第19話 ハルジャの地は再び平和になる。
リルはウルカの上空に戻ってきた。
ウルカの町は湧きかえっていた。
瓦礫の散らばる道のそこかしこに人が戻ってきていて、館のあった場所にはまた黄色い旗が掲げられている。
「神鳥リル!」
「嵐の令嬢!」
「橙の勇者!」
ワーワーと、空を飛ぶマイラたちに声援が送られる。
「何か勇者って言われてるよ、ルーチェ」
「は、恥ずかしい……」
「くっくっ。誇れ、小さき英雄たちよ」
「何だか未だに実感が湧かないというか、……わたしたち会ってまだ一年やそこらなのに、まさかあの伝説のリルを呼び出しちゃうなんて、ねえ?」
「はい……」
「年月がどれほどのものよ。そなたらは我が身を顧みず互いを思い合い、勇気ある行動を起こした。その事実だけで十分ということだ」
「そうですか……」
マイラとルーチェはそれとなく顔を見合わせ、笑い合った。
「さて、こちらでも一仕事するか」
リルは言い出した。
「えっえっ、な、何をするおつもりですか……?」
ルーチェが泡を食って尋ねる。
「そう恐れるでない。見ればハルジャの地の町はどこも瓦礫の山と化しておるではないか。それをちょいと直してやろうと思うてな」
「な、何だぁ……良かった……」
「っていうか、え? 直して下さるんですか?」
「いかにも。何せハルジャは我の住まう地でもある。少しでも見栄えをよくしておきとうてな」
リルは言うと、ハルジャの上空を優雅に舞った。ウルカの町でも、キノクの町でも、他の町でも、瓦礫がひとりでに浮き上がっては、元の場所に戻ってゆき、建物は傷一つなく修復されていく。
「すごい。奇蹟だ!」
マイラは喜色満面でルーチェの肩を叩いた。
「何の。そなたらが我を呼び出したことが、最大の奇蹟よの」
こうしてハルジャは元通りになった。
残念ながら、戦争で亡くなった人の命は戻らなかったけれど、瓦礫の下に閉じ込められていた人たちは、何人かは助けられたようである。
「これにて一件落着じゃな」
リルは満足げに言うと、ウルカの町の広場の中心に降り立った。そこには人々がたむろしていて、リルに尊敬の眼差しを送っている。
「では、あとのことは人同士で存分にやれ。我はこれからも、ハルジャの地を守護しておるでな。……小さき英雄たちよ、これからも、その絆と勇気を忘れることなきよう」
リルの体が一段と光り輝いた。目を開けていられないくらいのまばゆさになったかと思うと、マイラたちの乗っていたリルの体は、ふっと消え失せた。
「わっ」
マイラは慌てて風を起こし、ルーチェと自分をふわりと石畳の上に着地させた。
ワーッと拍手が巻き起こる。マイラとルーチェは今やすっかり人気者であった。
そんな中、召使いに支えられて、トゥクがマイラに近寄ってきた。
「父さん」
「良かった、マイラ。お前が無事で……」
「心配かけてごめんなさい」
「いや、本当に、無事で良かった……」
トゥクはそれしか言葉にならない様子であった。それから、こちらも召使いに支えられながら、バリスがやってきた。
「ご無事で何よりです、マイラ様。ご立派になられた。それにルーチェも。よくやった」
「バリス。体は大丈夫?」
「情けないところをお見せしてしまいました。あまり、うまく体が動かぬのです。しかし、この通り命はあります故、安心してくだされ」
「バリス……」
それから、マイラやルーチェを知る色んな人が駆け寄ってきて、二人は挨拶に翻弄された。中には、伝説の英雄第二号を一目見ようと寄ってきた一般人も沢山いて、マイラとルーチェは彼らとの握手も行なった。
ハルジャは確かに、いっときの平穏を取り戻していた。
その後、スーリャ帝国側との会談が改めて執り行われた。
今度はトゥクも会議に参加した。
といっても、今度の会議はやたらと円滑に話が進んだ。
本物の神鳥リルを目の当たりにしたスーリャは、ハルジャが確かに神の国であるということを認めざるを得なかったのだ。スーリャ人はリルについてあまりよく知らないから、リルに対して恐れ慄いてさえいるようだった。
「考えてもみたまえ、あの凄まじい力を持つ神鳥が、我らに牙を剥いた場合、一体どうなることか……」
そんなことを言い出すスーリャ人もいた。実際には、神鳥リルが人間同士の争いに首を突っ込むことはないのだけれど、マイラは意図的にそのことを黙っていた。リルが恐れられれば恐れられるほど、交渉がこちらの圧倒的有利にはたらくことは、明白だからだ。
そういうわけでこちらの要求はあっさりと通り、ハルジャは独立を認められることとなった。慌ただしく書類が用意され、スーリャとの条約は速やかに締結されて、会談は終わった。スーリャ人たちはさっさと会議場から退散した。
残ったハルジャ人たちはしばらく沈黙を保っていたが、やがて誰からともなく歓声が上がり出した。
「やったあー!」
「独立達成だあー!」
「やった、ついにやったぞ!」
「うわあああい!」
皆、全身で喜びを表している。マイラもルーチェと手を取り合って喜び、父の手を取って飛び跳ねた。
「まさかこんなことになるなんて! あーっ、すごく嬉しい!」
「やりましたね、マイラ様!」
「ルーチェも協力ありがとう! 本当にありがとう! ルーチェのおかげだよ!」
「え、えへへへ……」
会議場から出てきた一団はそのまま広場に行って、市民たちに結果を伝えた。市民たちもまた喜んで飛び上がった。すぐに宴会の準備がなされ、晴天の元、身分を超えて、机を囲んだ宴が始まった。
他の町や領主の元に知らせに飛んだ使者たちも戻ってきた。どこでも皆一様に喜び合い、あちこちで宴が開催されているらしい。それを聞いた皆はワハハと大いに笑った。そして使者たちにねぎらいの酒を振る舞った。
大騒ぎは続き、やがて日は暮れた。
マイラたちは屋敷に戻って宴会の続きをやっていた。
マイラは珍しくしたたかに酔っ払い、大声で話しては笑い、話題の中心となっていた。ルーチェはいくら飲んでも酔っ払わない性質らしく、顔色一つ変えなかったが、それでも愉快そうに話に参加していた。トゥクも、バリスも、体をいたわると言いながらも盛大に飲んだ。飲んで食べて笑って泣いて、夜は更けた。
マイラは疲れ果てて自室によろよろと入り、幸せな気分のまま布団にくるまれて眠った。
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