第48話 ファーストキス ~陽菜~



  本日は美術館で、おデートでーす はーと。


  昨日の今日でのデートだなんて、なんて幸せなんでしょうか!

 昨日は、カップ越しに愛を確かめました。きっと、今日は、ですよね。


 いーえ、今日は、それにしてもらっちゃいます。


 そういえば、よく考えてみると、この駅って、憎きの使ってる駅じゃないですか。


 先輩は吹っ切れてくれたのでしょうか? だとしたら嬉しいです。そして、美術館のある中央公園の向こうにはお姉ちゃんの教えてくれた「あれ」があるんですよね~


 お兄ちゃんにもらったお小遣いはちゃんとお財布に入れてきました。

 

 ぐふふ。ばっちこーい。あ、うちらは陸部ですからね、On your marks位置についてでしょうか?


 はい、準備OKですからね!


 だから今日のデートのこと、お父さんには内緒です。


 明日は学校だから「お泊まり」はダメだけど、遅くなるくらいならお姉ちゃんが何とかしてくれるって言ってました。


 ママは「がんば」って言ってくれて、そのあとこっそりと「でも、ちゃんと避妊はしてもらうのよ」と囁いてきました。


 ママ! そ、それは、えっと、あの、先輩だから大丈夫だと思います。きっと…… たぶん…… 


 ミルクはお鼻をペロペロしてくれました。


 お兄ちゃんはゲームの配信で忙しいそうです。頑張れ~って手だけ振ってくれました。


 チッ。


 菅野陽菜。十六歳。勝負の日。


 あ~ それにしても、2度目のデートが美術館ですよ? ヤバい。先輩のセンス。お嬢様向けですよ! 私をお嬢様扱いしてくれちゃう気ですか?


 今日は美術館ですからね。お嬢様ファッションです。たとえウルフヘアに似合わなくても、とにかくお嬢様ファッションです。っていうか、髪、伸ばしちゃおーっと。先輩のタイプだと絶対に黒髪ロングが好きでしょ?

 

 今度確かめちゃわないとですね。徐々に、先輩色に染まりますから! 私、こー見えても尽くすタイプなんで。


 おっと、今日のファッションの話でした。もちろん、下着はしていますけど、とにかく決め手は「初めてのパンプス」です。


 オープントゥの五センチヒール。大人っぽいです! ペディキュアもお姉ちゃんのを借りて初めてしてみました。


 完璧!


 と思ったら、それが大失敗。あっちこっちに早くも靴擦れが! でも、そんなのバレたら、先輩に恥ずかしいです。


 痛くない!


 この脚、私の脚じゃない!


 そう思ってしまえば歩けます。陸部伝統の根性主義でした! 笑


「陽菜、ちょっと休憩しようか」

「え? もう?」


 ご休憩……


 知ってます。この時間だとサービスタイムですよね? お姉ちゃんに聞きました。


 でも、いくらなんでもこの時間からホテルはヤバいです。


 いえ、お任せですよ? 先輩がお望みならついていきますとも。何時間でも、頑張りますから。


 ドキ、ドキ、ドキ


 こんな昼間だと、きっとお部屋は明るいですよね? やっぱり、くぱぁ、しなきゃでしょうか?


 あぁ、どうしよ。恥ずかし過ぎます! で、で、でも、大丈夫。心は決まってますから。


 えっと、ここからなら中央公園を回り込めば五分くらい?


 あれ? 先輩?


「今日は、絵を見るよりも話したい気分だね。どう? ここのカフェは雰囲気が良くて評判良いんだよ」


 あ、そーですよね! 昼からはないですよね。


 カフェで休憩、と。 あせあせ。


 でも、先輩、その「話したい気分」ってウソですよね? 足が痛くなったのを気遣ってくれたんですよね? メインの展示を見ただけでサラッと出てきちゃいましたよ。


 あ〜 なんて優しい人なんだろ! 惚れちゃいますよ? もう、惚れてますけど。


 ホントはもっと見ていたかったんですよね?


 でも、そんなのちっとも態度に出さないで、優しい笑顔。


 階段を下りるとき、さりげなく手を貸してくれました。あ~ なんて優しいんですか!!!


 初めて手をつないじゃいました。これからは、足がちぎれるくらい小さめのパンプスをはきましょうか。


 先輩の手は、温かかったです。


 もう、今日は手を洗いません! って、無理か、テヘッ。またつないでもらえばいいですよね!


 美術館の外にあるオープンカフェ。


 並んで座れるのがグッドです。


 さっき見た絵の話、お外の森のこと。


 小鳥の声を聞きながら、私の指は先輩の手に一ミリずつ近づいていきます。


 あと、一センチ!


 その時です。 


 先輩のスマホがポッケの中で震えました。


 一瞬、気にしていました。


 私のことを気遣ってか、バイブなんて気付かなかったみたいに知らん顔。でも、気にしてるのはわかってます。


 先輩って嘘が下手な人ですよね。


 わかってます。私は良い子だから知らないフリができますよ。


「先輩、ちょっとお化粧を直してきますから」


 そーですよ。リップを引き直さないと。


「え? あ、ごめん」


 先輩、そのお返事だと、私が気遣った意味がないじゃないですか。ヘンなところで正直なんですね。ふふふ。そんな先輩が大好きです。


 でもぉ、私は悪い女でもあります。


 トイレへの角を曲がるまでは振り向かない。絶対に先輩はこっちを見てるはずだから。


 一拍おいてから顔を出しちゃう。忍者、陽菜です。


 うん。


 画面を見て、深刻な顔。フリーズしてる。


 あれは、ひょっとして。


 私はためらうことなくパンプスを脱ぎました。周りの目なんて気にしてる場合じゃありません。普段の先輩なら、これでも気付かれちゃうだろうけど、フリーズしている今なら大丈夫なはず。


 そっと後ろから覗き見。これでも気付かないほど集中してるんですね。


 え? 私は画面の三文字を見てしまいました。


<助けて>


 電話番号だけで送れるショートメッセージ。名前が表示されてないのが先輩っぽいところ。番号が登録されてない相手からのヘルプミー。


 それを見ている先輩の信じられないほど苦しそうな表情。


 私はそれを見て全てを悟りました。


 その場でパンプスを履き直した私は、恋人の仕草で「おまたせ~」と後ろからしがみつきます。


 ラッキー。 先輩がこっちを向きました。


 チュ!


 ファーストキスは公衆の面前です。ついでに背中にギュー。わが胸部装甲の攻撃を受けてみろ!


 さようなら、私の初恋。


「なっ、あ、えっと」

 

 唇を離すと先輩の驚いてる顔。


「先輩、私のファーストキスを奪っちゃいましたね」

「え? あ、えっと」

「キスしちゃった以上、先輩は私の言うことを聞かなきゃいけません」


 横暴なコトを言っても、怒り出さないのが先輩です。うん、知ってた。


「陽菜って言ってください」

「あ、う、うん」

「早く」

「ひ、な?」

「はい。そうしたら、もう一つ」

「もう、ひとつ?」

「陽菜、好きだったよ、と」

「え? それって」

「早く!」


 先輩は、ゆっくりと瞬きをした後で「陽菜」と呼んでくれます。


 それから「ごめん」と言いました。


「むぅ~ ちゃんと言ってくれない先輩なんて大っ嫌いですから! 早く行って! 私の目の前から消えてくださ~い!」


 叫んだ私に初めて見せる切ない目。ライラックを見ていたあの目に似てるなって思いました。


「ごめん」

「ふ~んだ。早く行って! 早く!」

「だけど」

「先輩! 私信じているんですから! いつだって、先輩は正しいんです!」


 先輩の目が驚いたみたいに見開かれて,それから頭を下げました。


「ありがとう、陽菜

「先輩なんて大っ嫌いですからぁ~ 早く、行ってください!」

「わかった」

 

 先輩が猛ダッシュでお店を出て行きました。それを精一杯で見送ります。

 

 泣かない。泣くものか。泣いちゃダメだぞ、わたし。

 

 でも、私の精一杯は、先輩がお店を出て行く瞬間までが限界でした。


 公園を駆け抜けていく先輩を勝手に目が追いかけています。


 頑張って「泣かない」って思ってるのに勝手に目からポロポロとがこぼれ落ちます。


「あ、やっぱ無理。すみません。お持ち帰りでケーキ8個お願いします」


 ふぇえ~ん、お姉ちゃ~ん、ケーキのやけ食い付き合ってもらいますからね。

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