第23話 父親との邂逅 ~健~
ビクッとした、その人物は一瞬逃げようとしてからこっちを見た。
「おお! 健君じゃないか。ずい分大きくなったなぁ〜 もう、オレと同じくらいだ」
一転して堂々と出てくる姿は、いっそコメディだ。とは言え、相手は子どもの頃から知っている大人だ。真面目な挨拶をする程度の常識はある。
「お久しぶりです。天音ちゃんを待っているんですか?」
「あ、う、うん。まあ、そうなんだが」
人待ち顔の雰囲気を素早く読む健。
相手は子どもの頃から知っている「隣のおじさん」だから、当然、天音の呼び方も「ちゃん付け」だ。
雀百まで踊り忘れずってやつだなと健は思う。それにしても天音パパの様子はひどかった。
髪がボサボサ、無精髭で、むしろ近くで見ると面影を感じないほどだ。ずいぶんと年を取った感じだ。
『なんか、オジさん、ボロボロじゃん』
以前、浮気をして玄関先で土下座をしていたというウワサ話も聞いたが、だからといって軽蔑するつもりもない。健自身だってヤルだけヤッて捨てた女がいるし、二股していたこともあったが何とも思わなかった。
だから、自分と無関係な浮気の話なら、せいぜい「見つかってしまうなんてドジりましたね」くらいの認識だ。
それよりも大事なことは、昔からとても優しい父親だったということ。天音を年中、あちこちに連れて歩くほど溺愛していたことを覚えている。
『毎回、お土産をくれたよな。渉と一緒に楽しみにしていた』
イチゴだとか、ラスクだとか、パイだとか。ちょっとしたものを毎月のように持ってきてくれるお土産の数々。親子で頻繁にお出かけしているのが羨ましかった。
とは言え、天音自身は、お出かけの話はあまりしてくれなかったため、どこに行っていたのかは知らない。
ともかく「良い夫」であったのかどうかは知らないが、幼なじみの優しい父親であったことは確かだし、健にも渉にも優しかった。
笑顔を返すのは普通だろう。
「健君は、まだ娘と仲良くしてくれているんだろうか?」
「ええ。同じ高校に通っています」
「ひょっとして、まだ娘は陸上を続けてる?」
「はい。同じ陸上部です」
まさか「闇の彼氏です」とは言えない。
「そうか。やっぱり、血の力かね~ 僕に似て脚だけは速いからね」
ハハハと笑って見せてから、一瞬、何かを考え込んだ天音の父親は、健の目を覗き込むようにしながら尋ねてきた。
「えっと、ウチの事情は娘から聞いたこと、ある?」
「いいえ。バタバタしていたのはなんとなく知っていましたけど、ちょうど、その時期に弟が」
「あ、その節は気の毒だったね。本当に可哀想なことだった」
ぺこんと頭を下げてくれた。渉への哀悼であると感じて、健も深々と頭を下げ返した。
「弟さんが可哀想なことになった時に、ちょうど、我が家も…… 私の失敗が原因でお恥ずかしい話なんだけど。娘を傷つけてしまった」
顔に浮かんでいるのはまがうことなき後悔である。
「オレ、事情は知りませんけど…… きっと、仕方がなかったんですよね」
こういう時にかける言葉がわかるほど大人ではない。しかし、オジさんがあからさまにホッとした顔になったのが不思議だった。
「申し訳ないのだが、娘の連絡先を教えてもらえないかな?」
「かまいませんけど」
「すまない。実は娘と連絡を取るなと言われていてね。携帯も取り上げられて家を出たんだ」
「あぁ、そうなんですか」
「娘に会いたいんだ。この気持ちはわかってもらえるだろうか?」
そのくらいはわかる。夫婦としては終わっても、天音の父親であることには変わりがないのだから。あんなに良いパパなら娘に会いたくなるのは当然だと思った。
天音のIDと、ついでに自分の番号も教えた。何かの役に立つかも知れない。
「あ、そうだ」
「はい?」
「娘は…… 誰かとお付き合いなんてしている?」
「それは、天音ちゃんに直接聞いてみてはいかがですか? ボクからは何とも言えません」
「その言い方だと誰かいるみたいだね。案外と健君だったりして」
にこやかな表情の中にトゲのようなものを感じたのは事実だった。
落ちくぼんだ目の奥に、一瞬だけ眼光が鋭く光った気がして返事をためらう。
「健君?」
「はい」
「私がどうこう言える立場ではないのだけど、娘は絶対にやめておくんだよ。君のお母さんは反対するだろうからね」
父親が娘の彼氏に見せる苛立ちとは少しだけ違った雰囲気を感じ取った健は、挨拶もそこそこに逃げるように帰るしかなかった。
ともかく、後は親子で解決すれば良い問題だとそれ以上考えるのはやめにして、天音にも喋らないことに決め込んだ。
自分はやるべきことをやるだけだと
『まずは、この土日に天音とイチャイチャしまくろう。あわよくば、って言うか、そろそろ最後までやっちゃっても良い頃合いだもんな』
健はニヤリとした。
目的はあくまでも復讐だが、その過程を楽しんでいけないわけがない。
天音の部屋に行くのは毎晩のこと。ハグまでなら毎回OK。それ以上も何回かあった。
意外としぶとく、最後までは拒むけど、毎日会えるのはデカい。時間の問題だろう。
それから三日後。
夏休みの最後の日曜日。
天音は午後から一人で外出した。新学期用の買い物とか言ってたけど、いつもの化粧もしてなかったし、天音らしくないTシャツにデニムの普段着だったから、ヤツとのデートじゃないのは確かだ。
遅くに帰ってきた天音を待ちかねて、その日も窓を叩いた。けれども天音は、それに答えることなく寝てしまっていたのを不思議に感じた。
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