第7話 矛盾、衝突

 昨日の豪雨(と言っても一時的だったが)とは打って変わり、今日はとても晴れ晴れとしていた。


 とはいえ、昨日の名残は地面に多くあった。水溜まりを避けながら、今日も学校までの道を歩く。—— 学校は学校でも、中学校だが。


 中学校の校門前に到着すると、俺の隣をずっと歩いていた珠白が前に出る。


「お兄ちゃん、今日もありがとね。いってきます」

「いってらっしゃい。気をつけてな」

「ふふっ、もう学校は、目の前だよ? お兄ちゃんこそ、気をつけて、ね?」

「ああ」


 珠白は俺の元を離れ、門をくぐって中学校の敷地内に入っていく。友人だろうか、近寄ってきた少女と話し始め、そのまま校内に入っていった。


 そう。よくイジられている登校ギリギリだが、その原因はこれである。俺は毎朝、珠白を中学校まで送り届けてから自分の学校に登校している。


 家の最寄り駅から学校近くの駅までの途中にあるためそこまで負担ではない。少し家を出る時間を早めればいいだけだ。


 それに、珠白のお願いなのだから、多少のことも苦にはならない。


* * * * *


 再び電車に乗り、学校近くの駅に降りる。うちの制服を着た人は少なからずいるが、決して多くはない。大抵の生徒はすでに登校を済ませているのだろう。


 まばらな生徒の列に混じり、学校までの道を歩く。珠白と歩くときはあんなに目的地までの時間が短く感じるのに、どうして今はこんなにも遠く感じるのだろうか。


 そんなことを考えながら歩き、やっとのことで校門前にたどり着く。と言っても10分程度なのだが。


「ねえ」

「……ん?」


 校門前に立っていた1人の女子生徒に話しかけられた。最初は自分ではないと思ったが、周りに生徒がいなかったため、消去法で自分だとわかった。


 声の方に振り向いて見てみると、見覚えのある生徒がそこにいた。ショートヘアの黒髪……って、彼女の手元にあるのは——俺の傘だ。


「あぁ、昨日の」

「そうです。昨日はどうも」


 そうだ。昨日の帰りに傘がなくて困っていた子だ。

 彼女は俺の傘を前に出しながら「これお返ししますね」と言ってきた。俺はそれを受け取りながら話を続ける。


「わざわざそのために? なんだか悪いね」

「いいえ。……それで、何がお望みなんですか?」

「……はい?」


 突拍子な質問に、思わず変な声が出てしまった。何が望みって、どういうことだ?

 少女は自身の体を守るように自身の腕を抱き、露骨に嫌な表情を浮かべながら話を続ける。


「はぁ。どうせ、見返りを求めて私に傘を渡したんですよね」

「え、いや」

「だから助けなんて借りたくなかった……こうなることなら、びしょ濡れのまま帰った方がマシです。あの後すぐに雨は弱まるし……それで? 何がご要望なんですか?」

「特にないんだけど」

「……はあ?」


 俺の返答を聞いて、少女は素っ頓狂な声を出し、目を丸くする。


「どうせ嘘なんですよね。……あ、わかりました。この場では言えないような要求をする気なんですか?」

「いや、だから本当に何も求めてないんだって。困ってるなあって思ったから傘を渡しただけで」

「信じられません。はやく、この場で言ってください。じわじわ処刑宣告を待つのなんて嫌なので」


 えぇ、どうしても要求を言わないといけない感じだ。どうしよう。

 ……よく見ると彼女の体が小刻みに震えていた。うっすらと目元には涙のようなものが見える。


 どうしたものかと彼女から目を離し、校舎の方に目をやると、掛け時計の針が始業時間の3分前を指していた。


「わ、わかった! お願いするよ!」

「やっと本性を表しましたね。さあ、早く言ってください」

「この話を終わらそう! そして俺を教室に行かせてくれ! OK? それじゃ!」

「え、あ、ちょっ……へ?」


 困惑した様子の彼女を置き去りにし、俺は教室に向かって走り始める。ここまできて遅刻なんてしていられるか。

 そう言えば、前に彼女に傘を渡した時もこのような構図になっていたなと思い、少し笑みが溢れる。


 その時、後ろからカシャッという音が聞こえた気がしたが、俺にそんなことを気にする余裕はなく、走るスピードを緩めなかった。

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