第35話 綻び
時は遡る。
ベッドの上に見事な裸身が横たわっていた。ついさっき男の欲望にむさぼられた身体を隠す仕草はない。いや、手脚を投げだしたままの身体に意識があるのかも怪しい。
光を失った瞳は、ただ天井を見上げている。
「なんだ。ずいぶんとだらしなくなったな。そんなに良かったのか?」
ぐったりと力なく寝そべったままの女を見下ろし、まるで戦利品だと言わんばかりの我が物顔。スマホで撮影をしながら男は嬉しそうに言った。
「やっぱり馴染んだ身体は良いに決まってるって言っただろ。パパの言ったとおりだったじゃないか」
撮影に飽きたのか、ベッドに腰掛けて娘の両頬を右手でグッと掴んだ。
「ほら、返事くらいしなさい。そんな失礼な娘に育てた覚えはないぞ。悪い子には悪いことが起きるって教えてきただろ?」
「わ、るぃ、こ?」
初めて女が反応した。
ひどくあどけない表情に怯えた目。
顔だけを見れば幼女のようだった。
「そうだ。悪い子だ。パパの言うことを聞かない子には、悪いことが起きるんだと教えたな?」
「わた…… し、わるい、こ……」
「そうだな。温泉ではあんなに抵抗しやがったが、ふん、一度思い出せば、こんなもんだ。どうだ、わかっただろ? パパ無しではいられない身体になるんだって」
女を意のままにしたという自信に満ちている。事後に力なく横たわる姿は男としての達成感をもたらすのだろう。男の声は次第に大きくなる。
「で、最近は男が出来たんだって?」
ニヤリと笑って見せるが、反応はない。
「母親が言っていたぞ。毎週日曜日にホテルに行ってるってな」
毎週に、アクセントをつけている。
「年末の温泉以来、オレとは二度目だったよな? じゃあ、他は誰と行ってるんだ? まさかパパにウソをつくような悪い子じゃないよな?」
「うそ、つぃてない。あまね、うそなんて、つかなぃ」
ひどく物憂げで、舌っ足らずな口調だった。さっきの余韻に浸っているのだろうと男は気にもとめなかった。
『家の中でヤッてた時もこんな感じだったよな。あの時よりもひどくなってるが、なぁに、身体がオンナを思い出すと、こうなる体質なのだろう』
男は勝手に納得している。それよりも、娘がホテルに行く相手を突き止める必要がありそうだ。
「じゃあ、ちゃんとパパに教えなさい。誰とホテルに行ったんだ?」
「パパ、だけー」
ひどく幼い口調だ。
「ウソじゃないな? ウソをついたら、悪い子だぞ!」
「ちが、うの。あま、ね、わるい、こじゃ、ない」
「ウソをつくのは悪い子だ! 正直に言いなさい」
イヤイヤと顔を振りながら、その目から涙が流れた。
「どうやらウソじゃないらしいな」
「ぅそ、っかないょお」
「それにしても、お前のその口調なんとかならないのか? ヤルたびにひどくなっているじゃないか!」
「おこらなぃでぇ」
コロンと身体を丸めてしまった。
「わかった。怒らないから。代わりにちゃんと言うんだ」
男は、ちょっと考える。
『こんな口調になったときは、曖昧な質問が通じなくなるからな。具体的に聞くしかない。まあ、代わりに、ウソが言えなくなるのだから、便利と言えば便利だ』
男は知らないが、これは心的な傷を負った人間が陥る一種の逃避行動だ。心を通さない受け答えをする、幼児退行に近い現象とされている。けしてウソがつけないわけではなく、本当に大切なこと以外、全てが投げやりになり、守ろうとしなくなるだけのことだった。
しかし、温泉でしたときに感じた違和感というべきか。自分以外の男がいるからこそ、あれほど抵抗したのではないかと疑う。
母親の
「パパ以外の誰かとセックスしたか?」
ズバリと聞けば「うん」と答えた娘に仰天してしまう。
「誰とだ?」
「たける〜 おさえつけられて〜 ゃられたぁ」
「なんだと? 健君? マジか〜」
男は頭の後ろを押さえる。これは頭の痛い話だ。
「天音は健君が好きなのか?」
「う〜ん」
頬を右手が押さえながら、しばらく考えた後で「きらぃ」と短く答える。
「嫌いなのにセックスするのか?」
「あまねはしたくなぃよー でもぉ おさぇられちゃってぇ、ぃやがるとー ぶっし こわいことゆーんだもぉん」
ふ〜む
レイプか?
「避妊は?」
「っけてる〜 パパみたぃ」
「パパは無理矢理したりしないぞ? 食事に連れて行ったりしてるだろ?」
連れ出す度にホテルにすると、さすがに来なくなってしまうだろう。建前上は「親子で食事をしよう」ということにしていた。そのため、高校生では行けないような店に連れて行く分、金はかかる。
「あまね、ぃやってゆってるのに」
「いいんだ。それは、ね、パパだから」
理屈になってないが、さすがに「理」などないことは自覚している。
「そ、かなぁ?」
風向きが悪くなりそうだ。少なくとも健と恋人同士というわけではないらしい。
慌てて話をずらす。
「他の男とはセックスしないのか?」
「パパだけぇ」
少しだけ安心する。勝手なものである。
『これをどうするかだな』
せっかく娘を取り戻した。まだ素直にヤラせるまでにはならないが、包丁を見せて「これでパパは死ぬから」と脅せば、ちゃんとホテルまで着いてくるようになったのは上出来だろう。前回は実際に腕を切ってお願いしたが、今回は、包丁を見せただけですんだ。
『せっかく、オレの手に戻ってきそうなんだ』
必死になって二人の時間を作って、身体にいろいろと教え込んでいる最中だ。それなのに他の男にヤらせるのは業腹だった。何よりも健だけは不味い。この男にも自分だけを例外に置いた、クズなりの倫理観がある。
『しかし、警察は問題外だぞ? 天音がオレのことを話してしまう可能性が強い。それにこの間の感じだと母親に言うのもダメだろうな。となれば、天音自身に気をつけさせるしかないか』
天音を連れ出すことが母親にバレないように、アリバイ係にもなってもらえるよう交渉したのが健だ。快く引き受けてくれているし、実際、使い勝手も良い。役に立つ道具に対して、あまり強硬なことも出来ない。
欲望と自己保身の塊である。
男は困った。
「あのなぁ、天音。隣の健君だけはダメだぞ?」
「なんで-」
男はそこからじっくりと言い聞かせていった。あどけない顔になっている分だけ、どこまで理解しているのか男にはわからない。
結局、すべての事情を説明するしかなかった。
話してしまえば天音も理解を示す。「二度とセックスしない」と約束させた。
ここで男は計算違いをしたのである。まさか、娘の生活に「隣の長男」がこれほど深く関わっていたとは思わなかったのである。
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