第16話 帰路 with 矛

 本日の全ての授業が終わり、担任の話の長いHRも終えた。

 今日も今日とて部活のない俺は何の用事もないため、まっすぐ玄関口を目指すことにする。その前に、日課のスマフォの通知確認を行う。


「ん?」


 通知が一件きていた。

 珠白からだと思ったが、どうやら違うみたいだ。画面に表示されているのは見慣れない名前だった。しかし、最近強い印象を与えてきた名前だった。


 メッセージの受信時刻を見て、気持ち急いで教室を出ることにした。将生たちに軽く挨拶だけして、予定通り玄関口へ向かった。


 玄関口に着くと、一箇所に人集りができていた。軽く見渡すが男しか見当たらない。


「ねえ、誰か待ってるの?」

「俺と帰ろうよ」

「近くに美味しい喫茶店を見つけたんだけど、どうかな」

「お願いだよ。うちのマネージャーになってくれないかい? 何もしなくていいから!」


 集まっている男子生徒たちは口々に誰かを誘うよなセリフを放っている。


 団子の原因が何となく予想つく俺は、この後のことを考えて少し憂鬱になりつつ、ここで更に遅れを出したらもっと面倒なことになると分かっているため、即座に上履きを履き替えてその集団の中心へ向かう。


「おまたせ」


 声をかけた先は玲愛である。

 先ほど届いていたメッセージは玲愛からであり、ここで待っているという旨のものだった。そのため、この人集りの中心に誰がいるかは容易に想像ついていた。


「遅いですよ、先輩」

 

