第36話 もう一つの綻び

 こちらも時は遡っている。


 今は春休みうづき


 「隣の長男」は部屋に一人でこもり作戦を練っていた。


 ストーカー並み、いや、それ以上の勢いで天音につきまとってきた分だけ、じっくりと考える自分の時間が無くなっていた。こういう時を利用しないと、計画が立てられない。


 復讐にはそれなりの努力が必要だった。二階堂健は、憎しみの怨念の全てを使って異常な努力をしてきたのだ。


「ボイスレコーダーも便利だけど、聞き直すには倍速が限度だからな」


 天音に持たせているモノと部屋に仕掛けてある分だ。両方をチェックしなければならないだけに時間がかかる。もっとも、最近はすっかり「違反」がなくなってきたのでだいぶにはなってきた。


「少なくとも、今は親父と会っているんだし、スマホもここにある。その間にヤツとの浮気はできないもんな」


 位置情報を把握するために「ゲンリー」を入れてあった。リアルタイムで、お互いのスマホの現在地を表示してくれるアプリだ。


 これを使えば、大竹と少しでもどこかへ出かければチェック出来る。買い物も、ちょっとした寄り道も徹底してチェックしてきた。その度に「罰」を与えた。


 今では、どこにも寄り道しなくなった。

 

『キモ竹に一秒だって良い思いはさせないぜ』

 

 だから、今日のように天音の父親から言われて、親子が会う協力をするのもメリットなのだ。会っている間にスマホを徹底的にチェックできる。そのため自分に預けさせている。もちろん認証登録も健の分を入れてあった。


 父親が一緒にいるのなら、その間の位置情報は把握しなくても大丈夫だし、その間、心ゆくまで天音のスマホをチェック出来た。理想的な時間だ。


 徹底的なチェック。一回でも、一言でも何かを送っていたら、その回数分だけセックスさせる約束までさせている。残念ながら、まだ尻尾を出さない。空約束のまま。


「大事なのは、ヤツの絶望とオレの取り分だな」


 しかし、新しい「約束」こそ次々と呑ませてきたのに最近は付け入る口実がなくなってきた。メッセの類も全く送ってない。他のIDを使ってやりとりしている痕跡もなかった。


「ガードが堅くなりやがったが、とにかくハーフ&ハーフの約束をさせたのは、生涯最高の一手だったよな」


 約束は生きていた。


 天音は逃げようとしてきたのを、あの手この手でがんじがらめに縛ってある。


 合宿直後から「合宿の夜の話シェアは無しにしてほしい」と正気に戻ってしまった天音を、泣き落としで延ばしたのが二学期の話。


 そして幼なじみは昔から恫喝に弱いのを知っている健だ。


「中学生くらいの時に気がついたんだよなぁ。オレが強く出ると大抵はあいつが折れてくる。しかも、どんなに一方的なコトを言っても『約束』のカタチにしてしまえば言い分を認めてくれちゃう性格だ」


 天井に向かって「ケケケ」と妖怪のような笑い声が響かせながら、健は自分の取った最高の手口を思い起こしている。


 頃合いを見計らい、最初に使ったのは、部室で隠し撮りした動画だった。


 それを使って「ハーフ&ハーフ」を完全に飲み込ませた。


 次に、少しずつ侵食しておいて「ウソをついたら、ハーフ&ハーフを延長する」という約束を呑ませた。おかげで「今のゴール」は7月半ば。もちろん、まだまだ伸ばす予定だ。


 そして、ことあるごとに「それだとヤツと半分にならないじゃん」「また、ウソをついた」「ヤツにだけかよ」と自分側の「半分」を押し込んでいく。


 そうやってジリジリと追い込んできた。それは大竹の取り分が少なくなると言うことだ。


「けけけ、傑作だよな。ハーフ&ハーフ。こんな約束を押しつけられるんだから、オレってマジ天才」


 難クセつけて言いがかりで「大竹と同じこと」を要求してなんでも通してきた。唯一、セックスだけは例外だった。欲望の処理までは受け入れたが、どうしても最後までやらせない。


