第22話 始まりの終わり

 



 夏休みも残りわずか。


 山のように出された宿題を終わらせるため、どの部活も明日の金曜日から三日間は練習がOFFになっている。


 夏休み最後の練習の帰り道。一年生の女子軍団は、仲良くカフェ中だ。


 菅野陽菜ひなは、明日からの休みが残念でたまらない。


「あ〜 瞬先輩に会えなくなる〜」


 同じ1年の仲間との帰り道。周りは「また始まった」と生ぬるい目だ。


「それなら、きも、んんっ、あ、えっと大竹先輩の家に行ってみたら? きっといるよ」

「そのまま、襲って貰うとかは?」


 大竹先輩は成績優秀だ。学年一ケタなのは間違いない。


 だから「キモ竹は友達がいないから勉強しかしてない」という噂が一年生の間では定着している。


 友達が少ないから外出をあまりしないと言うのは、陽菜も認める想像の範囲内ではある。


「そんなことができるんなら、苦労はないですよ。オシですよ? オシ。しかも相手は天音先輩ですよ? ラブラブな二人の間に入ろうだなんて失礼過ぎます! 第一、私なんかが立候補なんて無謀過ぎますよ」

「天音先輩ね〜」


 周囲が微妙な反応になるのは、あまりにも評判の悪い男に捕まった悲運の美女、あるいは男の趣味の悪い残念美人の評価のせいだ。


 かっこよくて、背の高いキャプテンと普段はあれほどの仲良しだ。きっとお似合いになるはずなのにと言うのが、陽菜がいないときの定説だ。


「いっつも言ってるけど、瞬先輩のすごさを最初に見つけたのだから、天音先輩は本当にすごい人なんですよ!」

「あ、いや、ウチらは何も言ってねーし」


 陽菜の暴走は止まらない。


「あー 私にも、天音先輩の美貌の半分と、胸部装甲の半分でもあれば」

「え? ヒナ、あんた、顔だけならけっこういー線行ってると思うよ? 比べる相手が悪いだけじゃん。ワカ高三大美女だもん」

「そ、胸部装甲の厚みが三分の一ってだけだし」

「あ、でも、その分、成績はバッチリじゃん。ね、宿題終わった?」

「えー なんか、微妙にディスられてる気がするんですけど〜 宿題なら終わってますけど〜」

「いや、ほら、美貌も宿題もウチらの中じゃナンバーワンだし! 胸部装甲だって貧乳ってレベルでもないわけだし。じゃ、明日からはヒナのウチに集合ってことで」


 力技で話題をねじ曲げる仲間達。


 大竹先輩オシの陽菜とダメ出しの仲間達とのやり取りにも慣れてきた。いちいち本気で突っかかるほど、子どもでもない。


 むしろ陽菜は「なんか、微妙にひどーい」と言いつつ「オヤツは何を出したら良いかな」と考えてしまうお人よしなのである。

 

 そんな風に、仲間達との3日間を楽しみにする者もいれば、腹黒いことを企む人間がいるものである。


「合宿の後は、全ては計画通りと言うヤツだな」


 ニヤリとしてしまう健だ。


 ともかく夏休み中も「デート」をさせないように全力を挙げた。残念ながら、何回かは部屋にやってきたのは確実だった。そういう時は鍵もカーテンもカチッとしてる。


『シャクに障るぜ』


 そういう日に限って、天音は早くに寝てしまうらしい。夜に窓をノックしても気付いてくれないのも不満だ。


 その分だけ、前日の「不実」を責めて、いつものハグよりもすることで腹いせにした。天音の方も、思うところがあるのだろう。いつもよりも断り方が甘くなる。


 とは言え、なるべく力尽くの無理やりを避けている健としては焦れったくなる時もある。


『ふん。オレのテクにかかれば、最後までしなくてもメロメロだぜ? どうだ大竹。絶対にお前よりも感じさせてるからな!』


 ともかく、あれやこれやの作戦で、多少、二人の間にぎこちなさが見えている。良い傾向だと思える。


「さて、この三日間が夏の決算だな」


 健は頭の中でシミュレーションをする。


「真面目な大竹は、とっくに宿題を終わらせてるんだろ? 邪魔しちゃ悪いじゃん」


 そんなセリフを使って土日は天音と二人で宿題をするつもりの健だったが、今はまだ、合宿の夜に約束した「彼氏を優先」の言葉通り、練習の後は二人一緒に帰る姿を横目で見送るしかない。


