第34話 釣り合わなかったのさ



 瞬はいつの間にか洗いざらい喋ってしまった。もはや目的を忘れて言葉が止まらなかったのだ。


 まだ純粋な後輩に、自分は何という汚い話をしてしまったのかと後悔の方が大きい。


 しかし吐いた言葉は戻らない。こぼれたミルクは元に戻らずだ。いっそ、あれもこれも全部話してしまえ。


 さすがに「セフレ」の話は避けた。真面目な後輩へのセクハラになりかねない。しかし、部室のキスを目撃したことも、弁当を一緒に食べてないことも、笑顔のことも、一緒に歩く速度のことも、みんなみんな喋ってしまった。


 全てを話し終えた後、陽菜は沈黙を破った。


「でも、なぜなんですか!」

「なぜって言うのは?」

「だって、ホントに先輩のことが好きじゃないなら、なんで告白を? 天音先輩からだったんですよね?」


 天音自身が「自分から告白したの」と公言している。それは確かなこと。


「うーん。わからない」


 実際、瞬自身も、それが謎なのだ。ただ、かろうじて想像したことがある。


「考えてみると、ね。オレは彼女の役に立ったとは思うよ? 松永さんの記録は伸びただろ?」

「そんなのズルイです!」


 瞬のコーチングが特異な才能を発揮したことを指している。そして、陽菜自身も瞬のコーチングの成果を身をもって体験しているだけに、それが「自分だけ」に向けられる意味を想像出来るのだろう。


『まあ、おそらく二階堂の計画だろうな』


 付き合っている天音に、瞬の力を利用するように勧めたに違いないと今では思っていた。それに今までのいきさつを考えれば健は自分を嫌っているのは確かだ。


 ひょっとしたら「寝取られる痛み」を与える作戦だったのかもしれない。


 実際、悔しいけれど、それはどうしようもないほど効いていた。


「だって、そんなのひどいです! 先輩を利用しようとしただけじゃないですか!」


 陽菜だけは、行きがかりから直接のアドバイスをしたことがあるが、他の部員には健との約束で直接のアドバイスはしていない。


 天音は「彼女」という特権で、あらゆるサポートを受けられる。マッサージだって、その一つだ。


 陽菜からしたら受けてみたくてもがいる限り遠慮せざるを得ない。まして天音は先輩だ。と言われればトラブルになりかねない。いくら陽菜でも、その程度には空気を読む。


 だから、表立って受けられるサポートは本当に限られてしまう。


 しかし、サポートを受けられるとか、そんなことはどうでも良かった。瞬先輩がないがしろにされているのが悔しかったのだ。許せない。そんなひどい人をそのままにしちゃダメだと、陽菜の怒りは燃え上がっている。


「ごめんね、話が長くなっちゃって」

「そんなことないです! でも、あの、それを知ってて、何で先輩はその……」

「あ、放っておくのかって?」


 コクン


 陽菜の目は、このまま放置してなるものかと訴えている。


 あぁ、良い子だなあ、とっても真っ直ぐに生きてるなと、瞬は心のどこかがホワッと温かくなった。


「立場を逆にして考えてみてよ」

「たちば、ですか?」

「そ。オレと松永さんとが付き合っていることって周りからどう思われてる?」

「それは、その、あの……」

「ふふふ。ごめんごめん。意地悪な言い方だったね。良いよ。言わなくても」


 笑顔が自然に出せる。


「わかってる。釣り合わないよね? そして、みんなの口に次に出てくるのは『二階堂君キャプテンと付き合えば良いのに』じゃないか?」


 クククッと陽菜の眉が動いたのは、そんな言葉を聞いたことがあるからだろう。


「真に愛すべき相手を見つけたヒロインだよ? 真実の愛に目覚めた主役とヒロインって言っても良いかな。そこに嫉妬して未練がましく騒ぎ立てるキモ竹の図って、どう思われる?」


