第5話 浅野家の兄妹

 家の最寄り駅に到着した電車から降り、家に向かって再び珠白と相合傘をしながら歩き始めて5分後、高校を出る時の雨が嘘のように晴れ始めてきた。


「おっ、晴れてきたな」

「うん……そうだね」

「もう傘いらないかな?」


 そう言って俺は空いている手を傘の外に出し、雨が降っているかを確認する。すると、珠白が慌てた様子で言う。


「ま、まだ降ってるよ。それに、また強くなるかも、しれないよ」


 俺の手には特に雨が降ってきた感覚はなかったが、たしかにこの天気が家に着くまで保つかは分からない。


「それなら、珠白が1人で使いな。お兄ちゃんはいいからさ」

「だ、ダメ! ……ダメだよ。ほら、お兄ちゃんも濡れてほしくないし」

「でもこの傘小さいから、俺とかなりくっつかないといけなくて狭いだろ? お兄ちゃんは平気だからさ」

「い、いいの! このままで!」


 珠白は俺の提案を頑なに拒否し、決して譲ろうとしない。……なんて優しい妹なんだ! 可愛い上に優しいとか女神かな?


「そうかそうか。それじゃ、このまま帰ろうか」

「うん! ……えへへ。雨って、いいね。お兄ちゃん」

「そうだな。たまにはな」


 珠白の良さを再確認できたしな。


 こうして、蕩けたような顔を兄妹は世間に晒しながら帰宅するのであった。


* * * * *


「ただいまー」

「た、ただいま」


 我が家の玄関を開けただいまの挨拶をすると、家の奥から足音が聞こえてきた。


「おかえりなさい。やっぱりあんたたち一緒だったのね。ほら、お湯張ってあげたから入っちゃいなさい。雨すごかったでしょ」


 2枚のタオルを手に出迎えてくれたのは浅野家の母親、摩安耶まあやだった。摩安耶は俺の実の母親である。7年前、珠白の父親である伊墨いすみと結婚するまで俺を女手1人で育ててくれた肝っ玉母ちゃんでありながら、その美貌は未だ衰えていない。加えて一本で結ばれた長い黒髪から察するに、よく周りが褒めてくれる俺の容姿は彼女の遺伝なのだろう。父親についてはよく知らないが。


「ありがとう、ママ」

「いいのよ珠白ちゃん。頭は……そこまで濡れてないわね。足はここで拭いていってね。廊下濡れちゃうから」

「うん、わかった」


 珠白と母さんの関係は良好であり、珠白は母さんのことを母親として慕っているようだ。母さんは珠白のことを実の娘のように愛していることが見ていてわかる。


「はい。シンも拭きな」

「うん、ありがとう母さん。今日は早かったんだね」

「そうよー。酷い雨だからもう店閉めちゃおう! って店長がね」

「なるほどね。」

「まあ、結局通り雨だったわけだけどね〜。はあ、2時間分の給料もったいないなあ」

「まあまあ。たまにはいいじゃん」


 そんな俺のフォローに「そうね」と微笑を浮かべて答える。


「珠白、先入っちゃっていいよ。お兄ちゃん待ってるから」

「えっ! あ、あの……」


 珠白は自分の足をタオルで拭きながら、顔を赤くして言う。


「わ、わたしは、お兄ちゃんと一緒でも……いいよ?」


 そんな珠白の仕草と発言に、俺は困った顔をする。


「いやいや。珠白はもう中三だろ? で、お兄ちゃんは高二だ。流石に一緒には入れないよ」

「……わかった」


 トボトボした足取りで風呂場へ向かう珠白。その背中を体を拭きながら眺める。

 そんな俺たちのやりとりを見て、母さんは微笑む。


「珠白ちゃんはシンに懐いてるわね〜。シン、珠白ちゃんに対してすごく優しいものね」

「まあな」

 

 当たり前じゃないか。だって——


「俺は珠白のお兄ちゃんだからな」

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