、マジかこいつらといった顔をしている。俺は気になって声をかける。


「どうした、沙樹。そんな表情浮かべて」

「いや……え、なに。あんたと一緒にいると、そういうのに鈍感になってくるわけ?」

「そういうのってなんだよ」

「だから……はぁ。自分で考えてー」


 呆れ声で突き返された俺は、将生、徹と顔を合わせて首を傾げあう。


「ところで、今回はなんでそんな話題をあげたんだ?」

「今までの流れからは少し外れてますよね」


 二人の疑問に対し、俺はうーんと少し考えて答える。


「流れ……はそこまで外れてないんだよな。今度、珠白とデートすることになってさ」


 カチャンッ


 音がした方を反射的に振り向く。床を見ると、さっきまで沙樹の手元にあった弁当袋が落ちていた。一向に拾う気配がないため、沙樹の方に目を向けると、絶望顔で固まっていた。


「おーい、沙樹。落としたぞ?」


 弁当袋を拾い渡してやると、「あ、ありがとう」とお礼を言われながら受け取ってくれた。


「一体全体どうして妹とデートすることになったんだよ」

「俺から誘ったんだよ」


 カチャンッ


 また床に弁当袋が転がされている。そして相変わらず沙樹はそれを拾おうとしない。また落としてもなと思い、拾った弁当袋を今度は沙樹の机の上に置いてやる。


「眞也くん。先ほどは妹さんと恋愛は関係ないと言っていたじゃないですか」

「そうだそうだ。どっちなんだよ」

「お前らが珠白と付き合う云々言い出したから否定したんだろ。……なんていうか、ケジメをつけようと思ってな」


 俺の回答を聞いても、二人は納得のいかないと言った顔をしていた。

 そして沙樹は昼休憩終了のチャイムが鳴るまで固まっていた。

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