第15話 クナーシュ人の使う魔法。
町は全体が燃え上がり、あちこちから火の手が上がっている。逃げ遅れた人が焼かれたり切られたりして倒れている。遺体を前にくずおれて泣く者がいる。赤子を抱えて逃げようとする家族がいる。足の動かない老人を背負って逃げようとする若者がいる。
「マイラ様!」
バリスの大声が下から聞こえてきた。バリスが一直線にマイラのもとに飛んできている所だった。
「バリス、来てくれてたんだね」
「はい、しかしあのクナーシュ人どもめのせいで、市民が犠牲に……!」
「うん」
マイラは落ち着こうと束の間目を瞑った。
「奴らの数はそう多くない。百人かそこらだった。こちらも反乱でかなり消耗してるけど、市民が避難するまでの足止めくらいならできなくもない……はず。避難誘導班と戦闘班に分かれて行動を開始するよう、みんなに言って!」
「承知しました。マイラ様は如何されますか」
「戦闘」
「しかし、奴らは強力な魔法を使います。危険です!」
「そんなの見れば分かるよ。でも人手が足りないでしょ。それより早く伝令に行きなさいっ!」
マイラは切羽詰まっているせいか、バリスを叱りつけてしまった。バリスはびくっと姿勢を正して、「はいっ」と下まで飛んで行った。
「……いけない、冷静にならなくちゃ」
マイラは呟いた。それから、特別被害が酷いところを探して、町全体をよく眺めた。
崩れた館のやや東寄り、大通りの真ん中で、火の鞭のようなものが暴れ回っている。
「奴らの最大の武器が火なら、それを吹き消すくらいの暴風で対応してやる」
マイラは、その激戦地の少し後ろ側に着地した。瓦礫が転がっていて、周囲に人はいない。
その先で炎を振り回して市民を死傷させているのは、シロンと呼ばれていた女性だった。そばにはギヨムもいて、シロンに何やら指示を出している。
マイラはまずギヨムの後頭部をよく狙って瓦礫を吹っ飛ばした。瓦礫は見事に命中し、ギヨムは前のめりに倒れた。シロンが素早く振り向く。殺気立った目をしている。だがマイラはシロンの真上にまで飛び上がった。シロンが手に持っている、刀身が反った奇妙な刀から、火炎が発射される。マイラは即座に風を吹き下ろした。火を煽るどころか、掻き消すくらいの暴風を。火の粉がシロンに降りかかり、炎は消え去った。間髪を入れず、マイラはシロンのことを空高く持ち上げると、地面に叩きつけた。
「今のが……全力?」
シロンはよろめきながら起き上がった。髪の毛がばらばらと顔にかかっているが、彼女はほとんど無傷だ。隣ではギヨムも起き上がる。こちらは首筋から血が滴っている。もう一人のクナーシュ人が彼に駆け寄っていく。
「よくもギヨム様をやってくれたわね」
シロンは淡々とした声で言ったが、怒っているのは明白だった。
「そう? 殺し損ねて残念だったよ」
マイラは肩を竦めて答えた。あちらが無駄口を叩くつもりでいるなら幸運だ。市民の避難の時間はちょっとでも多く稼ぎたい。
「ギヨム様は偉大なお方。ペルーク人ごときが傷つけていいわけないじゃないの」
「勝手に見下してくださっているところ悪いけれど、わたしたちペルーク人はクナーシュ人のことを偉いとも何とも思っていないよ」
「それはあなたたちが無知だから。哀れよね。こちらとそちらの格の違いも分からない程に愚かだなんて」
「きみの考えが当たっているとは思わないけど、仮に格が違ったとして、攻撃して良い理由になるのか甚だ疑問だね」
「良いに決まっているじゃない」
シロンは当然といった態度だった。
「弱い者は強い者に道を譲るのが道理だわ。むしろ、わたしたちはここペルーク界を新天地として、正しく、文明的に、更生させるためにやってきたの。感謝してほしいくらいだわ」
「誰もそんなことを頼んではいないし、殺されておいて感謝も何もないでしょう。馬鹿はどっちかな」
「そっちよ」
「そのくらいにしておきなさい、シロン」
ギヨムが言った。
「その小娘はこれからの作戦上、邪魔になる可能性が高いです。そろそろ葬って差し上げなさい」
「承知いたしました、ギヨム様」
シロンはビシッと礼をすると、マイラに向き直ろうとした。その頬に、マイラからの風の打撃が入った。よろめいたシロンは、それでも動揺することなく、剣をこちらに向けた。
炎を思いっきり噴射されたらさすがにこちらの分が悪い。マイラはひらりと飛んでそれを避けた。火は真後ろの瓦礫の山に当たり、引火してちろちろと燃え上がり始めた。
「こっちの有利な条件に持って行ってあげよう」
マイラはギヨムとシロンともう一人のクナーシュ人を、まとめて空に巻き上げた。彼らに体勢を立て直す隙を与えず、くるくるともてあそぶ。
「くっ……」
「やめなさい、シロン。その状態で火を使えばわたしに当たります」
「……はい」
マイラは真剣な表情で先の手を考え続けた。さっきシロンを落として無傷だったのは何故だろう。クナーシュ人は風起こしを使えないと聞いているから、風で威力を弱めたとは考えづらいのだけれど。とにかく、このまま落としたり叩きつけたりしてもまた不発に終わる可能性が高い。くるくる回して三半規管を狂わせた辺りで、別の攻撃の手に移ろうか。バリスのように術が使えたら手っ取り早い。これまでは力技で大雑把に術を使ってきたけれど……そう、例えば、風を極限まで細くして、なおかつ相手を正確に狙う。
「せいっ」
マイラは風を刃のように細くして三人に向けて発射した。それは一人のクナーシュ人の腹に文字通りの風穴を開けた。本命のギヨムとシロンに対しては外れてしまったが、まあいい。当てられた一人を地面に叩きつけて、これから先はギヨムとシロンに集中だ。
そこに、待っていた人が飛んできた。
「マイラ様ーっ」
「バリス!」
「ご無事ですか!」
「他の人は?」
「町の各地に散って敵と戦っております!」
「了解。バリス、よく来てくれたね。手伝って」
「もちろんです」
バリスはすぐに、風の刃をギヨムとシロンに向けて飛ばした。ところが風が二人に届いたと思ったのに、当たった様子が無い。
「……どういうこと?」
「あやつら、謎の目に見えない障壁のようなもので、身を守っております!」
「え、よく分かったね。……そう、それでか」
それで、落とされても無事だったのか。これは、手ごわそうだ。
「でも、無敵じゃないはず」
マイラは自分に言い聞かせた。
「第一、人を殺させないことが目的だし。このままくるくる回して放っておくのが一番平和かも……」
ところが、その考えは甘かった。
ギヨムとシロンは、その見えない障壁の合間から、火を噴射し始めたのだ。
四方八方に炎が噴き出す。そして当の二人には障壁のお陰で当たらないという寸法である。
「わっ」
マイラは顔を庇った腕を少し火に炙られた。
「危ない!」
バリスは咄嗟に風を起こして火を逸らした。すると火は勢いを増して空で盛んに燃え上がった。いけない、このままでは被害が拡大する。
「駄目だ、一旦降ろそう」
「それがよろしいかと!」
マイラは二人を地面に叩きつけた。案の定、二人は怪我の無いまま起き上がった。
「……うん」
二人がふらふらしているうちに、次の手を考えなければ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます