第44話 初デート 〜陽菜〜

 これで何回目だっけ?


 鏡の前で前髪をセットし直してる。やっぱり、もうちょっと前髪を上げた方が良いよね? あ、後ろ、跳ねてるかも! あ~ん、右サイド、しっかりと流れてよ!


 お姉ちゃんが楽しそうに覗き込んできた。


「可愛く決まってるわね~ やっぱりミニが一番よ!」


 初めてのフレアミニ。すごく頼りない感じだけど、お姉ちゃんの絶対的なオススメです。ホント、めくれちゃったらどうしよ? 先輩にだけなら見られても良いけど、こんなミニスカを穿いて、ふしだらって思われちゃわないかな?


「でも、今日は風が強いわ。髪の毛なんて気にするよりも、スカートがめくれた時のことを考えたら?」

「風が吹いたら、ちゃんと押さえるし!」

「どれどれ」

「キャン!」

 

 いくら姉でもスカートはめくっちゃイケないと思うんだけど。


「お~ ちゃんと勝負モノだね~ でもファーストデートで最後まで行っちゃうのは、お姉ちゃんとしては賛成出来ないけど」

「違うもん! 万が一用なの!」

「おっ? 万が一?」


 しまった。つい!


「うんうん。我が妹よ。くっせつ16年、とうとうこんな日が来たね。姉は嬉しいよ」


 さすがお姉ちゃん。それ以上ツッコまれたら泣いちゃうことをわかってくれたみたいだ。


 代わりに「この辺で一番安くて綺麗なのは、あの駅の河川敷の横にあるホテルだからね」と小さな声。


 おねーちゃん、それって!


「大丈夫。今日のひーちゃんはとっても可愛いよ。でも、できればホテルは次回にしようね。ガッツいてる男はあなたに相応しくないから」


 ポッ。


 コーコーセーのデートで、それって、ありなんですか? 二回目のデートならありなんすか? うっ、わっ、デート、ヤバ過ぎ。マジでそんなの考えてなかったよぉ。ホントだよ?


 そりゃあ、求められたら、あの、その、えーっと、嬉しいかもだけど。


 優しくしてください……


 あ、えっと、クパァとかするんでしょうか?


 ドキ、ドキ、ドキ


「ひーちゃん? 高校生にくぱぁは、いらないの! 妄想、漏れてるよ」

「あん! やん! 聞いちゃ、ヤ!」


 おねーちゃんは鏡越しに、ウンと肯いてから「その先輩さんが、ホントにそんなに優しければ、きっと大丈夫よ」ともっと小さな声。


 鏡の中の私は、お酒を飲んだみたいに真っ赤になってる。


「とにかく、は次回よ? いいわね?」


 コクコクコクと頷くので精一杯。


「よろしい。さ、時間が無いんじゃない?」


 そうよ! 約束の時間まで、あと二時間しか無い!


 あ~ でも、お化粧どうしよ? 普段から練習しておけば良かった。


 四苦八苦してお化粧したら、またまた覗き込んできたお姉ちゃんに哀れみの目で見られてしまった。


 笑われるよりも傷ついたけど、黙ってクレンジングを差し出してくれたのは、やっぱり優しい姉だと思う。


 すっかりスッピンに戻った私に向かって、桜色のリップを差し出してくれる。


 え? お姉ちゃんがしてくれるの?


「高校生なんだから、リップだけつけとけばい~の! それとコロン禁止!」

「え? なんで? せっかく、ナチュラル系のお店で買ってきたのに」


 お姉ちゃが耳元に唇を寄せてきた。秘密の話?


「あんたは、処女のニオイがしてるんだから、ありのままがいいの! 大抵の男は、それでコロリだから。私だって、何年か前は持ってたんだからね」


 え? お姉ちゃん、さすがに引くよ。なに、その処女のニオイって。


 ……あれ? ちょっと待って。ってことは、お姉ちゃん、経験者? いつの間に。


「言っておくけど、今のひーちゃんよりも早いからね」


 イタズラっぽい表情のお姉ちゃん。


 え! そんな! あまりのことに口をパクパクするしかできません。


 三つ上の姉は唇の前に指を立てて、シィーと合図。そうだよね、パパが知っちゃったら外出禁止令が出ちゃいそう。


「とにかく、お姉ちゃんの言うことと、なすびのツルは万に一つも外れがないから、言うことをお聞き」


 お姉ちゃん、それって「なすびの」じゃないかと思うんだけど……


 でも、経験者のアドバイスは受けいれた方が良いよね。何をアドバイスされたっけ?  え〜っと、あ、あれだ。ホテルは次回…… ち、ちがうもん!


 と、とにかく、もう一回だけ姿見の前で点検していたら、後ろからお兄ちゃんがチョイチョイ。


 ん? 何? 


「ひーちゃん。これ」


 小さく畳んだ、お札? しかも高額紙幣ですよね?


