第24話 疑惑の冬


 11月に入っていた。


「だ~い好きだよ」


 いつものセリフが表示されてから既読はつかなくなる。いつもの通りだ。


 夜八時。


 わかっていることだとは言え寂しさを感じてしまう瞬だ。


『これを不満に思ってはダメなんだぞ』


 自分に言い聞かせなくては。


 自動的に、夏休みの終わりに言われた天音の言葉が勝手にリフレインしていた。


「いっつも私のために時間を取らせてごめんね。私も我慢するから、一日のは自分のために使って?」


 そんな申し出だった。天音の顔はあくまでも優しかった。


 あの時は自分のことを考えてくれたのだろうと感激して受け止めた。彼女が優しくしてくれたのだから。


 実際、毎晩のやりとりに朝の弁当作り、トレーニング関連の勉強、トレーナー絡みの講習と、あらゆることが確実に時間を削いでくる。しかも進学校の授業は予習なしでは厳しいし、毎日のようにある小テストでも満点を目指すと時間がかかる。


 やるべきことは山のようにあった。平日の睡眠時間は連日4時間を切っていた。


 限界は見えていた。


 けれども、今思い返せば意味が違った。。生きている価値を実感出来た日々だった。


 しかし優しい恋人の気遣いを無下にすることは出来ない。だって天音は考えてくれたのだ。寂しさを感じたら申し訳ないぞと自分に言い聞かせた。


 いつからだったろうか。


 天音は次々と、瞬の時間を作ろうと提案してきた。練習のない日は、当分、会うのを我慢するというのもその一つ。


 秋になる頃には一緒に帰る時以外、学校の外で会うことはなくなっていた。


「今度の休みに会わない?」

「せっかく練習がないんだし瞬は自由に過ごして。もうすぐ中間だし、勉強もするんでしょ? 私は私で自主練するから大丈夫」


 そんな風に優しく言われれば、そこからデートに誘えるほど厚かましくない。会いたくないのだろうなと思って引っ込むのが彼氏としての優しさというものだ。


 そして、みんながコートを着始める頃には、学校の帰りにカフェに寄ることもなくなっていた。束の間のデートが喪われたことになる。


 次第、次第に、部活以外で会う時間が減っていった。おまけに、昼は「幹部でランチミーティング」だとかで、別々になることが多くなっていった。幹部とは、キャプテンと副キャプテンを指す。呼ばれてもいないのに、に顔を出せるほど瞬は厚顔ではない。


 ただ、一つだけ、不思議なことがあった。


 デートを断ると後で、いや、断った時だけでなく、ちょっとした二人きりの時間が出来ると「もし、したいならウチに来て?」と誘ってくるのだ。


 天音がくるのがわからない。


 せっかく二人で会う時間になるのだ。嫌なはずがない。「じゃあ、今日、行っても良いかな?」と誘いに乗れば、実に嬉しそうな顔をする。心からの笑顔に見えた。


 以前と違うのは、天音が先に帰って瞬の到着を待っていること。その行動の理由を尋ねると「家を片付けてから入って欲しいから」と答えるのが定番だった。


 瞬だって年頃の男の子だ。多少の不審はあっても、身体の関係を結べば不満はそれなりに解消される。


 しかも、いったん部屋に行けば、肉体的な瞬の要求に全て応えようとするところは以前と全く変わらないのだから、なおさらだ。実に甲斐甲斐しく、そして可憐に瞬が望むままの反応をしてくれた。望めば、何をしてもイヤとは言わない、恥ずかしがることはあっても「ダメ」はなかった。むしろ、瞬が望みそうなことを先回りして叶えようとすることだって多かった。


 二人っきりの時、天音は言う。


「瞬は私になんでもして良いんだよ。したいことをして? どんなことでもしていいからね? 瞬のしたいことが私のしたいことだから」


 そんな時の天音の笑顔は、本当に輝いていた。瞬が大好きになった天音の、心からの笑顔がふんだんに捧げられる時間だった。


 これに溶けない男などいないだろう。


 天音は瞬が部屋に行きたいと言ったら絶対に断らなかった。どんな場合でも最優先。生理の時ですら「それでも良ければ」と言って応じてくれたほどだった。


 「デート」は断り、メッセだって時間制限ありだ。


 そのくせ瞬が抱きたいと意思表示すると本気で嬉しそうに応じるのはなぜなのか? 


 わからなかった。


 最初のウチは何の疑問も持たなかった。二人の時間に見せてくる笑顔は本物だったから。


 学校でも、外でも天音と会うことはなくなった。ただひたすら、天音の部屋で裸で過ごす逢瀬だけが続いたのだ。


 それはまるで、瞬の不満を身体で解決しようとしているかのようだった。


 あるいは、セフレと化したと言うべきか。


 そんなアンバランスな付き合い方は歪みを生む。瞬の心が耐えられなくなったのは、クリスマスを迎えた頃だったのかもしれない。

 


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