第14話 ルーチェの複雑な事情。
マイラは屋敷へと向かって全速力で飛んでいた。まずはまだ体が治りきっていない父を、安全な所に逃がさなければならない。
「父さんっ‼」
ノックして返事を待たずにマイラは寝室に飛び込んだ。父はたいそう驚いた。
「どうした。会議で何かあったか」
「それどころじゃないの! クナーシュ界から侵略者が攻めてきた!」
「……ん?」
「奴らはハルジャを足掛かりにペルーク界全体を支配しようと目論んでるの! 貴族はみんな殺される! 父さんも逃げなきゃ!」
「ちょっと待ってくれないか」
父は咳きこみながら起き上がった。
「話がちっとも見えないんだが。クナーシュ界からの侵略者だって?」
「うん!」
「そもそも、クナーシュ界から人が来るのは、偶然じゃなかったかな」
「それが、そうじゃなくなったんだって! ……とにかく、早く逃げなくちゃいけないから、馬車を準備しながら説明するよ。さあみんな、田舎に逃げ込む準備を始めて! 荷物は最低限で良いからね!」
マイラはパンパンと手を叩いて召使いたちを急き立てた。彼らはわけがわからないなりに指示に従った。
マイラは改めて寝台の脇に座った。
「ルーチェが全部話してくれた。口封じの呪いが解けたからって」
「口封じの呪い?」
「これまでマイラは、侵略の計画を知っていながら、わたしたちに喋れないように命令を受けていたんだよ。クナーシュ界の人間は、主人の命令には絶対に逆らえないんだって……。でも、もう喋って良いことになったらしいから、話してくれた」
「……クナーシュ界には随分厳しい身分制度があるんだな」
「そう。それでね……」
マイラはルーチェが話してくれたことをそのまま父に伝えた。
「調査隊としてやってきたというのは嘘です」
ルーチェは言った。
「わたしたちはペルーク界に自由に行ける方法を発見しました。そこで、ペルーク界を侵略する目的で軍隊が結成されたのです。わたしの元主人もそのうちの一人でした。わたしは奴隷として手伝いについて参りました」
ルーチェによると、クナーシュ界の人はペルーク界を侵略する権利があると考えているらしい。世界間を行き来できるのはクナーシュ人だけだと決まっているし、クナーシュ人はペルーク人より遥かに優秀だから、クナーシュ人がペルーク界に進出するのは明らかなる運命なのだと言われているそうだ。
ところが計画が失敗して一人放り出されたルーチェは、他の上司に連絡を取った。
「連絡? 異界と連絡が取れるのか?」
「ルーチェはよく考え事をする時に耳を覆っていたでしょ。あれ、声を使わずに会話する魔法だったんだって。どこにいてもやりとりできるらしいよ」
「……何と……」
ハルジャがスーリャ帝国に反乱を起こす予定だと伝えたルーチェは、上司から、「反乱で疲れ切ったハルジャを狙って、もう一度軍隊を送り込む」と言われたそうだ。「それまで、お前程度の魔法でも戦いに通用するかどうか、確かめて来い」と。
それでルーチェは、あっさりと作戦に参加することを選んだのだ。
クナーシュ人が来るのは決まってハルジャだから、ハルジャの人が疲弊した時を狙って攻め込むのは、理に適っている。適っているけれども。
「すみません、こんな形で裏切ることになってしまって」
ルーチェは涙ながらに言っていた。
「でもわたしはハルジャの……ペルーク界の人を殺す任務につかなければなりません。すみません。さようなら……どうかマイラ様はご無事で」
ルーチェはぎゅっとマイラの手を握ってから、背を向けて町の中心部へと走り出した。マイラはその後ろ姿に、また謎の金色の光が散るのを見た。……もしかしてこれは、ルーチェの魔法か何かだろうか。
いや、今はそれどころではない。
ハルジャどころか、ペルーク界全体が侵略される。
あまりの事態に慄然としてしまう。
マイラはとりあえず様子を見るために、ウルカの空高く飛んだ。マイラが災害級の強さの風を一ヶ所に集めたことによって、無残にも中央部に大穴が開いているスーリャ人の館が見える。突如としてそこから、火の柱が天まで垂直に迸った。
「わっ」
マイラは反射的に腕で顔を守った。そっと様子を窺うと、炎で吹き飛ばされた瓦礫の間から、クナーシュ人と思しき独特の服を来た人たちが続々と這い出してきた。中には怪我を負っている者もいるが、ぴんぴんしている者も少なくない。ギヨムとシロンもどうやら無事のようである。
彼らは、怒っていた。遠いので何を言っているか分からなかったが、とにかく猛烈に怒っていることだけは分かった。ギヨムがむしろ彼らをなだめなければならないほど、彼らは怒り狂っていた。
彼らは瓦礫の山から飛び降りて、町に繰り出した。それから、周囲の家々に向かって、手当たり次第に火を放ち始めた。
「やっぱり、火の魔法……⁉」
石造りのこの町ではそう簡単に大火事になることはないだろうが、中にいる人が蒸し焼きにされてしまう。それどころか彼らは、反乱によって家がぶち壊された人を直接火で狙い始めたので、マイラは青ざめた。人が焼ける嫌な匂いが充満する。
「これが、クナーシュ人のやり方……⁉」
スーリャ人よりよほど狂暴だ。使える魔法も多彩だろうから手のつけようがない。
目の前の人を助けたかったけれど、何はともあれ、父を守らなければ。そう考えてマイラは断腸の思いで屋敷に戻ってきたのだった。
マイラたちは準備を済ませ、馬車に乗って自領内の西の外れの隠れ家に移った。ここには雇っている農民の老夫婦がいて、もしもの時のためにいつも農地や家の中を整えていてくれる。
隠れ家には既に使者を送ってあった。トゥクたちは歓待され、質素な家の中に入った。馬車は急いで隠れ家を離れ、メルン家の屋敷に戻った。
マイラは小さな部屋に入ってすぐ、手紙を書いた。父に宛てたものだ。これから自分がやるべきことは、分かっていた。あのクナーシュ人たちの暴虐を止めなければならないと、肌で感じた。まずはウルカの人を助けに向かう。
嵐の令嬢として、やるべきことをやる。それがどんなに危険でも。その結果……ルーチェと対決することになろうとも。
マイラは隠れ家を出る前に、父の容体を見に寝台を訪れた。
「父さん、わたしはウルカの様子を見て来るよ」
「……お前は無理をしてはいけない、と言ったのを、覚えているかな」
どうやら父にはお見通しのようだった。
「うん。分かった。無理はしない。でも、やられっ放しでいるわけにはいかないから、わたしは行くよ」
「……。くれぐれも、命を大事に。自分の命を守ることを最優先に考えるんだよ。お前はまだ十七なのだから」
マイラは、火傷のような痕の残っている父の顔を見つめた。
「分かった。気を付けるよ。それじゃあ父さん、行ってくる」
「うむ」
マイラは外に出た。風起こしを使って、ウルカまでひとっ飛び。
町の様子を見て、マイラは呻いた。
そこにはまるでこの世の終わりのような最悪の光景が広がっていた。
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