第47話 冴えた結論 ~天音~


 皮肉なことなんだけど半ば人生を諦めていた私のを後押ししてくれたのは健だった。後からわかった陰険な計画のためだった。


 だけど、瞬のことを教えてくれたのは、今でも感謝しかない。


 瞬と出会えたのは汚れきった私の人生のたった一つの幸せ。


 瞬は言ってくれた。「今の君が好きだ」って。過去はどうでも良いって。あの瞬間、白黒の世界で生きてきた私の世界は天然色カラーに変わった。

  

 世界ってなんて綺麗なんだろうって思えた。


 あの言葉を聞いたときの感動を、きっと誰もわかってくれないと思う。私が百万語を費やしても、きっと一億分の一も伝えられない。


 この世界の全てに、瞬が色をつけてくれた。


 こんなに美しい世界があったんだって瞬が見せてくれた。


 こんな私にも未来があるって瞬が教えてくれた。


 私の全ては瞬のおかげだった。


 だから「この人のことだけは守りたい、この人のためになることをしたい」って本気で思った。だけど、あの感動を壊してしまったのも愚かな自分のせいだ。


 瞬のためだったら、世界を捨てても惜しくないって本気で思った。こんな汚い命よりも大切な瞬。


 それを壊したのは私だ。なんて愚かな。


 幼なじみの健を傷つけたくない。私ならなんとか出来る。そんな愚かしくも思い上がった気持ちが全ての元凶だった。


 半分だけシェア


 二人の関係を半分ずつハーフ&ハーフにしよう。

 

 そんなことはありえないと知っていながら、すがってしまった私。あの時に健をはね除けていればと、この一年間、何度後悔しただろう。


 結局、健も私の身体しか見てなかったのかもしれない。何度も関係を迫られた。


 嫌だった。気持ち悪かった。だけど「欲望を吐き出せば男は満足する」というのが幼い頃から覚えた生きる術だ。


 そんな哀しい知識が幸いしたなんて、なんて皮肉なんだろう。

 最後までを許したのが数えるくらいだったのは辛うじてのこと。


 いや、幸いなんてしてなかったよね?


 男は、女が思うとおりにならないと最後は暴力に訴える。パパが私の初めてを奪った時もそうだった。何年もかけて開発されてきた感覚のおかげで痛みは最少限だったけど、それがなんだって言うんだろ?


 再会して温泉宿に泊まった夜、誰も助けに来てくれないところで縛られて無理やり犯された。のこのこ付いて行った私が悪い。でも、あんなにボロボロになったパパに「天音に会えないなら死ね!」と言われたら他にどんな方法があったの?


 健も暴力を使ったのは同じ事。


 始めのうち、健はやっぱり健だった。信頼出来る幼なじみ。だから、なんとか出来ると思ってた。困ったこともあったけど、私さえキッパリとしていれば、わりと普通に過ごせた。


 でも、ハーフ&ハーフを受け入れてしばらくした頃だった。


 動画を突きつけられた。


 あれこそが、私を縛るための最初の暴力だった。


 健も、パパも同じ事をしていたんだって気付いたのはずいぶん後のことだった。 

  

 でも、エッチもできる限り逃げていたし、最後の一線だけは許さなかった。いくら汚れた女でも、それをしたら瞬に申し訳ないって思ったから。だって「今」を汚しちゃうんだもん。


 でも、あの動画が全てを破壊してしまった。


「こんなのがあってさ、出回ったら、ヤツは困るだろうね」


 部室だ。私が泣いている。「出て」と私が突き飛ばした相手は瞬。あの時の画像だ。


 いつの間に撮ったの?


「偶然、撮れちゃってね。ま、警察とか学校はわからないけどさ、噂になったら困るんじゃないかなぁ。部室で襲われた女が泣いて、それで突き飛ばされたキモ竹の動画だ、拡散したらウワサになっちゃうよね」


 あれからだ。


 ハーフ&ハーフの約束は、どんどん私に侵食してきたんだ。拒めなかった。私はいつまでこうしていれば良いの?


