第6話 浅野家の一幕
珠白が風呂から上がり、交代で俺も風呂に入った。
その間、母さんと珠白は晩御飯の支度をしていたらしい。風呂場から出ると、いい匂いが鼻孔をくすぐる。
それからしばらくすると、浅野家の父である伊墨が帰ってきた。リビングのドアを開けて伊墨が入ってくる。
「父さんおかえり。雨はもう止んでた?」
「おう、ただいま。土砂降りだったらしいな。良いタイミングで帰れてよかったよ」
父さんはネクタイを外しながらそう答える。黒髪をオールバックしたその容姿は、年齢のせいか渋みを感じる。珠白の髪色は母親側の遺伝らしい。北欧の人だったか。つまり、珠白はハーフなのである。
写真で見たことがあるが、かなり珠白に似ていた。どちらに似ていても整った容姿で生まれていただろうが、母親似でよかったと俺は思う。このことは父さんには内緒だ。
「まだ梅雨入りしてないっていうのに、なんだかな。最近の日本の天気はどうなってんだ?」
「最近はちょっと予想つかないよね」
「あぁ。……そういえば、どうだ眞也。彼女はできたりしたか?」
特に話題が思いつかず、話を続けるために言ったのだろう。そんな唐突な質問が飛んできた瞬間、キッチンの方からカタンッという音が聞こえた。二つ。振り向くと、珠白と母さんが調理用の箸を落としていた。
「いや全然」
「そうか。まあ、高校生活はあと2年ある。青春を謳歌せよ若者」
「やっぱり青春を謳歌するのに恋愛は必要なのか……?」
「あぁ——」
「必要ないです」
父さんの声を遮るようにして珠白がそう発言する。気づけば近くにまできていた。可愛い顔で父さんを睨んでいる。
「青春はその人次第、だよ。恋愛を強制する必要はない、はず、だよ」
「どうした珠白。そんなお父さんを睨んで」
「……お父さん。少し話が、ある。こっち来て」
「えー、なになに? 珠白と秘密の話かー? お父さん行っちゃうぞー」
そうして、表情を変えないままの珠白と父さんは廊下の方へ出ていった。俺はそれを呆然と眺めていた。
なんだったんだ今のはと考えていると、母さんがこちらに近づいてきていた。そして、俺の頭を撫でる。その顔は微笑を浮かんでいたが、どこか複雑な感じだった。
「ゆっくりでいいのよ。焦ることはないの。恋愛は慎重さが大事なのよ。だから、どうか恋愛には臆病になって」
その言葉はどこか切実な願いのように聞こえた。まるで壊れ物に触れるかのような優しい手つきで、母さんは頭を撫で続ける。
しかし、俺には恋愛なんてよく分からないし、どう足掻いても遠い存在のものであると思う。
だから、俺は気の抜けた声で「うん」と答えることしかできなかった。
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