第25話 妹とデート

 再び訪れた日曜日。


 先週と同じく、今日もデートをする予定であるが、先週の相手と違う。なんかこの部分だけ聞くと、俺は節操のない奴だなと心の中で自虐してみせる。


 集合場所、と言っても家の最寄駅だが、そこで相手を待つこと30分。今日のデート相手の姿が見えてきた。


「お、おまたせ、お兄ちゃんっ」

「あぁ。今来たところだよ……なんて」

「もう、お兄ちゃん。同じ家なんだから、お兄ちゃんがいつ出たか、わたし分かってるんだよ? えへへ」


 はにかむ珠白の今日の格好は、純白のワンピースに小さいポシェットと、可愛いを前面に押し出した穢れなき少女といった感じだ。天使って実在するんだな。


 今日も相変わらず、外での集合となっていた。今思うと、今までの珠白とのお出かけの始まりもデートの始まりみたいだなと思う。


「今日の格好も可愛いね。似合ってるよ」

「えへ、えへへ……」


 両手を擦り合わせ、もじもじと照れる珠白は更に可愛らしく思える。


 珠白は集合時間通りに来てくれたためちょうど電車が来ることを知らせるアナウンスが流れ始めた。


「それじゃあ、行こうか」

「あっ……うんっ」


 俺が差し出した手を、珠白は恥ずかしそうに繋ぐ。いつもは珠白からだからか、少し驚いた様子を見せている。


 俺が繋がれた手を離すと、「あっ」という悲しそうな声が聞こえたが、恋人結びで繋ぎ直すと、ぎゅっと強く握り返された。




* * * * *




 電車に乗り込み、30分ほど揺れる。そして、今日の目的地である水族館の近くにある駅で降りた。


 その間、俺と珠白は手を一切離すことはなかった。こんな手の繋ぎ方をしているからか、今日はやけに珠白との距離が近い。たまに珠白が恥ずかしそうに離れていくが、気がつけばまた近くにいる。


 そのまま駅まで歩き、到着してからスマフォ上のチケットを見せて館内に入った。さすが日曜日。他のお客さんの数も多く、チケットの購入待機列は結構な人数が並んでいる。事前にネットで購入しておいてよかった。


「お、お兄ちゃん。チケット代、いくら、だった?」

「あぁ、いいよ。今日は俺が奢るから。デートだもんな」

「あっ……うん! ありがとう、お兄ちゃん!」


 館内に入って、最初に俺たちを歓迎してくれたのは大きな水槽の中を泳ぐマンボウだった。周りを小さな魚たちが泳いでおり、どんどんマンボウを追い抜いていく。マンボウはそんなもの意に介さず、のんびりと泳いでいる。


「大きい……すごい……」


 そう呟く珠白は、マンボウをキラキラとした瞳で眺めている。その様子を見て口元が緩んでしまう。


「そういえばマンボウって打たれ弱いって聞いたことがあるな……」

「あれってデマみたい、だよ。そんな事例が確認されたことはない、みたい」

「え、そうなのか。珠白は物知りだなあ」


 珠白の頭を撫でてやると、照れながら「えへへ」と声を漏らしている。物知りに加えて可愛い、だと!? 最強かこの子は。


 それから俺たちはいろんな展示を見た。


 ハリセンボウのところでは頬を膨らませて真似をしてみたり、幻想的なクラゲの浮遊を眺めたり、クマノミを見て昔観た映画について花を咲かせたり……。


 ちょうど昼頃になったところで館内のレストランに到着したため、そのまま食事にすることになった。


 なんとレストラン内からイルカショーが見えるという、最高のロケーションをしている。


 流石にここでは魚料理提供してないよなぁとブラックジョークを心の中で呟く。結局、二人ともビーフバーガーを注文した。


 そして、食事をしながらイルカショーを楽しんだ。今回は上の位置からガラス越しに見ていたが、下の間近の席で、水を浴びてしまうような楽しみもいいなと二人で話し、また今度来た時はそうしようとなった。


 それから、館内巡りを再開し、最後のコーナーであるペンギンコーナーまで辿り着いた。


「か、かわいい……!」


 ペンギンを前にして、珠白は今日一の興奮を見せる。


 ガラス越しに珠白がペンギンを眺めていると、なんと1羽のペンギンが目の前まで歩いてきた。


「こ、こんにちは。えへへ、ペタペタ、ペタペタ」


 珠白はペンギンの歩き姿を真似て、下に垂らした両手を手首から地面と平行にし、その場で足踏みをして見せる。しばらくそれを続けていたが、ハッとこちらを見て固まる。その顔は耳まで真っ赤だった。


