第16話 マイラたちの戦いの果て。
「とりあえず、火をこっちに向けさせなければいいんだから……」
マイラは二人の周りで渦を巻くように強風を起こした。炎は発射されても風に吹かれて方向が反れてしまい、風と一緒にぐるぐると二人の周りを回っている。バリスは隙を見て鋭い風の攻撃を仕掛けたが、残念ながらこれは防がれてしまった。
「ぐぬぬ」
「でも、これで奴らの武器は封じられたかな」
だが二人は至って冷静だった。
「……この程度で……」
シロンは呟いた。そして二人はマイラとバリスに手を向けた。
バチッ、と音がして、バリスが倒れた。
「あっ……」
電気の魔法だ、と気づいた時にはもう、マイラは水の中にいた。
「がぼっ」
マイラは慌てて口を押えた。全身が水で覆われている。呼吸ができない。
マイラは、ぐっと覚悟を決めた。
愚かな人たちだ。敵に防御のための盾を与えるなんて。
これで炎の中へでも突っ込める。
……行くぞ。
マイラは水の中で剣を抜くと、自分自身に猛烈な勢いで風起こしを使い、二人を取り巻く風と炎を突っ切った。じゅわっと蒸気が上がって一瞬視界が白くなる。水は消え去り、熱風が肌に当たったが、マイラは気にせずにすぐさまシロンに斬りかかった。
防御の障壁を用意していなかったシロンは、素早く反応してその剣でマイラの攻撃を受けた。固い金属音が鳴り響く。
マイラは次なる攻撃をするために剣を振るうふりをして、風起こしを使った。今度はシロンの脇腹に風穴が空いた。シロンはがくっと膝をついた。脇腹を押さえた手がみるみる赤く染まり、上等そうな緑色の服もじわじわと血が染みていく。
マイラはすぐにギヨムに向き直り、こちらにも切ってかかったが、今度は彼の片手での剣さばきであえなく吹っ飛ばされてしまった。ころころと地面を転がる。
「シロン」
ギヨムは至って冷静だった。
「はい、すみません。すぐに止血します」
止血? この大きさの傷を?
不思議に思っていたが、どうやらシロンは、あの見えない障壁を傷口に当てたらしい。血はぴたりと止まった。
「聞いておりません、ギヨム様」
シロンは不満そうだった。
「ペルークの人間がこれほど強いなど……」
そして痛みに顔をしかめることすらせず、平然と立ち上がった。
「……何が何でも彼女を捕らえましょう」
ギヨムは言った。
「この小娘はペルーク人どもから支持を得ていると聞きます。ペルーク人どもへの見せしめに、この小娘を町の中央で処刑してやるのです」
ギヨムは、腰についたベルトのような布をぎゅっと縛り直した。
そこに、ガツンと瓦礫が飛んできた。またしてもギヨムはそれをもろに食らった。
「痛いですね」
ギヨムは不機嫌そうに瓦礫の当たった腕を押さえて言った。
「鬱陶しい。……援軍ですか」
ドゥロイ家の紋章を胸に付けた三人の武人が飛んで駆け付けてきたところだった。わざわざキノクから来てくれたのだろう。
「メルン・マイラ様とお見受けしますが。ご無事ですか」
一人が言った。
「うん、お陰様で。丁度良かった。この二人は手強い。あと、バリスを助けてあげて」
「承知しました」
マイラたちは険しい顔つきでギヨムとシロンと対峙した。いつ魔法が飛んでくるか分からない状態では、神経が削られる。
「やれやれ。熱くなるのは得意ではありませんが……仕事ですからね。本気を出すとしましょう」
ギヨムは文様の描かれた緑の服の襟を正した。マイラたちはいっそう身構えた。
「はっ!」
マイラは瓦礫をこれでもかと集めて、ギヨムの頭上から雨あられと降らせた。ギヨムが気を取られている隙に、他の二人と一緒にギヨムの胴体と首を狙って風を発射させる。
だが、ギヨムはその全てをあの障壁で防いでみせた。そして手をこちらに向けた。
「……雷が来る! 逃げ回って!」
マイラは支持を飛ばした。
マイラたちは空中を縦横無尽に飛び回って相手を撹乱しつつ、攻撃を仕掛けた。
「侮ってもらっては困ります」
ギヨムはいっとき、額に手を当てたかと思うと、手を大きく広げた。
