第18話 世界間の調停に必要なこと。

 リルは空高く飛翔し、そこでカッと鳴き声のようなものを発した。

 すると、ウルカの町が、銀色の光に包み込まれた。

 リルはそこから急下降して光の中に突っ込んだのだが、不思議なことにマイラもルーチェも振り落とされることはなかった。

 光の中は意外と眩しくなく、月に照らされているような心地であった。そして薄緑色の服を着たクナーシュ人たちが、次々と光の中に溶けるようにして姿を消していた。

「えっ?」

 ルーチェは動揺して声を上げ、慌てて手を耳にやった。

「案ずるでない。元の世界に帰しておるだけよ」

 リルはそう言った。

「えっ、それって、わたしはどうなるんですか?」

「そなたはどちらの世界で生きてゆきたい?」

「そっ、それは、ペルーク界ですけど……」

 今回も即答したルーチェだった。

「ならばそなたは特別にペルークに留まることを赦そう。何しろ、我を呼び出した英雄の一人なのだからな」

「あ、ありがとう、ございます……」

 マイラは彼女の迷いのなさに喜ばしさを感じつつも、一抹の寂しささえ覚えた。彼女の元いたところはそんなにも嫌な場所だったのだろうか。

「クナーシュ界ってどんなところなの? そんなにひどい?」

「……それは……人によると思います」

「人の問題は人が解決すべきではあるが……」

 リルは少し考え込むような口ぶりになった。

「よかろう。ことのついでじゃ。このまま我らも一旦クナーシュ界に参るぞ」

 リルはそう言うと、翼を大きく動かして加速した。

「うわああああああ」

 ルーチェがリルにすがりつく。

「くっくっ。落とすことはない。安心せい」

 リルは光のような速さで飛び、ペルーク界の空を一瞬にして駆け抜けた。そしてまたカッと鳴いたかと思うと、目の前に銀色の丸い光がまた出現する。リルはその中へと躊躇いなく突っ込んで行った。

 辺り一帯が全て銀に染まる。

 その光を抜けた先……辿り着いたその昏い空には、桃色のちぎれ雲が浮かんでいた。

「ほ……本当に……」

 マイラは瞬きをして雲を見つめ、それから下界を見下ろした。

「クナーシュ界に来ちゃった⁉」

「そうとも」

 リルは悠々と暮れなずむ世界の空を飛んだ。その軌跡が空に残って、金色にきらきらと輝いている。眼下の大陸らしきものにも、あちこちに謎の光が灯っていて綺麗だ。

「さっきは朝だったのに、こっちは夕方……?」

「はい、ペルーク界とクナーシュ界では時の流れが少し違うようで」

「うむ、うむ。さて……我も一仕事するとしよう」

「一仕事……?」

「そなたらにはすまぬことをする。しかしこれしか、ペルーク界への侵攻を止める手立てはない」

「え、まさか……」

 ルーチェは震え上がった。

「うむ、そのまさかじゃな。おぬしらの持つ電気の魔法を、全て弱める」

「ま、待ってください」

 ルーチェは言った。

「そんなことをしたら大規模停電が起きますよ! 身分の低い奴隷や魔力の弱い一般家庭ならまだしも……大病院や研究施設や企業には被害が出ます! それに税金だって電気で支払われているのに……。クナーシュ界が崩壊しますよ!」

 情報の洪水にマイラはめまいがする思いだった。

「ルーチェ、何を言っているの?」

 電気とやらを弱めるとそんなに大変なことになるのか。何やら知らない単語も出て来たし……どういうことだろう。さっぱり分からない。ルーチェがペルーク界に来た時も、このように分からないことだらけだったのだろうか。

「マイラ様は少々お待ちくださいませ。リル様、あなたはクナーシュ界をどうするおつもりですか!」

「何、魔法を少し弱めるだけにすぎんよ。奴ら次第では、人命にかかわることにはなりはせん。ただし、ペルーク界への渡航はより困難になるじゃろうな」

「そう……ですか……」

 ルーチェは少し安心したような、それでも不安そうな、複雑な表情だった。

「ルーチェ? 電気の魔法ってそんなに大切なの? ……っていうか、それより、ペルーク界へ来るには電気の魔法を使っていたの?」

「はい、大規模な電気の魔法を使うものでした。一度目の渡航では魔力が分散してしまったせいで、運悪くわたしだけが生き残ったのですが……」

「これまでの渡航者も雷や電気の力でペルーク界に渡っていたのじゃよ」

「へえぇ……それが弱くなれば、もう攻めて来られないということですね?」

「うむ。奴らには苦しいことになりそうじゃがな」

「? 侵攻しないと、苦しいんですか」

「クナーシュ界にはもはや国は一つしか存在せんのじゃよ」

 リルは説明した。

「奴らが新天地を求めるのは自然なことだったんじゃ。奴らには、豊かさを求めてどんどん増えて広がっていくという、不思議な性質があるゆえにな……。ま、それはペルーク界でも似たようなものだが」

「ああ……確かに、そうですね」

 百年前、スーリャはハルジャの豊かな土壌を狙って侵攻してきた。そのハルジャの農業生産物によってスーリャ人の口は賄われている部分がある。

「さて、ちょいと失礼」

 リルは桃色の雲の合間を縫って高く飛ぶと、ギャオッと一際大きな声で鳴いた。クナーシュ界全体が光に満ち……やがてそれは徐々に収まっていった。

「ほれ、これで電気の魔法は弱まった。今頃大騒ぎじゃろうて」

 ルーチェは不思議そうに人差し指を差し出してみた。ぴりっと白い光が指先に迸った。

「本当に弱くなってる……」

「そうなの?」

「今の、結構本気でやったんですけど……」

 それから心配そうに下界を見た。

「医療機器なんかに異常が無いといいのですけど」

「ことがその程度で収まるかな」

「そうですね……社会が崩壊しかねません。わたしは……そのツケが身分の低い者に回ることを心配しているのです」

「それは、人のやることじゃな。我はあまりそういうことに干渉するたちではない。ハルジャ王国が滅びた時でさえも、我は傍観しておったでな」

「それですよ、気になっていたのは」

 マイラは口を挟んだ。

「英雄たちとリルはハルジャの地を平和に治めることを誓った――と伝説にはあります。なのにどうしてハルジャはスーリャの支配下に置かれたんです?」

「別にハルジャ王国とは言うておらんじゃろうが」

 リルは当然のように言った。

「えっ」

「ハルジャが大規模な災害に見舞われることなくここまでやってこられたのは、我が守護していたお陰じゃな。後のことは人がなんとかせい。国だ何だ、そういうことは我は知らぬ」

「……ああ、そういう……?」

「故に、此度の反乱の始末もそなたらでつけることじゃな。……さて、我らは一旦ハルジャに帰ろうではないか」

 リルは来たときと同じように光を出現させ、その中へと猛烈な勢いで突っ込んで行った。

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