第3話 とある雨の日

 昼休憩が終わる少し前、疲弊しきった顔をした将生と徹が教室に戻ってきた際、俺に「よくも裏切りやがって」と小言を言われた。裏切るもなにも、自爆したのはお前らだろ。


 その後、瑞浪の"矛盾"についての話の続きをした。どうも"矛"ちゃんは"盾"ちゃんでもあるらしい。と言うのも、彼女に落とされた多くの男たちの攻撃を全て跳ね除けているらしい。その数は俺の記録を超えるものなのだが、定かではないが2人いた方が面白いだとかそんな理由で俺を"盾"に推薦する強い声があったらしい。その声のせいで、俺は"盾"なんてよく分からない称号をいただいている。迷惑極まりない。


 そもそも、この"矛盾" に関する噂の根源を誰も知らないらしい。そのためそこらへんの選定理由があやふやなのだとか。だが、反論する人が出てきていないため現状維持のようだ。くそったれ。


 そして時は流れ、放課後。

 昼休憩明けの授業の途中から降り始めた雨は本降りになっており、とても傘がないと帰れないような環境になっていた。しかし、俺は天気予報を確認していたので傘を持ってきていた。今朝の自分を褒めたい。と言っても、実は折り畳み傘も持っているのだが、これはいざという時用だ。


 スマフォの画面をつけ、手慣れた操作でラインを起動する。メッセージが来ていないことを確認して、スマフォの画面を消してズボンのポケットにしまう。


「今日の部活はトレーニングルームで筋トレらしい。はあ、雨の日くらい休みてえなあ」

「あなたは次期エースなのでしょう? エースがそんなんですとチームの士気が下がりますよ」

「わかってるけどよお、たまの休日くらい欲しいだろ。こっちは土日も返上してやってんだ」

「でもそれも楽しいんだろ?」


 そんな俺の問いに、少し恥ずかしそうに「まあな」と将生は返す。


 うちの野球部はそこそこ強豪らしく活動にかなり力が入っている。そんな部活のメンバーであり、次期エースの将生も当然忙しい。しかし、疲れの中に笑顔が見えることから、将生は将生で楽しくやっているのだ。これも青春の一つの形か。まあ、こいつは彼女もいるのだが。


「それでは、僕は先ほどの授業の内容について先生に質問しに行った後に塾に行きますので、ここで解散ですね。お疲れ様でした」

「おう! またな」

「あぁ。また明日」


 教室で2人と別れた俺は部活等に無所属のため、そのまま下駄箱へ向かう。上履きから下履きへ履き替え、玄関の方に出ると、地面を打ち付ける雨の音がより一層激しく聞こえる。思わず「うへぇ」と声が漏れる。


 しかし帰るしかないので、外に向かって傘を開こうとする。すると、隣から「まじかぁ」と言う声が聞こえた。思わずそちらに振り向くと、黒髪ショートカットの少女が伸ばされた触覚部分を指で弄りながら絶望した表情を浮かべていた。フリーな方の手元を確認するが、そこには傘らしきものが見当たらなかった。


 聞こえてきた声、表情、傘を持っていないという事実から、この子はこの雨の中どうやって帰ろうかと悩んでいることが容易に推測できた。首元を見ると、そこには赤色のリボンが。確か赤色は1年生だったはず。ちなみに俺たち2年生は青色で、3年生は緑色。


 後輩かと思いながら、俺の体はすでに実行に移っていた。


「これ使っていいよ」

「は?」


 俺がそう言いながら自分の傘を彼女の前に出すと、彼女は驚いた表情を見せ、次第に困惑した様子を見せる。


「いや、いらな——」

「大丈夫、使って! それじゃ!」


 遠慮するような素振りが見えたので、彼女の手に自分の傘を押し付けるような形で持たせ、俺はすぐにその場を離れる。バッグから折り畳み傘を取り出し、それを開いて、なお雨が降り続いている外に繰り出す。


 駅まで徒歩10分。その間、この折り畳み傘がもつだろうかと心配しながら歩みを続けた。

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