第14話 夏休み


 夏休みに入って、部活は一斉に「夏休みモード」に入った。


 つまり、普通の運動部なら全力での活動となるのだ。


 ところが天音の元気がない。


『どうしたんだろう? 生理か? いや、違うな。終わったばかりだ」


 天音の家は生理にオープンな家らしい。初潮の時から親に喋っていたせいか、生理になったことを瞬にもあけすけに喋れる天音だ。その辺りは妹のいる家庭で育った瞬にとっては羨ましくある。


『美紅は絶対に喋んないもんなぁ。そのくせ察しろとが無理言うし』


 妹への愚痴はともかく、問題は天音である。


『マッサージの時にでも聞いてみるか』


 そんな風に考えたのはワケがある。


 練習の解散風景は、当たり障りのない、けれども内容のない健の言葉でシメられる。


「もうすぐ合宿です。体調と準備を各自整えること。かいさ~ん」

「ありがと~ ございました~」


 独特の抑揚を付けて一斉に挨拶をしての終了。


 本来なら、トレーニング後のマッサージをするべきところだ。もちろん部員同士で雑な「ダウン」をしているが、それを見ているのが瞬にはもどかしい。


『もうちょっと、真剣にやってくれると疲労回復と故障予防ができるのに』


 自分に身体を触れさせるのが嫌なら、やり方だけでも覚えろよと思う。「マッサージ」である以上、身体のあちこちに触れることになる。特に女子が嫌がるのは十分理解できるのだから。


 今のところの希望者は天音だけ。


 陽菜はして欲しそうだったが、女の子同士の関係があるのと「陽菜だけ」をマッサージすると、正直、天音の機嫌が悪くなるのが目に見えていた。


 それで、やり方を教えるだけにした。だから、1年生の女子同士は少しずつ実践してくれているようだ。そこだけは少し改善されたと言っていい。

  

『と言うことで、だよね』


 元気はないが、練習後のマッサージは楽しみらしい。「本当は、シャワーを浴びた後に裸でしてもらいたいのに~」といつも帰り道にこっそり囁かれている。


 天音にとっては「触られるなら、そのままシテ欲しいのに」と愛を伝えているつもりらしいが、瞬にとっては、それはそれ、これはこれなのだ。


 そして、こんな時こそ、この時間は利用出来そうだった。


 部室に自腹で持ちこんだ組み立て式の施術台。天音を寝そべらせると、マッサージ用のタオルをフワリと掛ける。その後ろから部員達の声が次々とかかる。


「お先ぃ~」

「失礼しま~す」


 みんな出ていった。


 天音が常々つねづね公言しているせいだろう。


「瞬と付き合ってるの~」


 天音は陸部でもスターだけに、それなりに気を遣われるのだ。そんな気遣いを瞬は無用なのにと思いつつ、ふくらはぎのマッサージから始める。


 マッサージの対象が一人だけということは、その分の時間をかけられると言うことでもある。今日のように午前練なら、学校が閉まる時間を気にする必要もない。


 壊れかけだけど、何とか動いている扇風機が涼しい。ゆっくりと足の方からマッサージとストレッチを合わせて施していく。


 そして、腰をふわっと押さえながら「なにを悩んでるの?」と優しい言葉。他に部員はいないのだから、その程度の「トクベツ」は良いだろう。


「え? ううん。ありがと。何も悩んでないよ?」


 顔も上げようとしない。本来の明るさが微塵もないのに、これで何もないわけがない。


「天音」

「なぁに?」

「この間から、元気がないのくらい知ってるぞ。オレはそんなに頼りなかったのか~」


 ガクッと崩れ落ちてみせるポーズを演技する。


「ううん! 違うよ! 違うの! 瞬のせいじゃないの!」


 彼氏が落ち込む演技に慌てたのは天音の人の良さである。ガバッと身体を起こした。


 そして、語るに落ちた一言を自分が口走ってしまったことを理解できる頭の良さを持っているのも天音なのだ。


「あっ……」


 失敗したと言いたげな顔に、にこやかに迫る瞬だ。


「ほう? オレのせいじゃないけど、何かが引っかかってるってわけだ。それを教えてよ」

「ずるいよぉ~ 瞬てばっ」

「ズルいかも知れないけど、彼女が悩んでいるのに相談してもらえない辛さよりはマシだから。ほら、教えてよ。オレの何かで悩んでるんだろ?」


 さもなければ「瞬のせいじゃないの」とは口走らないはずだ。


「うわぁ~ 頭が良すぎる彼氏も、考えものかも~」


 真剣にガックリと崩れ落ちてみせる愛嬌が実は魅力かもしれない。唇を尖らせて、本気でスネた顔と甘えた表情を同居させる顔は、たとえようもないほどに可愛いらしかった。

 

 こうやって、落ち込んだり、喜んだり、拗ねては甘えてくる天音。


 なんだかんだで面倒くさいところではあるが、瞬にとって、それが愛おしく感じてしまうのだから恋というモノの不思議さかもしれない。


 そこから、なだめすかすかしての回り道。とうとう、身体を起こさせて部室内でギュッと抱きしめる掟破りまでした。


「ほら、オレにだけだ。何を言っても絶対に嫌いにならないから。オレにだけ教えてよ。ほら、ナイショだ」


 無人の部室で、口元に耳を寄せてやっと言葉になったのは「私って」というセリフ。

「え? 綺麗でしょ、っていうか、汚いって言葉がどこから出てくるの?」


 いくらなんでも斜め上の告白すぎたのだ。


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