 しかたなく、押さえつけて無理やりしたこともあった。冬のことだ。後がいけない。なぜか自分を「パパ」呼びをして子どものように甘えてきた。


 最初は演技かと思ったのだが、どうにもおかしい。他のしゃべり方まで子どもになってしまう。


 おまけに、ヤッた翌日、わざと知らんぷりまでし始める始末だ。どうやら「なかったこと」にしろということなんだろう。


 結局、嫌がることは変わらないので最後までできたのは2回だけだった。


「1番の目標はヤツから生きる気力を奪うことだからな、まあ、仕方ない。だが、オレとのことをガードするために目一杯ヤツに冷たくなっている。オレがそうし向けたんだ。笑顔をヤツに1回見せたらオレにキス1回ってのもなかなかにアリだったな」


 とてもではないが「ハーフ」とは言えない。全てを奪うために徐々に押し込んできた。要求が高くなる分だけ天音のガードが上がる。それはイコールで瞬への冷たい仕打ちとして跳ね返ることになるシステムだ。


「だが、もっとだぞ。もっとだ。奴の心を折るにはどうしたら良い? ……そうだ、インターハイが終わったあたりで、初めてヤッた時の動画でも見せてやるか」


 泣き叫んで嫌がる所を押さえつけて犯した。「処理」させているだけの方がよほど気持ち良いが、泣き叫ぶ様子は嗜虐心が満たされた。


「隠し撮りしておいたのをヤツに見せてやらないとだよな。ヤツがどれほど絶望した顔をするのか楽しみだぜ」


 健は最高に嬉しくなった。どんな風に瞬に見せれば1番ダメージになるか。瞬が苦しむことだけが生きがいになっているのだから。


「それにしても天音の誕生日のシカケは最高だったよな。あれ、マジで最高傑作だったぜ」


 今でも笑いが止まらない。


「誕生日に、からおめでとうも言われず、愛情溢れるメッセもなかったんだ。送られてきたのは筋トレメニューの話だけ。さぞ絶望したろ?」


 天音のスマホは「ハーフ&ハーフ違反」の名目できちんと調べているから間違いない。


「こうなってくると、パパ様々だな」


 天音が父親と出かけたのを知らなかったのだろう。たまたま、朝一でベランダを見たら、天音の部屋の方に投げ込まれていたプレゼントを偶然見つけた。


 『一目で、ヤツからのだとわかったぜ。なぁんか、かっこつけたメッセージまでつけちゃってよ』


 天音に見つかる前に回収し、こっそり部室のゴミ箱に入れておいた。


「ゴミ捨てはヤツの仕事だ。パッとゴミを捨てたら、下から自分のプレゼントが出てきたんだ。ヤツの絶望ったらなかっただろうぜ」


 歪んだ嗜虐心が噴き出して、天井への独り言が止まらなくなる。


 大傑作だぜ!


 あー 笑った、笑った。なんで、あれでも死なないんだろ?


 早く、死んでくれよ。次はみんなの前でイチャついて見せてやろうか? 


 あ、そうか。やっぱ引退式だな。天音とヤった動画を流すか? だけど、ホントはオンナとして欲情してるシーンが撮れてりゃ、もっと効果があるんだろうけどな。


 天音が「もっとぉ」とか言ってるシーン、何とか撮れねぇかなぁ。でも、最近は、ますます何もやらせねぇからなぁ、あいつ。


 閉ざした唇がへの字になった。


 どこをどうつつこうとも、取り付く島もないほどにスキを見せなくなった。今では動画どころか行為自体も全く受け付けない。


 その分だけ向こうは冷たい仕打ちに遭っていると言えなくもないが、自分の欲望を処理させる口実も見つけられないのが玉に瑕。


「とりあえず、最初の脅しに使った例の部室の動画をインハイ予選後にどこかへアップして、じわじわウワサにするか。だが、それをやっちまうと引退式に出てこなくなるかもしれないからなぁ」


 ここは考えどころだと健は腕を組む。


「なあに、時間はまだある。じっくりと苦しませてやるからな。お前が生きるのをやめるまで、徹底的にやってやる」


 天音のスマホを指先でクルクルと回しながら「次」の手を考え続ける健であった。

 



 

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