第2話 恋愛ってなんぞ

 昼休憩。

 将生と徹は俺の席の近くに集まり、それぞれ持参した弁当を広げる。俺は好物の甘い卵焼きを口に運びながら2人に質問する。


「なあ、2人はどうやって彼女たちと恋に落ちたんだ?」

「はあ?」

「なんですか急に」


 2人は要領をつかないといった表情を浮かべる。


「校内で有名な恋愛できない男に、恋愛とはなんたるかをご教示願えませんかね。彼女持ちさんたちよ」

「そんな卑屈にならないでくださいよ……」

「うっせ。不名誉が広まって気分が良くなるかい」

「んだよ、つまりはオレたちの馴れ初めが聞きたいんだな?」


 将生の問いに「あぁ」と短く答える。すると、待ってましたとばかりに表情を輝かせ、滑らかな口調で言う。


「ふっ、恥ずかしいな。あれは、オレが中学野球と高校野球との違いに苦戦して、悩んでいた時だった。少し自暴自棄になっていたオレのもとに、マネージャーであるマキがやってきて……」

「馴れ初めだったら僕のを聞いてください。そしてぜひ有効活用してください。——シズカさんとの出会いは、塾の夏期講習でした。当時、勉強なんて両親の言う通りにするだけのものであると思ってた僕でしたが、彼女は違って……」

「あーーーー、すまん。もういいわ。胸焼けしそうだ。弁当を完食できなくなる」

「なんだよ、もっと話させろよ。お前が言い出したんだろ?」

「いや、思ってたとの違った。そういうんじゃなくて、なんというか、そう。恋に落ちるってどういう理屈なんだ? なんかこう、条件があるのか?」


 俺の質問を受け、将生と徹は顔を合わせ苦笑する。


「眞也くん。恋愛とはそういうものではありませんよ。理屈ではないんです」

「徹がそう言うってことは……ガチでそうなんだな……」


 常に論理的な思考を求める徹が「理屈ではない」と言うのだ。そこに、恋愛の奥深さを感じてしまう。


「そうだな。ビビッと来て好きになることもあれば、気づいたらってパターンもあるしな。オレらも良くわかんねえよ」

「そうか……」

「眞也くんは、瑞波の"盾"と呼ばれているのが気になっているのですか?」

「瑞波の"盾"? なんだそれ。俺はこの学校を魔族から守った覚えはないぞ」

「ふっ。眞也のような体では、ゴブリンからもこの学校を守れないだろう。オレのように筋肉がないとな!」


 そう言って将生はサイドチェストのポーズを取る。元々ピチピチだったシャツが膨張した筋肉により更に張られ、今にも破けてしまいそうである。

 そんな将生の様子を見て、徹が「冗談は置いといて」と呆れた口調で続ける。


「故事成語の"矛盾"の"盾"ですよ。恋愛において、絶対に崩せない相手。それが"盾"であり、眞也さんなんですよ」

「入学して以来、10人ぐらい振ってんだよなコイツ。もったいねえ」

「7人だバカ。もったいないって言っても……よくわかんねえんだよ、恋愛。そんな奴が付き合うって、相手に申し訳ないだろ。……ん? "矛盾"が元ってことは、瑞波の"矛"もいるのか?」


 俺の問いに「そこに気づくとは、流石です」と眼鏡を光らせる徹。将生もなぜかニヤリと笑う。


「1年生でありながら、既に落とした男の数は100人を超える! 話しかけられた、もしくは遠目で見ただけで心を射抜かれたとか!」

「現に、うちの1年坊たちは全員虜らしいぜ!」


 ややテンション高めの様子で語り始める2人に対し、俺は引き気味に「おぉ」とだけ返す。


「僕が収集したデータによると、全学年含めても一番の美女らしいですよ。黒髪の似合う、素敵な方だとか」

「スタイルもいいらしいぞ! デカすぎるわけでもなく、かと言って小さいわけでもない、丁度大きいって感じらしい!」

「そりゃすごい……あっ」

「いやあ、一度お目にかかりたいもの——ンギャッ」

「どんぐらいのサイズなんだろ——グエッ」


 突然、短い悲鳴を上げる2人。それもそのはず。彼らは今、先ほど近づいてきた2人の少女に首根っこを掴まれているのだから。


「何のお話をされているんですか? 徹さん」

「シ、シズカさん……!」


「おいてめえ、サイズが何だって?」

「ち、違うんだマキ!」


 2人の少女の正体とは、徹と将生の彼女たちである。彼女らは彼らの首根っこを掴んだまま、俺に目で「こいつら連れて行っていいか?」と訊ねてきたため、俺は激しく首肯した。すると、ズルズルと引きずられながら徹と将生の姿は教室から去って行った。


「恋愛とは恐ろしいものということだな。あいつらはそれを身を呈して教えてくれた。南無……」


 俺が2人の消えていく姿を見届けながら合掌していると、


「浅野も嫉妬とか分かんの?」


いつの間にか、昼食のために席を離れていた沙樹が戻ってきており、俺にそんな質問をぶつけてくる。


「いや、生憎どんなものか実感はできてないな。ただ、こういった状況の時、恋人は怒るってのは普段のあいつらから学んでるからな」

「ふーん」


 自分から質問してきたのにも関わらず、沙樹はどこか興味なさそうな相槌を打つのだった。

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