 こちらに笑顔を向けてくる玲愛。しかし、その目は笑っていない。明らかに怒っている。


「さ、行きましょう」

「あ、あぁ」


 周りの男子たちの声なんて聞こえていないかのように、玲愛はその場を去る。俺もそれについていく。しかし、背中に刺さる視線が痛いため、振り返って一言だけ言っておく。


「俺たち、友達だから!」


 反応が怖かったため、すぐに玲愛の方に向き直し、その間に開いてしまっていた距離を埋めるために玲愛のもとまで逃げるように小走りした。


 嫉妬の発生条件は理解しているんだ、俺。




* * * * *




 校門を出て、駅に向かう道を無言のまましばらく歩いたところで、玲愛が口を開いた。


「先輩が来るの遅かったらたくさん絡まれて大変だったんですよ?」

「さっきライン見たんだよ。それに、うちのHRは長いって有名なんだ」

「そんな事情知りませんよぉ」


 まあ1年生に知っとけという方がおかしな話ではあるが、メッセージに気づいてからは急いだぞと心の中で抗議する。


「いつもあんななのか?」

「そうですね。1人でいると、気づいたら周りに集まってます。なので、あの日の先輩もその内の1人だと思いましたよ」


 あの日ってなんだと一瞬思ったが、俺と玲愛の付き合いは短いため、それは俺たちの初対面の瞬間——俺が傘を渡したあの雨の日のことを言っていることだと理解できた。


「相合傘の誘いではありませんでしたが、恩を売ってくるタイプだなって。これは後で見返りを求めてくると思ったので、断ろうとしたんですけど、ふふっ先輩強引だから」

「人聞きの悪い言い方をするな。しかし、なるほどな。だから翌朝、あんなこと言ってきたわけか」


 傘を渡した翌日の朝の出来事を思い出す。


『はぁ。どうせ、見返りを求めて私に傘を渡したんですよね』

『だから助けなんて借りたくなかった……こうなることなら、びしょ濡れのまま帰った方がマシです。あの後すぐに雨は弱まるし……それで? 何がご要望なんですか?』

『この場では言えないような要求をする気なんですか?』


 あの2日間の玲愛の行動の全てに合点がいった瞬間だった。


 それにしても、相合傘の誘いをするなんて勇気のある奴がいるもんだなと思ったが、その日の帰りに自分が妹とそれをしていたことを思い出す。妹だからセーフだよね。


「まあ、今度から呼び出されたら急ぐようにするよ」

「呼び出したら来てくれるんですね、先輩」

「どうせこれも俺たちが仲良くするためなんだろ?」


 俺の問いに玲愛は「当たりです」と言って悪戯っぽい笑顔を向けてくる。いちいちこいつのすることは絵になるなと心の中でだけ褒める。


「と言っても、放課後は早めに帰るけどな。今日はこのまま駅に行って帰ろう」

「えっ……初めてです、私と一緒にいる時間を短くするように頼まれたの。屈辱的です、先輩のくせに」

「悪いとは思ってる」


 向こうから誘ってきたわけだが、わざわざ待ってくれていたのにこの仕打ちだ。本当に申し訳なく思っているため、玲愛の憎たれ口を受け止める。


「もしかして妹さんですか?」

「え、よくわかったな」

「昨日の今日ですので。それに先輩はシスコンですもんね」

「否定しがたいな……。まあ、今日はまだ連絡も来てないけどな」

「どうしてそんなに急いで帰るんですか? 結構歳の離れた兄妹だったりするんですか?」

「いや、中三だ」


 すると玲愛はドン引いた顔で「えぇ……」声を漏らす。


「まさか中学3年生だとは思いませんでした。ドン引きです」

「顔を見たらわかるよ……でも、お兄ちゃんってみんなこうなんじゃないのか? 妹が寂しいと言うなら、駆けつけるべきだろ」

「私一人っ子なのでその辺はよくわかりませんけど、周りにそんな兄妹はいなかったように思いますよ。先輩が超シスコンなだけです」


 なんかシスコン度が進化している。

 玲愛はうーんと少しだけ考えこむような仕草をしたと思ったら、はっと何かに気づいたような素振りをしてこちらを向く。


「もしかして、先輩が恋愛できないのってシスコンだからじゃないですか?」

「どういうこと……?」

「妹さんのことを優先しすぎて、他の女が見えていないんじゃないでしょうか。これならまあ納得できます」


 たしかにそんな設定の漫画を読んだことがあるなと思ったが、それが恋愛感情がわからなくなる理由にはならない気がする。それに、


「でも、そういえば、今日はクラスメイトの女子について思うことがあって……」

「はぁ?」


 突然、玲愛が怒気を孕んだ声を出して俺を睨んでくる。しかし元々の声が可愛いのでそこまで威圧感はないなと心の中で笑う。


「なんで私にあんな宣言させておいて、他の女に気がいっているんですか!」

「いや別にそういうんじゃないって。そいつとはたまに話す程度の間柄なんだが、そいつの悪口聞いてなんかムカッとしたんだよ」

「あー……ただの友人をバカにされて怒ったってだけですか。よかったです。私のプライドが保たれました」


 ほっと胸を撫で下ろす玲愛。その様子を見て、本当にそうなんだろうなと思ってしまい、自分の中のモヤモヤが晴れていく。


 なるほど、自分は沙樹のことクラスメイト以上友達未満だと思っていたが、いつの間にか友達以上になっていたんだな。それならあいつの悪口に対して怒る道理はあるな。


「そっか、俺とあいつは友達だったんだな。いつも会話を始めてもすぐにぶった切られるから、まだその領域に達していないと思ってた」

「もしかして先輩だけが友達だと思ってる感じですか?」

「えっ……」


 なるほど、その考えもあるのか。

 ……えー、そうだったら非常にショックです。泣いてしまいます。勝手に一人で舞い上がっていて恥ずかしいです。この体をどこかの穴にぶち込んでください。


 ショックのあまり歩みを止めてしまい立ちすくんでいると、それに気づいた玲愛も足を止めて、笑顔を作り、少し背伸びをして俺の頭を撫で始めた。


「冗談ですよ先輩。会話の適切な長さなんて人それぞれです。もしかしたら、そのクラスメイトの方はその長さが丁度いいかもしれませんよ。なので、あまり気にすることありませんよ」

「玲愛……」


 なんだこいつ。めっちゃ優しいじゃないか。


 後輩から温かい優しさを受けて感動する。自分の目標の妨げになってる奴に対して、お前ってやつは……ん?


「待て待て、元はと言えば玲愛が言ったことが原因じゃん」


 よくよく考えれば、それは見事なマッチポンプだった。


 玲愛は「バレちゃいましたか」と笑いながら俺から離れ、またクスクスと笑い始める。


「ちなみにそのクラスメイトはどんな方なんですか?」

「んー……一言で言うとギャルだな」

「すみません、先輩。ギャルが短い会話を丁度いいと思ってるとは思えません。もう一度落ち込んでください、慰めてあげますので」

「落ち込んでくださいってなんだよ! もういいよ、この話は……」


 結局は沙樹のみぞ知ることなんだ。沙樹不在でこの談義を続ければ続けるほど、俺の心が削れていく気がしてならない。


「あっでも、あくまで想像なんですけど、そのギャル先輩は先輩のことが好きで、恥ずかしくて話がうまく続けれないとかありますかね」

「えぇ?」

「でも、もしそうだったら可哀想ですよね。私にこれだけされても惚れてくれない、面倒くさい先輩を好きになるなんて。なのでありませんね。忘れてください」


 面倒くさい。まあ、自負している。だから俺は恋愛感情を取り戻したいんだ。


 それはそうと、沙樹が俺のことが好きである可能性、か。

 普段の俺とのやりとりを思い出す……


「うん、ありえないな」

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