「親父にはナイショな。初めてだろ。今回に限り、ちょっと良い部屋にしてもらえよ」


 6歳離れた社会人をやってるお兄ちゃんがウィンクしてお小遣いをくれた。嬉しいけど「ちょっと良い部屋」ってなによ! 行かないんだからね! こ、今回は……  たぶん……


 でも先輩はどうするかな? 行くのかな? 誘われちゃったらどうしよ?


 万が一の時もあるし、あ、えっと、ありがとう。


「良いってことよ。兄の務めだ」


 わぁ~ これでゲーマーじゃなかったら、お兄ちゃんモテると思うんだけどなぁ。部活の仲間に紹介しようかしら? あ、でも、そうするとあの子達を「お姉ちゃん」呼びしなくちゃか、ヨシ、それ却下。


 ん? お兄ちゃん? 何?


「あ、いや、えっと、部活の子じゃなくって、クラスの子でもいいんだけど…… あの、ダメ?」


 もう! 何で私の妄想を理解しちゃってるわけ!


 と、とにかく、私のデートは家族全員のイベント化してるみたい。


 お母さんも朝からウキウキしてて、玄関まで見送りに来てくれる。愛犬のミルクも足に絡みつくように付いてきた。ミルクもミニスカが好きなのかな? でも、君、女の子だったよね。


 あれ? キッチンの陰にいるのはお父さん? 目が合ったら、露骨に目を背けちゃって。


 も~ みんな、楽しんでるでしょ!


 生温かい目の家族に送り出されて、到着したのは結局、約束の30分前。


 だのに!


 なんで、先輩が先にいるんですか?


 私的には、先輩が時間通りに現れて「待ったかい?」「いえ、今来たところです」って目をウルウルさせる定番がやりたかったのに!


 と、とにかく、まずは、急がないと。先輩をお待たせするわけにはいきません。


 私はテトテトと、可愛い走り方を意識しながら近寄る。こら! スカート! 跳ねたらダメ! フレア・ミニ、ヤバいよ、見えちゃう。あ、先輩、露骨に目を背けた。恥ずかしそうな顔をしてくれてる。


 ふふふ。なんか嬉しいかも。


「お待たせしてすみません」

「いや、ちょうど今来たところだよ。偶然だね」


 先輩! それ、私が言うはずのセリフですからね!


 とにかく先輩は優しかった。


 手は繋げなかったけど、入り口のドアは開けてくれるし、イスもひいてくれるし。トレイも運んでくれる。


 なんて紳士!


 絶対に惚れちゃいますよ。って、もう惚れてますけど。


 先輩、このまま私をお持ち帰りしてくれませんか?


 なあんて、ね。


 もしも誘ってもらえたら絶対に断らないって決めてありますよ。


 でも、その前に「告白」が先だよね。


 あ〜 でも、告白と同時ならアリかなぁ。


 ドキドキ


 怖いけど怖くない。先輩とだったら大丈夫。きっと優しくしてくれますよね? いえ、先輩なら少しくらい乱暴にしてもいーですよ。むしろ野性的で素敵かも。


 普段は冷静で優しい先輩が私の前でだけオスを見せちゃう。


 そんなの、ドキドキです。ワクワクです!


 ふふ。グッって押し倒されちゃうんでしょうか? 


「先輩、ダメです」

「ふんっ。オレをこんなにしたヒナが悪い。オレはもう我慢なんてしない!」

「あぁ! 先輩!」


 あー ダメ、妄想が止まりません!


 あ、先輩ってDTじゃないですよね? 天音先輩とお付き合いしていたんだし、やっぱりけーけん者ですよね?


 それとも、ぜんぜん、そんなのなかったのかな? そんなはずはないよね?


 ゴクリ


 悩ましいです。


 天音先輩の悔しいけどナイスなバディと比べられちゃう? うぅ、それは恥ずかしいです。「小さい」とか思われちゃいますかね? ガッカリされちゃいますか? 


 でもDTだと、私のことお持ち帰りしてくれないかもしれないし。それにそれに、DTだからと言って「小さい」って思わないとは限らないじゃないですか!


 むしろグラビアアイドルとかと比べられたら、俄然、分が悪いです! 貧乳モデルの写真ばっかり、先輩のカバンに入れちゃいましょうか? 対比効果が大事ですよね!


 なあんてことができるわけもなく。と、に、か、く、妄想中止。


 なんでも出来ちゃうすごい先輩だもん。きっと大丈夫ですよね。大丈夫ってことにしちゃいます。


 先輩にお任せすればダイジョーブ。


 お姉ちゃんには悪いけど、誘ってくれたら絶対に断らないって決めてます。下着は買ったばかりのメーカーもの。サイドがヒモですよ? 先輩の手が解いちゃうんですよね。それとも脱がす方がお好みかな。あん、やん、えっち。


 いけない。またまた妄想モードが止まらなくなりそうです。




 

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