 クスクスクスッと乾いた笑いを立てると陽菜の目がムキになってキッと怒りを見せた。


「そんなの関係ない! 浮気して良いことにならないもん!」


 感情を剥き出しにした怒りの言葉だ。


 救われたなと、と思った。


「ゴメンゴメン、怒らないでくれ。からかっているわけじゃないんだ」

「からかわれてるなんて思ってません! でも、そんなの、あんまりじゃないですか!」


 幾筋もこぼれている涙は見なかったことにしよう。


「ごめん。その意味でもゴメン。ともかく、今、浮気だの、別れるだのを言うのは、オレにとっても部にとってもメリットは一つもないんだよ。だから知らんぷりをするのが一番なんだ」

「先輩はそれで良いんですか?」

「よくはないよ、もちろん」


 そんなの聞くまでもないじゃないか。


「じゃあ! やり方があるはずです!」


 うん、良い子だよ、君は。


 思わず黒髪を撫でてしまってから、慌てて手を戻した。陽菜が頭を預けたがっている雰囲気だ。これは、ちょっとまずい。


 油断したら胸に飛び込んできてしまう。だけど、少ないとは言え人目がある。今も「不審な男女の会話」を、それとなく様子をうかがう人間がいることに瞬は気付いている。


『キモ竹と抱き合っていた、なんてウワサされたら彼女のために良くないもんな』


 クルッと回り込むようにして正面に立って腰をかがめた。距離を開け、かつ目線を合わせるためだ。


「やり方は何かあるとは思うけど、タイミングは今じゃない。今、部がゴチャゴチャしたら、インターハイ予選が台無しだ。それは他の部員にも影響が出るからね」

「だからと言って、先輩だけが我慢しなくても」

、なんだ。それが全てさ。すまない。今のオレにとってのベストは予選が終わるその日を待つことなんだ。そして、オレのために怒ってくれてありがとう」


 心から頭を下げる。


「だって、だって、それじゃ、あんまりじゃない、ぐずっ、あっ、ぐずっ、うくぅ〜 だ、だって、あんまりにも、それじゃ、あんまりにも!」

「ありがとう、泣いてくれて。ほら、ハンカチ。それとこれ以上一緒にいると誤解される可能性が高いんで、これで失礼する。とにかく、今日聞いたことは誰にも言わないで欲しい、約束してくれるね?」

「でもぉ」

「でも、じゃないんだよ。ごめん。それが誰にとっても一番良いんだ。だから、今は絶対に何も言わないでくれ。ショックを与えてしまってすまなかった」

「先輩が、あやまるごとじゃ、ぐずっ」

「じゃあ、少し落ち着いたら練習に行けよ。何も見なかったんだぞ!」

「む、無理です。そんなの! 無理、あの人達を見たら、私……」

「菅野さん?」

「はい」

「君が言ってくれてるのはやさしい気持ちだし、親切心だってわかってる。だけど、それが周りに迷惑を掛けることになるならめなくちゃいけないよ」


 親切心で行動して、最悪の結果になったら、どうしようもないのだからね。放物線を描いて飛んでいった少年の顔が蘇って、瞬はわずかに震えた。


 何よりも、陽菜の立場が悪くなるのは目に見えていた。道連れにしてはダメだ。


「でも、本当に悪いのは「オレだ」え?」

「本当に悪いのは、こうなる前に本気で真実を見ようとしなかったオレだよ。だから、これ以上泣くのはやめてくれ」

「そんな! 先輩はちっとも悪くないのに!」


 陽菜の悲痛な声をワザと無視した。


「君自身のために練習を続けるんだ」


 チラッと職員室の窓に教師の影が見えている。ひょっとしたら心配しているのかもしれない。


『キモ竹が後輩をいじめてるってか?』


 そんな声が聞こえた気がした。


 そろそろ引き上げ時だろう。


 ありがとう、ともう一度頭を下げて、瞬は部室へと引き返した。


 その日から、菅野陽菜は練習を休んだ。





・・・・・・・・・・・・・・・




いつも応援ありがとうございます。


陽菜ちゃんファンの方へ。


第38話 で復活します。

タイトルは、まんま

「陽菜の復活」です。


第39話 「先輩のえっち」

第40話 「B型 ~陽菜~」


と続く2話もメインキャラです。

40話はなんと陽菜のモノローグ型。


よろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る