第9話 矛盾、対談

 "矛"に誘われ、俺たちは屋上へ向かった。本校の屋上は生徒に開放されており、昼休憩は生徒の憩いの場所の一つになっている。


 そのため、俺たちが屋上に着いた時は多くの生徒がいた。しかし、俺たちを見た生徒たちは、並々ならぬ雰囲気(主に俺の隣から)感じたのか、そそくさと去っていった。俺的にはいて欲しかった……。


 目の前に対峙する"矛"を改めて見る。黒髪ショートヘアに長い触覚が特徴で、かなり整った顔をしている。将生がスタイルについて語っていたが、確かに胸が大きい。ウエストは引き締まっているが、お尻も大きいため、ほんの少しだけ肉付きを感じる。……男が好きそうな体型だなと思った。


 "矛"は他に誰もいなくなったのを確認して、ふぅと一息ついてから俺をひと睨みする。


「あなたの本当の目的はこれですか? "盾"先輩」

「本当の目的……? なんだそれは。てか"盾"先輩って」

「先輩について調べました。まさか私と対をなす"盾"だったなんて思いませんでしたよ」

「俺も自覚はしてないよ……」


 そんなもの、勝手につけられた称号だ。


「それで、本当の目的って?」

「とぼけないでください。コレです」


 そう言って、自分のスマフォをこちらに向けて前に出してきた。そこには先ほど見たばかりの例の写真が映されていた。


「写真まで仕組んでいたのかは分かりませんが、私が先輩に振られた、そのような形を他者に見せることで、"矛盾"に上下関係を作ろうとしたんじゃないですか?」

「じ、上下関係?」

「男ってすぐに上になろうとしますよね。結局先輩も、他の男と同じで——」

「待て待て待て」


 俺の制止を受け、「はい?」と眉をひそめる。


「俺にとって"矛盾"とかどうでもいいし、上下関係とかも考えてない。それに、さっきまで君のこと"矛"だなんて知らなかったし」

「本当ですか? 私、けっこう有名ですけど」

「"矛盾"の話自体は昨日初めて聞いたし、"矛"の容姿もさっき友人からその写真を見せられて初めて知ったよ。……それに、俺は君の名前も知らない」


 俺の言い分を聞き、彼女は少し考えるような素振りをする。昨日、玄関口で大雨と対峙していた時と同じように、触覚を弄っている。どうやら彼女が考えるときの癖みたいだ。


「……じゃあ、質問なんですけど、先輩が告白を断る理由に恋愛がよくわからないって聞いたんですけど、それも本当なんですか?」

「ああ。恥ずかしい話だが、恋愛感情というものがよく分からないんだ。そんな状態で付き合うなんて相手に悪いからな」

「ふーん、そうなんですね。じゃあ私のことも特に?」

「まあ、そうなるな」

 

 そこで会話が一旦途切れた。彼女は相変わらず触覚をいじっている。


 数十秒の沈黙の後に、触覚の位置にあった手が降りる。


「わかりました。先輩にそのような意図はなかったみたいですね」

「ああ、わかってくれたようでよかったよ」

「ただ、皮肉にも"矛盾"の勝敗は決まっていたみたいですね」

「へ? ……あっ」


 そうだ。"矛"は絶対に相手を恋に落とし、"盾"は絶対に恋に落ちない。そのような意味でつけられたあだ名だった。


 俺は"彼女"に対して恋に落ちていない。つまり、""の勝ちということに……?


 彼女はスマフォを少し操作して、再びこちらに画面を向けてくる。そこにはQRコードが映し出されていた。


「私、中原なかはら玲愛れあって言います。今後よろしくお願いしますね、先輩」


 ニヤリと笑うどこか挑戦的なその笑みは、彼女の性格を表しているように思えた。

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