 たった一つだけ、私にも、健のそばにいる意味があった。クリスマスの時もそうだけど、健が仕掛けることを事前に察知しやすいってことに気がついた。


 春季大会のときだって、瞬を呼び出しておいて、こっそりとバッグに何かを入れたのを私は見てた。部共有のバッグだった。管理しているのは瞬。


 私は慌てた。かろうじて取り出せた。2年生の子の下着入れだった。


 でも戻す時間はなかった。だから「拾ったよ」って笑い話にするしかなかった。あの子には悪かったけど、それしか瞬を守る手段はなかったんだもん。


 告発ができないなら、それしかなかった。


 小さな仕掛けは、何度もあった。それを防げたのは幸せだったと思ってる。だけど、それを伝えることはできない。


 だって、ほんのわずかでも漏らせば、頭の良い彼氏は全部を悟ってしまう可能性があるんだもん。


 だから、私には黙って守ることしかできなかった。でも、陸部だって引退したから、もう私にできることはなくなった。


 どうしたらいいの?


 暗闇に泥の雨が降ってる感覚。どっちに行けば良いのか、ぜんぜん、わからない。


 この先、どうやって生きれば良いの?


 どうやって生き……


 あれ?


 よく考えたら、私、なんで生きてる必要があるの? だって、瞬はもういないんだよ?


 この先、何十年もあのに食べられながら、白黒の世界を生きていくの?


 そんな時間がこれから百万年続いても、瞬と手をつないだ1秒にもかなわないのに?


 私、わかっちゃったかも……


 冴えた結論を見つけたんだと思う。私の命なんて、意味が無いってこと。


 どうしようもなくホッとした。


 たった一つの苦しさは、瞬の顔をあと一度だけでも見たかったなという寂しさ。

 

 冷たい目で見られても、何の意味もない言葉を交わすだけでも良い。


 あと一度だけ会いたかったな。


 狂いそうなほどに寂しい、だけど冴えた結論だった。


 私の命が終わるのならば、パパの話だって簡単なこと。


 を終わらせてしまえば良い。あの怪物も一緒に滅びてしまえとしか思えなかった。すごく、楽になってしまった。


 私はそのままママに電話する。


「ママ、お仕事中ごめんね。大事なお話があるの」


 全て話してしまおう。後のことは、もう知らない。だって私はこの世からいなくなるのだから。


 私さえいなければ、パパだって悩まなくてすむよね。ママだって事実は知りたいはず。


 だから、ママに教えてから消えるのが私の役目だよ。


「あのね」

「天音、どうしたの? 急用?」

「去年の温泉はパパと行ったの」

「いったい何を? パパと? そんな、まさか、あなた! 友達と行くって言ったじゃない!」

「健がパパに頼まれてアリバイを作ったんだよ。それから、ね、河川敷のところにホテルがあるでしょ? 日曜日は、あそこに呼び出されてたよ。うん、何度もだった」


 何の痛みも、ためらいも、そして後悔もなく、私はママにそう告げた。覚えている限りのことを喋り続けた。

 

 途中で「汚い」と言われるかと思ったけど、ママは電話の向こうで泣いているだけだった。


 最後に教えてあげたのは「兄」のこと。


「健はね、私のお兄ちゃんなの。ママが帰ってこない時に、パパは健のママとしちゃったんだって。ずっとそうしてきたんだってパパは言ってたよ」


 泣いていたママが、向こうで息をひっつめるのが伝わってきた。




 その日の夜。


 一人の女性がファミレスで元夫だという男性を刺したというニュースが流れた。かろうじて命は取り留めたようだ。


 女の供述で、すぐさま男のスマホが調べられた。


 の女性の写真が多数出てきたということは報道されなかった。まして、そのうちの一人は未成年であるどころか明らかに「子ども」の身体でも写っている。そして……


 警察に逮捕されたのは、女も、男もであった。

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