第19話 ギャルと話したい
翌日。
一時間目の授業が終わり、教室が騒がしくなってきた。
一時間目の科目は数学だった。朝一発目にして重たい科目だったなあと、あくびを堪えながら教科書やノートをカバンにしまう。代わりに次の授業の教科書をカバンから取り出し、机の上に置いて授業の準備は完了だ。
さて、今日の休憩時間にはやりたいことがある。
隣の席を見ると、沙樹が両手でスマフォを操作していた。忙しない指の動きから、メッセージを送っているのかと推察する。
邪魔したらいけないなと思いつつ、目的を達成するために声をかけることを決める。
「なあ、沙樹」
「んー?」
沙樹は視線だけ一瞬こちらに向けたかと思うと、すぐにスマフォの画面に戻した。操作する手の動きは止まらない。
「今いいか? 忙しい感じ?」
「別に大丈夫ー。このままでも話できるし。で、どしたのー?」
そういうことならば遠慮せず、話を続けようと思う。
「いや、ちょっと沙樹と話したいなって思って」
すると、今まで活発だった沙樹の指が一瞬ピタッと止まった。「ん?」って思ったのも束の間、「へ、へぇーウケる」と言って動きが再開する。
「てか浅野から話しかけてくるの珍しくないー? 超レアイベントじゃん」
「俺ってそんなに話しかけてないっけ」
「うんうん。いっつもアタシからじゃん! そりゃ、たまにはあるけどさ。それなのに急にどしたんー?」
そう、今回沙樹と話そうと思ったのには明確な理由がある。最近、周りがやたら俺と沙樹の会話が短いことを弄ってきたからだ。本当に沙樹が俺のことあんまり好きじゃないのかもしれないと考えると、やはり少し胸が苦しい。そこで確かめようと思った所存である。
ただ、それをストレートに聞くわけにはいかないので、少し遠回りにいかせてもらう。
「いやあ、俺と沙樹って去年からの仲だけど、あんまり沙樹のこと知らないなって。だから、もっと沙樹のこと知りたいなって」
すると、再び沙樹の指が硬直する。「ふーん」と言いながら体を少し向こう側に捻る。顔が見えにくくなる。その体勢のまま、スマフォの操作を再開し始めた。
いつもならこんな感じで話が途切れるのだが、今日はそういうわけにはいかない。会話を続けていく。
「沙樹って勉強すげえできるよな。塾とか通ってんの?」
「んー? 通ってないよー? 授業聞いてたらほとんどわかるしー」
「マジか、すげえな。あ、そうだ。よかったら今度勉強教えてくれない?」
「……へ? ま、まあ別にいいけど? 浅野は数学が苦手だもんなー、仕方ないなー、ふーん……ふひっ」
そう言いながら、更に体の向きを変える沙樹。ほとんど顔が見えないが、代わりに真っ赤になった耳が見える。
あれ? ところで、俺が数学が苦手ってことなんで知ってるんだ? そんな有名レベルで苦手って自覚はないんだが……もしかして"盾"効果? "盾"ってそんな悪名も流れるのか!? 怖え……
「そういえば、どうして金髪にしたんだ? なかなか攻めたよな」
「あー、うん。えっと……」
どうも歯切れが悪い。聞いてはいけないことだっただろうか。
「あ、あー。別に無理して言わなくてもいいぞ」
「んー、まぁ気分よ気分ー。せっかく校則が許してんだし、イメチェンしてみよっかなってねー。……に、似合ってない?」
「いや似合ってるぞ! 最初はびっくりしたけど、今では沙樹といえば金髪って感じだよな。それぐらい馴染んでるよ。インナー入っているのもオシャレだよな〜。まあなんだ、すげえカッコいいよ。それに……」
「す、ストップ! わかったわかった! ……もうやめてぇ」
急に大声で止めてきたかと思えば、消え入るような声を漏らし、更に体の向きを変える。遂には俺と同じ方向を向いてしまっている。さっきからそうなりつつあったが、なんだこのシュールな会話風景は。周りから見て俺たちは会話しているように見えるのか?
やはり、俺と話すのはあまり気が乗らないのだろうか。
「……なあ、沙樹とこんなに長く話したのって初めてだよな。いつもは短い会話で終わるし」
「え? そうだっけ? ……アタシはそれでも満足してるからなー、なんて」
短い会話で満足……? つまり、俺と長い会話をする気はないってことか……? ということは、やっぱり……
「……ごめんな、長く付き合わせちゃって。あんまり俺と話したくないよな」
「……え?」
「もう俺からは話しかけないよ。勉強教えてくれる件も忘れてくれ。なんか用がある時くらいに——」
「イヤだ」
俯きながら放っていた俺の言葉を沙樹が遮った。
ゆっくり顔を上げると、さっきまで向こうを向いていた沙樹がこちらを向いていた。手にあったスマフォは机の上に置かれている。
びっくりしていると、沙樹が腕を伸ばしてきて俺の袖を掴み、縋るような目で俺を見つめてくる。その目には若干潤っている。
「……沙樹?」
「イヤだ。浅野ともっと話がしたい。怒ったの? アタシともう話したくない?」
「いや、逆に沙樹がそうなのかなって」
「そんなことない。もっと浅野と話がしたいよ。いつも会話が短くてごめんね。直すからアタシと話をして? ねえ、お願い」
「え、あ、うん。もちろんだよ。俺も沙樹と話したいから」
沙樹のあまりの勢いに少したじろぎながら、俺も話をしたいことを伝えると、今にも泣きそうだった沙樹の表情はパアッと明るくなった。しかし、すぐに顔を赤くしてまた俺から顔を背ける。
「そ、そう。まあ浅野がそう言うならねー。ささ、もっと話をしましょうよー」
なんて調子のいいことを言っている。
さっきので、沙樹のことがよくわかった気がする。沙樹って前から少し思っていたが、見た目に反してあんまりギャルギャルしてないんだよな。
それにさっきのを見て、イメチェン前の沙樹を思い出した。昔はあんな感じだった気がする。昔か……。
「そういえば、俺と沙樹ってどうやって仲良くなったんだっけ」
「は? 覚えてないの?」
「うーん、金髪がインパクトありすぎて、それ以前のがぼんやりで……すまん」
はぁとため息を一つついて、沙樹は話す。
「あれは2021年4月12日月曜日、2時間目の英語の授業前。アタシが教科書を忘れていたのに気づいて困っていたら、トイレから帰ってきた浅野がアタシに自分の教科書を貸してくれたんだよねー。当時、アタシは友達がいなかったし、人に話しかけるのが苦手だったから、すごい助かった。アタシとは席も離れていた浅野は、隣の人に見せてもらうからってさー、ふひっ」
「あ、あーそんなことがあった気が」
「次に話したのは2021年4月20日火曜日の放課後。図書館でさ、アタシが取ろうとした本を浅野も取ろうとして、手が触れ合ったんだよねー。ふひっ、少女漫画のシーンかって思ったよねー。結局、浅野は本を譲ってくれたよねー。浅野は本当に優しいよねー」
「それは俺も覚えてるなあ。同じこと思ったし」
「ホント!? ……ふひっ。それで次は〜」
結局、沙樹は俺と話した時のエピソードをチャイムが鳴るまで淡々と話し続けていた。
それを俺は記憶力がいいなあと感心しながら聞いていた。授業を一度聞くだけでいいって言ってたし、やっぱり記憶力が抜群みたいだ。
その次の休憩時間、お前たちはどんな体勢で会話をしていたんだと将生と徹に揶揄われたのだった。
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