第13話 苦手なもの





 五人目に出てきたのは担任だった。


 八つ当たり気味に担任から話を聞いた結果、意外なことが判明した。


「僕が怒りも見せずに冷静に説明し続けられるのは、あらかじめ言い訳を用意していたからだと思われてるんですか?」

「お前は頭が回るからなぁ。まあ、そういう意見もあるって話だ」

「つまり職員室に呼ばれるのもあらかじめ予想して、計画的に言い訳を用意しておくようなだと思われているんですか?」

「いや、犯罪者だなんて言ってないぞ。ただな、普通は、本当に何もしてないなら、もっと怒ったりだな、泣いたりとか、感情を見せても良いと思うっていうのが他の先生の意見なんだよ」


 唖然とした。


 瞬は感情を見せても仕方がないと諦めて論理的に説明してきたつもりだ。それなのに「感情を見せないから犯人だ」というでのは、むしろ初めから犯人だと決めつられているようなモノではないか。


「先生、それなら、感情を見せますね?」

「ん? どういうことだ?」


 まず立ち上がる。アドレナリンは分泌済みだ。バン!と机を叩いて、怒鳴り上げた。


「いつまでも同じ事を言わせるんじゃねー! グダグダといつまでも監禁しているんなら、今すぐ警察に電話して監禁罪でパトカーを呼ぶぞ!」

「いや、パトカーは、そんなに簡単には」


 担任は完全に引いている。ドン引きである。


「知らないんですね? 110番して事件だって言えばパトカーは必ず来ますよ。その後先生達を逮捕してくれるかどうかは知りませんけど」

「じゃあ、呼んでもムダなんじゃ……」


 瞬の大声に驚いたのだろう、他の教師が駆けつけてきた。


「楽しみですね。都立高校教員、監禁罪で警察をって! マスゴミなんて、喜んであることないことを書くでしょうね」

 

 入り口を塞ぐ教師達に指を突きつける。


「今すぐ僕を帰すか、パトカーを呼ぶか、好きな方を選んでくだ…… 選びやがれ!」


 ちょっと腰の引けたまま、けれども、冷静に感情を爆発させた瞬であった。


 そこから、少しだけ教師達が協議した。


 もちろん、元々が本人の了承で撮っただけ。目的を話して実際の動画を見せて、おまけに撮影された本人からも事情を聞いいる。は、完全に無罪が立証されている。


 これ以上事情を聞き出す名目が立たないとなって、ようやく解放されたわけだ。


 職員室から出てくると陽菜は平謝りだ。


「先輩! ごめんなさい! 私のせいです」

「菅野さんは悪くないよ。へんなことを考えて噂するヤツらが悪いだけさ」


 責任を感じて瞬を待っていてくれた陽菜は泣かんばかり。もちろん、天音も心配して待っている。


 並んで立つと後輩は、天音よりも少しだけ細身で背が高い。チラッと胸も比べてしまったのは、瞬も高校生の男の子ということだろう。


 もちろん、の大きな胸を見て満足してしまう瞬である。


「先輩、お詫びにジュースでも驕らせてください」

「いや、いいって。君は何にも悪くないんだから」

「でも、先輩、私のせいです」


 部活ジャージの二の腕を後輩の手が抱え込みかける。


「そうよ。ヘンなことを言う人が悪いんだから。陽菜は悪くないからね」 


横から天音が割り込んできた。


 そこでハッと気付いて「ごめんなさい。じゃ」と慌てて謝る後輩。


 もちろん、天音は「え? なんのこと?」ととぼけてみせた。瞬は立場を無くして、ちょっと狼狽うろたえている。


 陽菜は一歩下がって「あの、でも、ありがとうございます。アドバイスのおかげで記録が伸びました」とお礼を言いながら頭を下げた。


「大丈夫。もっともっと伸びてもおかしくないからね」


 瞬はその流れに乗って強引に話題を引き戻したのだ。


 陽菜はホッとしつつも顔が真っ赤だ。


 ついやってしまったこととは言え、男性の腕を抱きかかえるなんてはしたない。まして彼女さんの目の前だ。怒られても仕方がないことだと理解している。


 天音はとりあえず邪魔者を排除しつつ、彼氏を守った体だ。


 クルン。


 天音はカレカノの顔になって振り返った。


「ね、瞬、気分直しにカラオケ行かない?」

「ごめん。カラオケは苦手でさ」

「へぇ~ 瞬にも苦手なことってあったんだ?」


 万能の彼氏という認識が日増しに強くなっているだけに、本当に意外だ。


「そりゃあるでしょ、苦手なものくらい」

「ね! ね! ほかにはないの?」

「え? 何が?」

「苦手なモノって」

「そうだなぁ、カラオケ以外だと、う~ん、あ、そうだ、オレって意外ときれい好きなんだよ」

「あ、そうだよね。部室も、瞬が来てから、ものスゴ~く綺麗になったもん。ね?」


 後輩に話を振ったのは、仲間外れにはしないよと言う意思表示だ。


 天音を挟むように三人で並んで歩く。瞬が気を利かせた位置取りだ。天音もニコニコしている。


「そうですよ! スゴく綺麗なりました。でも、それで。苦手なモノって?」

「あ、それはね、汚い場所が苦手なんだよ。落ち着かないじゃん」

「わ~ 先輩らしいです」

「そうだよね、瞬はキレイ好きだもんね、あ、私も部屋は綺麗にしてるつもりだよ? ね、瞬?」


 意図してかどうかはわからぬが「彼は私のお部屋に来たことがあるの」というささやかなマウントだ。


 彼氏なんて影も形もない「部活命」の陽菜だ。だからこそ、ちょっとだけ羨ましくなるのは、この年齢ならではのこと。


 女の子同士の微妙な機微を知らぬまま瞬は珍しく自分語りを始める。


「うん。だから、ちょっと背負しょった言い方だけど、曲がったこととか卑怯なことなんかも苦手かな。ほら、時々いるじゃん、汚いことをヤッても勝とうとするヤツとか」

「あ、います、います! 汚い人って」

「バスケをやってたじゃん? あれって汚いヤツって、とことん汚いんだよ。だから、汚いヤツは苦手かなぁ」

「そうなんですね! なんか先輩らしいです!」


 ただの後輩が大仰に相づちを打ったのだ。ここで彼女がオチをつけるなり、のろけてみせるのが様式美というか、オヤクソクである。


 ところが、天音が黙ってしまったのだ。


 陽菜は自分の反応のどこが悪かったのかと、とっさに青ざめた。


「アマネせんぱい?」

「え? あ、うん、大丈夫、大丈夫だよ。ほら、そういえば、カラオケもあんまりキレイじゃなかったかなぁって思ってさ」


 明らかに何かを誤魔化そうとしている。


「いや、オレがカラオケを苦手なのはキレイさの問題じゃないぞ?」 


 空気を読まない瞬だ。


 何とかして流れを「アゲ」ないと、と陽菜は必死になった。


「あ〜 さては、あんまり歌が上手いからファンが増えないようにしてるんですね〜 先輩、美声ですものね〜 あ、大丈夫です。天音先輩みたいに素敵な彼女さんに、私なんかじゃ太刀打ちできないのは、よーく自覚してますから!」


 このあたりの持ち上げ方と自分の落とし方は、女の子のお作法だ。


 ここは、天音が「そんなことないよー 陽菜ちゃんなら、もっとスゴい彼氏が現れるよ-」と持ち上げ返しつつ、彼氏は渡さないと再マウントしてくるのが正しい流れである。


 しかし、二人に挟まれた天音は、何かを考えるように黙ったままだった。

   

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