「まだ、帰り道はヤツの分担だな」


 秋までには全てを奪い取る計画を立てた。着々と進行している。そのために使う「ブツ」も用意出来ている。使うタイミングを慎重に見極める必要があった。


 復讐は「幸せの絶頂から叩き落とす」ことで叶えられると考え抜いた計画だ。


「最後は自分で死んでくれたら最高なんだけどな。それがかなわなくても、生きてるのを後悔させなくちゃ」


 弟を殺した相手だと思えば、どれほど卑怯な手であっても、ためらいなど生まれない。どんな卑怯な手であっても、ヤツを地獄に落とすためには厭わないと割り切っている。


『ヤツは天音と、もうヤッてるのは確実だ。本来はそれを撮りたかったけど』


 は夏休みに入る前のことだった。


 本当は「その場面」を盗撮出来れば、後でダメージが与えられたはずだ。さすがに上手くいかなかったし、天音はちゃんと気を遣っているらしく、その後も隙は無かった。


『だが、代わりになる画像が撮れたのはラッキーだったよな。使い方次第では、こちらの方がダメージを与えられるかもしれないわけだし。少なくとも、こっちの方が有効なはずだからな、けけけ」


 だから、今のところは小さな計算違いにすぎないと自分に言い聞かせる。


 仕掛けは上々だぜとうそぶく健の胸にチクリとした痛みが起きる。


『前に部屋にあったゴム。あれを使ったのかな?』


 いつか天音の部屋で見たものを思い出していた。状況から見て、あれは自分のために用意されたものだったはずだ。それを使ったのだろうか? 胸の奥がググッと重くなる。


『ふん。その分だけヤツは幸せの絶頂ってわけだ』


 もともと、天音に「早くになっちゃえば?」と焚きつけたのは自分だ。その後で寝取った方が傷が深くなるとの判断からだ。結びつきが深ければ深くなるほど、奪われた後の傷は深くなるはずだ。


『天音のバージンか。ヤツにはもったいなかったけどな』


 天音を「幼なじみという名のコマの一つ」としか思っていなかったはずが、結果として意外とダメージがあったことは認めざるを得ない。


 合宿の夜。「裏の彼氏」を認めさせた。


 あの時ははあえて求めなかった。だが、幾度となくキスを繰り返し、全てに触れた。言葉では拒否していたのは事実だ。しかし、夜明け前までに、何度も身体を振るわせる切ない声をあげさせたのもまた事実なのだ。


 あれはあれで得難い体験だった。


『あの身体をヤツが味わったのかよ』


 考えると胸の奥がチリチリと焼けるようだ。


「なぁに。幼なじみが寝取られただけでもダメージがあるんだ。彼女が寝取られたら、その比じゃないってことだろ。それにオレは寝取り返す立場なわけだしな」


 憎き仇は自分の唯一の理解者である「彼女」が寝取られたと知って、どれだけ絶望するか。


 考えただけでもニヤリとしてしまう。


『バージンはやったんだ。美味しい思いをしたんだろ? その分、たっぷりと地獄に落としてやるからな』


 上げて落とす。


『天音の身体に刻まれたの記憶を、オレのセックスで上書きしてやる。それで、大事な彼女は二度とお前を見なくなるわけだ』


 そのためにとは言わないが、陽キャの健は中学時代から、それなりに経験を積んでいる。頭の中の天音は「健の方がすごい。瞬なんか比べものにならないわ」と蕩けた顔で言っている。


 そんな言葉を録音してヤツに聞かせたらどうなる?


 どん底に落とされたヤツの顔が今から楽しみだ。


 黒い悦楽が頭に湧く。


 どす黒い笑みを浮かべる健は、ふと現実に戻って何かを見つけた。


「あれ? オジさん?」


 駅からの細い道。背の高い中年の男に見覚えがある。街灯に隠れるようにしているせいで、かえって目立っていた。



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