「ぺ、ペンギンさんが、かわいくて!」

「あぁ、可愛かったな。珠白も」

「……うぅ!」


 拗ねた様子の珠白は、俺の胸をポコポコと殴ってくる。全然痛くない。ただただ可愛い。


 その後、お土産コーナーでお揃いのペンギンのキーホルダーを買った。


 なんだか本当にカップルみたいな水族館デートを行えたなと思いながら、俺たちは水族館を出る。


「けっこう楽しかったな」

「うん! 連れてきてくれてありがとね、お兄ちゃん! また、こようね?」

「あぁ。……それじゃあ、駅に戻ろうか」

「もう、帰るの?」


 不満げな珠白に、俺は笑顔を作って言う。


「実はもう一つ、行きたいところがあるんだ。……ついてきて欲しい」




* * * * *




 俺が行きたかった場所。珠白と初めて会った公園に着くと、「ここは……」と珠白が声を漏らす。


 再婚してから今の家がある隣町に引っ越したため、ここには俺も久しぶりに来た。


 あの時のように、俺たちはベンチに座る。そして一呼吸入れて、俺は話を始めた。


「実はな、お兄ちゃん、珠白に言わないといけないことがあるんだ」

「うん」

「それが、もしかしたら軽蔑されるかもしれない内容なんだ。……だから、もし嫌だと思ったら、遠慮しなくていいからな」

「ううん。大丈夫。わたし、お兄ちゃんの言いたい言葉、聞きたいな」


 そう言ってくれる珠白の瞳は、俺の目を真っ直ぐと見つめていた。そこに確かな覚悟を感じた俺は、自分も覚悟しないとなと深呼吸をする。そして——告白をする。


「お兄ちゃん……いや、俺は、珠白に一目惚れしていたんだ」

「え!」


 目を丸くさせ、両手で顔を隠して驚く珠白。俺は言葉を続ける。


「……驚かせてごめんな。気持ち悪いよな」

「ううん! わ、わたし、嬉しいよ!」


 ひとまず拒絶されなかったみたいで安堵する。


 俺は公園を見渡しながら、懐かしさを感じながら言う。


「俺と珠白が初めて会ったのは、この公園でっていうのは覚えてる?」

「うん、覚えてるよ。泣いてるわたしを、お兄ちゃんが優しく、してくれたんだよね……えへへ」

「そう。泣いてる姿を見て、助けなくちゃって思ってな。でも、結局一緒にいることしかできてなかったけど」

「そ、そんなことないよ。わたし、すごく嬉しかった……」


 珠白はあの頃のことを思い出しているのか、目を瞑りながら両手を自身の胸に当てている。


「あの時、場違いなことにな、珠白の顔を見て……可愛いって思っちゃったんだよ」

「か、かわいい……」

「多分、あれが俺の初恋だったんだと思う」

「お兄ちゃんの初恋! 相手は、わたし……えへへ」


 両手を赤くなった両頬に当てて、もじもじと身体を捩らせる珠白を見て、俺も少し恥ずかしくなる。


 そしてもう一つ、伝えないといけないことがある。深呼吸をかませて、俺はそれを伝える。


「……でもな、安心してくれ。今の俺は珠白のお兄ちゃんだ」

「うんっ。……うん?」

「確かに俺は一度珠白に恋をした。でも今は珠白のお兄ちゃんであることに誇りを持っている。だから、どうか今後も今まで通りに接してくれないか……?」

「…………」


 俯いたまま、急に黙り込む珠白。返事をしてくれなくて、俺は不安に襲われる。


 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げた珠白は恐る恐る話し始める。


「あ、あの、お兄ちゃん。ちょっと整理、させて……」

「うん。急にこんなこと言われて混乱するよな」

「いえ……その、お兄ちゃんは、わ、わたしのことがす、好きなんですよね?」

「あぁ、好きだぞ。でも、女の子として好きだったのは昔で、今は妹としてな」

「……それで、今はお兄ちゃんと妹だから、このまま変わらない、と」

「そうだ。ごめんな、俺の自己満足に巻き込んで」


 すると、また珠白は黙り込み始めた。いや、聞き取れない声量でぶつぶつと何かを呟きながら、考え込んでいる。


 しばらくして、考えがまとまったのか、うんとひとつ頷いた。


「ごめん、お兄ちゃん。ちょっと、今日は疲れちゃった。もう、お家に帰ろ?」


 俺はそれに素直に従い、「そうだな」と言って一緒に帰路についた。帰り道では、俺たちは手を繋ぐことも、話すこともなかった。

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