第3章

第17話 裁きの場に現れたもの。

 翌朝。

 町はめちゃくちゃだった。家という家が破壊し尽くされていた。反乱での風起こし合戦のせいもあるが、クナーシュ人の攻撃による被害も目を覆うものがあった。

 マイラはその町の真ん中で、拘束されていた。

「むぐ……」

 人を瞬殺できるような人たちがわざわざ処刑だなんて、よほど怒っているのだろう。それに有力者の処刑は人々に絶望感を与えて士気を落とす効果がある。どんな手を使うのかと思ったら、まずマイラは腕を後ろ手に縛られて、町の広場にある神鳥リルの銅像の台座部分に押しつけられた。見えない障壁がマイラの周りを丸く囲んでいて、身動きが取れなくなった。

 そしてリルの銅像を踏みつけているのはギヨムだった。どうやらお偉いさんが直々に上から処断を下してくれるらしい。怪我をしているのにご苦労なことだ。

 広場には、やや数を減らしたクナーシュ人と、逃げ遅れたウルカの市民と、見届けに来た農民たちが集まっていた。

 遠くに、悲嘆に暮れている父の姿も確認できて、マイラはいたたまれない気持ちになった。わざわざ遠くから病身を押して来てくれたのだ。

 それからバリスの姿もあった。ドゥロイ家の面々の姿も。彼らはどうやら命を取り留めたらしい。それは、良かった。救いだ。

 シロンが椅子に座って、見物客の一番前にいた。そのそばには部下としてルーチェがいた。ルーチェはまっすぐにマイラの方を見ていた。

「これより、わが軍に被害をもたらしたメルン・マイラなる人物の処刑を執り行います」

 ギヨムはきびきびと言った。

 どんな手で来るだろう、とマイラはぼんやり思った。水? 雷? 火? それとも他の手が? いずれにせよ、逃げ場はない。

 その時、ルーチェのいる辺りに、見覚えのあるちらちらとした金色の光が集まり出した。シロンも、周りの人も、戸惑っている。……あれは、クナーシュ人特有の魔法ではないのか? 考える間も無く、ルーチェが聞いたこともないような大声で叫んだ。

「諦めないでください、マイラ様!」

 どよっ、と群衆が驚いてルーチェを見る。ルーチェは構わず続ける。

「マイラ様のお力なら、その程度の障壁など吹き飛ばせます! お逃げになってくださいませーっ‼」

「ちょっと」

 シロンは傷も気にせず立ち上がると、素早く腰の剣を抜いた。

「馬鹿なことを言う子は先に処刑するわよ」

「そうしなさい、シロン。こちらも構わず進めますので」

 ギヨムは言った。

 ルーチェが纏う光は集まってだんだんと強くなっている。

 そしてマイラは、その光が自分の手元にもちらつき始めたのを見た。それはみるみる増えて、まばゆく温かい光の珠となる。

 ……いや、今はそんなことはどうでもいい。

 マイラは全身全霊を込めて、障壁に風の圧力をかけた。狭い障壁内に災害級の暴風の力がかかる。障壁は、ルーチェの言葉通り、バンッと音を立てて吹き飛んだ。

 マイラはすぐに逃げることはしなかった。まずはルーチェを助けなければ。そう思って右手を前にかざす。ルーチェの右腕がシロンの刃にかすったが、何とか彼女は追撃を逃れて、高く高く宙へと舞い上がった。