途端、耳を聾するような爆音が響いた。彼は広範囲にわたって雷を発生させたのだ。マイラたちはたちまち雷に撃ち落とされた。
マイラは辛うじて意識を保っていたが、全身の感覚がなく動くことができなかった。他の人たちの安否も確認できない。
「手こずらせてくれましたね」
ギヨムは駆けつけてきた彼の部下たちに何やら指示を出した。部下たちはシロンを丁重に運び出した。マイラのことは縄でぐるぐるに縛り上げると、ぞんざいに抱え上げて、これもどこかへと連れて行く。市民の避難は完了しただろうか、と心配だったが、ここいらでマイラの意識も限界だった。マイラは眠るように気を失った。
「マイラ様、マイラ様」
声が聞こえて、マイラは薄目を開けた。まず目に入ったのは、きらきらと舞い散る金色の光だった。マイラは瞬きをして、頭を振った。
ルーチェが屈み込んでこちらを見ていた。その周りが光っているのだ。
マイラがいるのは狭い部屋の中だった。半壊したあの館の中だとすぐに見当がついた。マイラの繩は外されておらず、扉には見張りがついている。
「マイラ様、お目覚めですか。痛いところはございませんか」
「あ、ああ、うん……ルーチェ、どうしたの? 戦いは……」
「ウルカはクナーシュ人によって制圧されました。ギヨム様たちは、マイラ様を処刑した後、他の町にも侵攻するおつもりのようです」
「……そっか」
「すみません。今の段階では、わたしにはマイラ様をお逃がしすることは叶いません。せめてお話ができればと、食べ物を運ぶ役目を買って出ました」
ルーチェはパンと水をマイラに差し出した。「それから、これはわたしが頂いた、ギヨム様お手製のお菓子です。お譲りします」
マイラはふわふわの丸い焼き菓子のようなものを受け取った。甘ったるいにおいがした。マイラはひとまず、水で口を湿らせた。
「……まさかこんなことになるとはね」
マイラは自嘲気味に笑った。
「お陰様で、独立する計画が台無しだよ。あんなに頑張って来たのに……あいつらにとっては、それも前座に過ぎなかったってわけか」
「……申し訳ありません。お詫びの言葉もございません……」
「ルーチェが謝ることじゃないでしょ」
マイラは言った。
「ルーチェは身分が低くて、命令されてやったことなんだから」
ルーチェはびっくりしたようにマイラを見た。
「わたしのことを恨んではいらっしゃらないのですか」
「え? どうして友達を恨むの? 裏切られたわけでもないのに」
「……裏切りました。わたしは、ハルジャでの戦いの様子をクナーシュ界に伝えておりました。それに、ウルカの市民の方々に攻撃を加えました。マイラ様が守ろうとなさった方々に……」
「好きでやったんじゃないって、その顔に書いてあるよ」
マイラは弱々しく微笑んだ。
「可哀そうなルーチェ」
「そんな。マイラ様の方がずっとお気の毒にございます。これから、しょ、処刑が……」
その時、見張りの者が怒って言った。
「おい、下賤の者。いつまでくだらんおしゃべりをしている。とっとと仕事に戻れ」
「あ……」
ルーチェは名残惜しそうにマイラを見た。
「……行っておいで。わたしのせいでルーチェが罰をもらったら、わたしがいたたまれないからね」
ルーチェは下を向いた。
「すみません。本当に」
そう言うと、ルーチェは走って部屋を出て行った。
あ、とマイラは今更のように気づいた。ルーチェの周りにたまに出て来る金色の光について聞いておけばよかった。少しだけ気になっていたのだ、あれが何なのか。
まあ、もう、どうでもいいか。
死ぬんだったら、知った所で何にもなりやしない。
父さんには申し訳ないことをしたなあ、とマイラは天井を仰いだ。命を大事にしろって言われたのに。一人娘に先立たれて、さぞ悲しむだろうなあ。メルン家もこれで断絶だろうし。
マイラははーっと息を吐いた。さすがに、心を強く保つことが難しくなってきた。
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