第17話 お隣さん

 玲愛と歩いて駅まで着いたところで、俺たちは別れることになる。

 どうやら玲愛は俺とは真逆の方向らしい。


 ただ、電車が来るまでもう少し時間があるため、駅のホームで少し駄弁ることにした。


「妹さんの写真って持ってたりしますか? あっ、先輩シスコンだから持ってるに決まってますよね」

「まあ持ってるけど……気になるの?」

「そうですね。先輩をそんなシスコンにした妹さんがどんな子か、参考までに気になります」

「参考?」

「それはもちろん、先輩を落とすためですよ」


 そう言って玲愛はクスクスと笑う。その笑みに少し妖艶さを感じた。

 

 そんなのに妹が参考になってたまるかと思いながら、スマフォを操作して妹の写真一覧を表示させる。

 時間があればどの写真を見せるか吟味したいところだが、電車が来るまでそこまで時間がないため、最近の写真を適当に選んで玲愛の前に出す。


「ほら、自慢の妹だ」

「へぇ……たしかに可愛いらしい子ですね。でも、これは何をしている写真なんですか?」

「怖いくせになまじ興味はあるから、ビビりながらホラー特集の番組を見ているところだ」


 俺が選んだ写真は、ソファに座ってテレビと対面し、クッションで顔を隠しながらチラチラとテレビを見ている珠白の姿が写っているものだった。


「なんでそんなところ撮っているんですか」

「可愛いかったから」

「まあ、わかりますけど。でも、顔を見たいって要望に対してこれをセレクトする先輩のセンスはわからないですね」

「可愛いかったから」

「……はぁ。別のも見せてくださいよ」


 呆れた口調で更なる要求をしてくる玲愛。


 仕方がない。顔が全部写ってるやつに絞って、もう一度選び直してみる。この前、髪を切って帰ってきた珠白の写真を撮ったのを思い出し、それを探し、見つけた。少し照れた表情を浮かべ、慣れないピースをした天使がそこにいた。

 再度スマフォの画面を玲愛の方に向ける。


「あっ……妹さん、本当に可愛いですね」

「だろ?」

「どうして先輩がドヤってるんですかぁ? ……さっきも思いましたが、妹さんの髪色って明るいですね。先輩は黒いのに。それに顔もあまり……この子、本当に妹さんなんですか? 先輩、誘拐してませんか?」

「するわけないだろ! ……正真正銘、俺の珠白は妹だよ。血は繋がってないけどな」


 俺の言葉を受けて玲愛は「えっ」と驚愕の声を漏らす。

 次第に、申し訳なさそうな表情を浮かべ始める。


「あの、あまり触れない方がよかったですか? ごめんなさい……」

「いやいや、全然いいんだよ。俺は珠白のことを本当の妹だと思ってる。血の繋がりとか、そんなの関係ないんだよ」

「……そうですか」


 玲愛は「ありがとうございます」と言葉をつづける。

 別に玲愛をフォローして言ったわけじゃない。本当に心からそう思っているんだ。珠白は俺のかけがえのない妹で、他の何者でもなく、そして俺は珠白のお兄ちゃんなんだ。初めて会ったあの時から。

 

 そこで、俺が乗る予定の電車が来るアナウンスが流れた。ふと線路の方を見ると、電車の姿が見えた。


「電車がきたな。それじゃ、またな」

「はい、先輩。今日は付き合ってくれてありがとうございました。また一緒に帰りましょうね」

「あぁ」


 別れの挨拶をして玲愛から離れ、電車に乗り込む。車窓から微笑を浮かべて小さく手を振っている玲愛が見えたので、俺も軽く手を振る。


 扉が閉まり、自分を乗せた電車が出発した。その瞬間、玲愛の口元が動いた気がしたが、声を聞き取ることはできなかった。


「……義理の妹の方がまずいんじゃないですか、先輩」




* * * * *




 家の最寄り駅に到着した電車から降りる。

 結局、今日は珠白から連絡はなかったため、そのまま一人で帰ることになった。別に珍しいことではなく、一人で帰ることの方が多い。


 中学生の頃から同じ道を通っているため、特に目新しいものはなく、漫然と帰路を辿る。


 珠白がいたらこの帰宅時間も楽しいのになと考える。

 そういえば、さっきの学校から駅までの道のりも、思えば楽しかったなと振り返る。


 中原玲愛。

 うちの男子生徒全員を恋に落とすために、その障壁となる俺に絡んできた1つ下の後輩。


 最初は面倒なことになったなと思ったが、玲愛といる時間は存外苦痛ではない。これも彼女がモテる要因なのかもしれないが。


 それに彼女は、俺が玲愛に恋することで恋愛感情を取り戻せてWin-Winだと言っていた。実は俺も期待していないわけではない。

 ただ、恋愛感情を取り戻すために相手を好きになるのは……ちょっと嫌だなと思ってしまう。子供っぽい考えなのだろうか。


 でも、もしかしたら、自然に恋愛感情を……。


 そんなことを考えながら歩いていると、あっという間に家の前まで帰ってきていた。

 一緒にいなくても時間を短く感じさせるのかあいつはと、心の中でそんな冗談を呟く。


「あら、眞ちゃん? おかえり! 久しぶりじゃない!」


 家に入ろうとしたところで、突然隣から声をかけられた。

 声の主を辿ると、未だ若さを感じさせる中年の女性が立っていた。……隣の家の奥さんである。そして、


「た、ただいま。お久しぶりです」

「ホントね。中学校卒業以来かしら。あの子とは別の高校になっちゃったし。最近、深恋みことは会ってる?」


 幼馴染である海南かな深恋の母親である。


 俺は「会えてないですね」と返すが、少し歯切れの悪い言い方になってしまっていた。


「そう。昔はあんなに仲良かったのにね。まあ、あの子が通ってる学校はここから1時間かかるし、登下校の時でもなかなかタイミング合わないわよね」

「そうですね。あ、それではこれで」

「えぇ。そういえば、今度田舎の親戚からメロンが送られてくるそうなの。眞ちゃん好きだったでしょ? 届いたら言うわね」

「ありがとうございます。では」


 話を切り上げるようにして、俺は家のドアを開けて中に入る。


 別に深愛のお母さんのことは嫌いではない。昔から息子のように可愛がってくれたため、第二のお母さんと言ってもいいくらいだ。


 でも、こんな俺に、あの人たちと仲良くなる資格なんてないんだ。

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