「ふざけた真似をしないでいただけますか」

 マイラはルーチェを追ってすぐに空へと飛ぼうとしたが、ギヨムの方が一瞬速かった。マイラは左腕がすっかり焼け焦げてしまった。

「うっ……」

 このまま全身を焼かれてはたまらない。マイラはルーチェのいる高所まで何とか漕ぎ着けた。

「マイラ様、お体が……!」

「大丈夫。空に逃げたら、こっちの、ものだから……このまま、二人で逃げよう。どこまでも」

「でも、そのお怪我では……」

「ルーチェも怪我をしているでしょ」

 そんな会話の最中にも、空を飛ぶマイラとルーチェを覆う金色の光が、だんだんと大きくなり、そして二つは結びついた。

 その途端、光は何倍にも膨れ上がった。

「わっ……」

 マイラは眩しさに右手で目を覆った。

「な、何ですか、これは」

「これは……この、形は……」

 近くからだとよく分からなかったが、町の上空を覆い尽くさんばかりに広がった金色の光は、何かの形を取り始めていた。丸い頭、鋭い眼光、ふさふさの羽毛、鋭く長い嘴、広く大きな翼。

 巨大な金の鳥。

「神鳥、リル……!?」

 マイラは信じ難い思いで呟いた。

 町の広場の人々も、呆然とそれを見上げている。

「いかにも」

 神鳥リルは、荘厳さを湛えた声で朗々と応えた。その声は町中に響き渡った。

「えっ」

「ペルーク界とクナーシュ界の均衡の崩れ。神域ハルジャの危機。二人の勇気ある者の絆。三つの条件は揃いたり。我、ここに顕現せん!」

 リルは吠えた。金色の輝きは一層増し、辺り一帯を優しく照らした。

「三つの条件……?」

「二人の勇気ある者の絆……」

 ──二人の勇気と絆に感銘を受けたリルは、改心した。

「まさか、……まさか、リルは私たちを英雄になぞらえて……⁉︎」

「何を驚いておる、小さき英雄たちよ。そなたらの、我が身を顧みず互いを思い合う絆と友情に我は感銘を受けた。そなたらはあの英雄たちに勝るとも劣らぬ勇者ぞ。そなたらが我を呼び出したのじゃ」

「え、ええ〜⁉︎」

「わ、わたしたちが、ですか……?」

「いかにも」

 にわかには信じ難い話だ。神代の時代の奇蹟を自分たちが再現している? そんなことが簡単にあってたまるか。

 だが神鳥リルは現にこうして呼び出されている。

 リルは羽ばたいて、町の上空周りを旋回した。

「まずは、そなたらに癒しの光を授けよう」

 リルはもう一度羽ばたき、涼しげなそよ風と共に、金の光をマイラとルーチェに届けた。

 マイラは、炭のように黒焦げになっていた腕の感覚が、徐々に戻っていることに気がついた。見ると、左腕はすっかり完治して、どこにも火傷の痕は無かった。それどころか、右腕の火傷も側頭部の傷も完治している。

「……!」

 マイラは慌ててルーチェを見た。ルーチェの切り傷もまた、みるみるうちにぴたりと塞がり、傷痕すら残らなかった。

「ルーチェ! 痛くないの?」

「マイラ様こそ……!」

 うんうんとリルはその大きな頭を縦に振った。

「そなたらが友情の美しきかな。やはり見に来て正解だったようだ。そなたらの友情は、我を更なる高みへと導く糧となる!」

「そうなんですか?」

「さて、他の二つの条件も揃ったことであるし、そろそろ我は世界の調停の仕事に移らせてもらうぞ」

「世界の調停?」

「あ!」

 ルーチェは声を上げた。

「金の不死鳥は、クナーシュ界とペルーク界の調停をしている……実際にはどういうことなんでしょう?」

「これから存分に見てゆくがよい」

 リルはくっくっと笑った。

「時間はたっぷりあるでな」

 確かに、町の人々はあまりの事態に、上を向いたまま完全に固まっていた。これでは処刑だの戦乱だの何だの言っているどころではなさそうだ。

「さあ、若き英雄たちよ。我が背中に乗るが良い」

「え、でも……」

「行こう、ルーチェ」

 マイラは覚悟を決めて言った。そして風を巻き起こし、自分とルーチェをリルの肩の辺りに着地させた。

「これからわたしたちは、歴史が変わる瞬間を、最前線で見届けることになるんだ」

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